17 腐ったら負け! 【17-3】


【17-3】


「だから頑張るの、そう決めている。
営業部にだって武田を評価してくれている人はいるでしょう。
その人のことを考えたら、ここで落ち込んで、ふてくされているわけにはいかないよ。
来年、うち、『50周年』なんだからね」


ひかりは『頑張る、頑張る』と声に出しながら、ビールを飲む。

輝之は、自分を励ましながら、ひかりが自分自身を励ましていることに気付き、

おかしくなり笑い出す。


「なんで笑う」

「いや、うん……そうだ、そうだ、頑張る、頑張る」

「バカにしているな」

「してないって」


輝之はまた枝豆を一房取ると、何度か小さく頷いている。


「やっぱり浅井を選んで正解」

「ん?」

「お前と飲んだら、きっと、笑える気がしたからさ」


輝之は『ありがとな』と声に出す。

ひかりは、輝之の表情が変わりだしたことが嬉しくて、

『腐ったら負け』と励ましていく。


「私もね『50周年記念企画』を出したの。でも、正直、自信は全然無い。
だから、選抜の4人に入るなんて、夢のまた夢だろうけれど、でも、
やり続けないとダメだから……」


ひかりは『須美川の奇跡』だからねと、飲みながら笑い出す。


「ほら、武田。もっと言いたいことがあったら言ってみなよ。
私、ガンガン受け止めちゃうから」


ひかりは『今日は飲もう』と空のビール瓶を上にあげる。

するとそれに気づいた店員が、2人の前に現れた。

ひかりは『もう1本』とお願いする。


「武田は、あの『鳥居堂』の会長に気に入られたんだよ。それはすごいことだって」

「ん? あぁ、まぁ……」

「人とうまくやることって、いくら大学がいいところでも関係ない。
その人の魅力だよ。あの気難しい会長とうまくやれるんだから、次こそ、
自分の希望を叶える順番が来るよ」


ひかりは、『50周年企画』が動き出せば、営業部も忙しくなるのではと、輝之に話す。


「まぁ、そうだろうな」

「でしょう。そこでまた、アピールポイント探せばいいよ。ここで腐ったら負け」


ひかりはそういうと、大学名にこだわるような気持ちの小さい上司は、

あっちに流しておこうと、声に出す。


「あっちに……か」

「そうそう、あっちに」


ひかりの言葉に、輝之は『お前らしいな』と笑い出す。

二人の飲み会は、そこからさらに盛り上がった。





『明日、大学に顔を出してくれないか』


そんな言葉が教授の佐竹から来たのは、水曜日の朝だった。

何があるのかと聞いても、とにかく来てくれたらと言われるだけで、

具体的には何もわからない。祥吾は明日ならば、

企画を見る仕事も終了していると思い、午後にとOKの返事をする。

通勤の朝、駅に着くとホームにひかりが立っていたので、すぐにそばに向かった。


「おはよう」

「あ……おはよう」


祥吾は昨日、輝之と会社を出て行く姿を見ていたため、

どんな理由だったのか聞いてみようとしたものの、どこでどう見たのか、

個人的な行動を監視しているように思えては困ると考え、言えなくなる。


「企画書、どうですか?」


ひかりは何気なく聞いたつもりだったが、

祥吾は『別のこと』に気持ちを向けていたため、一瞬返事が遅れてしまう。


「ん? 何?」

「あ、いいです。今のでわかりました」


ひかりは、『それはそうですよね』と笑顔を見せようとする。


「いや……あれ?」

「最上さん、顔に出てますよ。前にも言いましたよね、俺がどんな感じでいるのか、
見ていればわかるようなこと……」


ひかりは『いいんです、わかっていますから』と声に出した。

祥吾は『まだ何も決まっていないよ』と返事をする。


「まだ2日だ。とりあえず全員の企画を見ただけで、まだ決まっていない」

「でも、発表は金曜ですよね」

「うん。俺も一応参加しているけれど、ほぼ決めるのは上の人だ。
最終的には金曜日にならないと」


祥吾は『あ、そうだ……金曜日』という言い方をした後、隣に立つひかりを見る。

『一緒にいよう』という言葉をかき消すように、

電車が大きな音をさせてホームに入ってきた。





「あぁ……そうか、そこには気づかなかった」

「押し具合で全然違うしな」


『KURAU』の朝。

小さな丸テーブルには、智恵と雄平が座り、何やら商品の動かし方について、

意見を交わしていた。ひかりは二人を見ながら、昨日の飲み会を思い出す。

教育係として、ひかりを1から指導してくれた雄平と、

先輩として、悩みにいつも真剣に向かい合ってくれた智恵。


「浅井……『鳥居堂』から電話」


高坂が受話器を置く。


「『鳥居堂』? エ……それって山内さんじゃないですか?」


ひかりは智恵と話す雄平を見る。


「そんなこと俺は知らないよ、向こうがお前だって言うんだから、出ろって」


高坂はそういうと、『すぐに』とひかりに言った。





そして木曜日、祥吾は午後から企画部を抜け、『慶西大学』に向かった。

佐竹の部屋を目指し階段をあがると、廊下にまでコーヒーの香りが届く。

以前、来た時には何も持ってこなかったが、今日は駅前でサブレを買ってきた。

佐竹が甘いものも好きなことは知っていたのに、あの時にはそれだけ、

気持ちの余裕がなかったのだなと思いながら、ノックをする。

佐竹の声が聞こえたため扉を開けると、佐竹よりも先に目に入った男がいた。

祥吾を見た男は、座ったままの姿勢で、少しだけ頭を下げたような気がする。



『村上海渡』



「入れ、最上」

「はい」


祥吾はそのまま中に入ると、海渡が座る場所と向かい合うように席を確保した。

佐竹は祥吾の隣に座る。


「お前に来てくれと頼んだのは、彼がここで会いたいとそう言ってきたからだ」


祥吾は海渡を見る。

『ボルノット』で自分の立場を無視し、新しいチームを作ると、

追い出すような行動を先頭に立って行っていたのが、この海渡だった。

今更、何を言うつもりなのかと思い声に出そうとしたが、

自分は『ここに来てやった』立場なのだから、

焦らず黙っていたらいいと思うことにする。


「立花が、『ボルノット』を辞めたそうだ」


佐竹はそう言うと、カップを祥吾の前に置いた。


【17-4】



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