16 これでいいのか、違うのか? 【16-4】


【16-4】


智恵は驚く二人の顔を見ると、『何を固まっているの』と笑い出す。


「いや、だって、ねぇ」

「うん……」


智恵の故郷は長野の『小布施』という場所で、なかなか歴史のある和菓子店になる。

両親が店を経営していたが、長男である兄がどうしても弁護士になりたいと勉強をし、

試験に突破したことで、跡取りがいなくなったと話した。


「弁護士になったってことですか」

「そう、所属も決まって、東京でこれからね」


智恵は、大学は確かに法学部を出たが、なかなか試験に受からなかったので、

一時は諦めかけていたと話す。


「でも、私と兄、一つ違いだから、来年30でしょう。最後にもう一度だけって、
必死に勉強して、で、通ったの。そうなったらこっちが折れるしかないじゃない」


智恵は、そういうと笑顔になる。

ひかりは、智恵の筋の通った性格を知っているため、今から何かを言っても、

意思が変わることはないだろうなと考える。


「『栗羊羹』って結構有名なのよ」

「あ、それは知っています。でも、智恵さんが羊羹を作るのですか?」


小春は『今から修行?』とさらに尋ねる。


「ううん、それは無理無理。職人さんはもちろん別にいるけれど、
昔からの商売仲間同士の付き合いもあって、
まぁ、色々知っているもの同士で盛り上げないと、これからは伝統だというだけでは、
難しいから」


智恵は、今回の夏休みに実家へ戻り、親と話しあってきたと言い始める。


「50周年でしょ、『KURAU』。うちはもう少し歴史があって、お店出して80年」

「80年……」


小春は思わず、年数をつぶやく。


「そう……戦争とかもあったから、ぴったりかどうかはわからないけれど、
でも、そう思ったら、放り出しておけない気がしてね。
父も母も、兄の意思を通してあげたから、私にも気にするなとは言ってくれた。
でも、自分自身が決めてきたの。だから、向こうで企画を考えながら、
今回は絶対に選ばれて、私のやってきたことを、全て出し切りたいと思うようになった」


智恵は、『4人だものね』と、自分の指で4を示し、その先を見る。

ひかりは、わかっているのに『寂しいな……』と、言ってしまう。


「私も寂しいよ、色々な思いがあって。でも、決めたから」


小春も智恵の決断に、しっかりと頷く。


「自分のため……それから、私にこんな思いを持たせてくれた人のために、
なんとか選ばれたいの、一緒に仕事がしたい。一番近くで……」


智恵はそういうと、決意の表情を見せる。


「最上さんと……仕事がしたい」


ひかりは、自分の心臓が急に慌て出すのがわかったが、どう鎮めたらいいのか、

対応がわからなかった。言葉を発すれば、全ておかしなものになりそうで、

黙っているしか出来なくなる。


「最上さん?」


ひかりの微妙な感情に気づかない小春が、あらためて祥吾の名前を出す。


「うん……そう、最上さん」


智恵は間違いが無いというように、もう一度名前を言った。


「最上さんが最初に入ってきた時にはね、この人、どういう人だろうと正直思った。
『ボルノット』の開発リーダーだから、もっと押しつけてくるような人かと構えたら、
全然そういう威圧感がなくて。それを、頼りないと思ったこともあった」


智恵の宣言を聞こうとする小春とは違い、

ひかりは1秒ごとに、迷いの中に入る気がしていた。

智恵は今、間違いなく祥吾に対しての思いを語っていて、

そこには上司と部下という、ビジネス的なものだけではない、心の奥が感じられてしまう。


「でも、それが違うということを、私は最上さんと話しながら自分で理解した。
この人は本当に、実力がある人で、ついていけば間違いないと思えたし……
仕事の関係だけではなくて、一人の男性として……」


ひかりは閉じられない耳の代わりに、目を閉じてしまう。


「惹かれているって……そう思うから」


ひかりにとって、智恵は一つ年上の先輩という、それだけの間柄ではなかった。

教育係は雄平だったが、実力もあり、女性としても全然レベルが高いのに、

何も出来ないひかりをバカにすることなどなく、いつも仲間として接してくれた。

飲み会で励まされたこともあるし、『お酒の境界線』を越えてしまわないかと、

いつも心配してくれた。

お世話になるばかりで、まだまだ何もお返ししていないと思える智恵から、

初めて聞かされた本音が、ひかりにとっては何よりも辛いものになる。


「智恵さんがそんなふうに思っていたなんて……初めて知りました」

「そりゃそうよ、初めて話したもの」


智恵はそういうと、少し照れくさそうに下を向く。

ひかりには、その女らしい表情が、眩しく見えてしまう。


「東京で頑張った最後の思い出に、あの人のそばで、同じ目標を持って仕事がしたい。
その気持ちを込めて、企画に取り組んだ」


智恵はそういうと、『発表まで1週間あるよね』とメンバーのことを話す。


「山内さん、高坂さん、智恵さん……ここは決定だと思っているんだけど……」


小春はそういうと、ドリアを食べ進める。


「ひかり……」

「エ……」


ひかりはすぐに顔を上げる。


「そんなしんみりしないでよ、私は前向きなんだから」

「あ……うん」


ひかりは『そうだよね』と言いながら、お冷やを数口飲む。

小春は、今週中、どこかで飲みに行きますかと、智恵とひかりに声をかけた。





その日の午後、『50周年記念』の企画提出が締め切られた。

祥吾の手元に、全員分の企画書が渡り、それが封筒に入れられる。


「1週間後に、メンバーが発表になる。
そうなるとそこから俺を含めたメンバーがひとかたまりで半年、動かないとならない。
でも、普段の仕事は同じように行われるので、少し配分などに変化があると思う。
頭に入れておいてくれ」


祥吾の話しに、企画部員達は素直に頷く。

ひかりは『上司』として前に立つ祥吾を見ながら、智恵の言葉を思い出していた。



『惹かれているって……そう思うから』



「よし、お疲れ」


祥吾はそういうと、企画書の束を持ち部屋を出て行ってしまう。

ひかりは自分の荷物をバッグに入れていく。

すると携帯が光ったため、すぐにラインを見た。



『今日は予定ある?』



ラインを寄こしたのは祥吾だった。

ひかりはすぐにその画面を見ると、とりあえず廊下に出た。

祥吾は企画書を吉川達に見せるため、部屋を移動しただけで、

すぐにでも帰るつもりになっているのだろう。


「ひかり、帰る?」

「あ……うん」


小春に声をかけられ横を向くと、同じようにバッグを持ち立っている智恵が見えた。

ひかりは携帯を左手に持つ。


「もう帰るのなら、行く?」


小春は『飲みに行く』という意味で、口におちょこを運ぶような仕草をする。


「あ……ごめん、今日は買い物に」

「買い物?」

「うん、母の誕生日が近くて、で、プレゼントを買いに……」


咄嗟に出たウソだったが、小春も智恵も納得したのか頷いてくれる。


「そっか、それならまた別の日にしよう」

「じゃぁね、ひかり」

「うん……お疲れ様」


ひかりは小春と智恵を見送り、あらためてラインの画面を見た。

祥吾の名前を見て、『駅前で待ってる』と、いつものように返信しようとする。



『惹かれているって……そう思うから』



しかし、指はいつものように動かず、数分止まっていたひかりの頭は、

『今日は買い物に行くから』という、同じウソを祥吾についていた。


【16-5】



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