17 腐ったら負け! 【17-4】


【17-4】


「辞めた?」

「あぁ、会社も突然退職届を出してきたので驚いて止めたそうだが、
規則があるにも関わらず、提出してから全く出社していないと……」


届けを出し、そこから来なくなったという話しに、海渡が『最上さん』と声を出す。


「何かあいつから聞いていないですか」


海渡はそういうと祥吾を見た。

祥吾は『何も……』とただ、それだけを返す。


「夏に東京に来て、お前に会うと立花は話していただろう。
それからすぐに向こうで退職届だ、何か知っていないかと……」

「何も知りません。会いたいと言われたので、会いましたし。
話しもしました。でもそれだけです。会社を辞めたい話しなどされていませんから」


祥吾はそういうと、海渡を見る。


「村上……君の方が、彼女を知っているだろう」


自分と付き合いがあることをわかっていて、あえて間に入るような邪魔をしてきたこと、

仕事でもライバルとなり、最終的には自分を追い出したこと。

黙っている海渡を見ながら、祥吾は『ボルノット』での悔しい日々が思い出され、

つい口調が荒くなる。


「今更……」

「俺だってそう思ってましたよ。あいつは俺を選んだと、そう思っていました。
最上さんが仕事で浮いていくのを見ながら、唯なりに思うこともあったはずで。
あえて黙っている姿を見て、もう割り切ったのだと思っていました」


海渡は、祥吾に向かってしっかり目を合わせると、

唯が春から変わりだしたと話し出す。


「最上さんが東京に行ってから、あいつは少しずつ変わりました。
思い詰めたような顔をしていることが増えて、こっちが何かを話しても、
逃げるようなことばかりで……」


海渡は思い通りになっていない現実に、悔しさを隠せなくなる。


「東京に行って、それから急にこんなふうになったから。
もしかしたら、最上さんとやり直すつもりなのかと……」

「それはない」


祥吾は唯と会って、自分の気持ちはハッキリ話したと海渡を見る。


「『ボルノット』を辞めたことを後悔していないし、むしろ、
『KURAU』と出会わせてくれたと、今では感謝しているくらいだ」

「感謝?」

「あぁ……。こんなふうに村上に対して強く言いながらも、
『ボルノット』の頃には、自分自身、足りないところだらけだったと気づかされた。
もっと違うやり方があったと……」


祥吾はそういう話しはしたけれど、『復縁』はないとハッキリ言う。


「何も連絡はない」


祥吾は『教授には……』と佐竹に聞く。

佐竹も『ないよ』という意味で、大きく首を振った。

海渡は『だったらどこに』とつぶやく。


「実家には」

「電話をしました。会社を辞めるという話しはしていたようです。
でも、具体的にいつだとは聞いていなかったみたいで」


唯の実家も、本人の携帯に連絡はしたそうだが、

『心配しないで』というメッセージだけしか戻ってこなかったと言う。


「だから俺、最上さんにでも会うつもりで東京にいるのかと……」


海渡は最後は消えそうなくらいの声で、そうつぶやく。

祥吾は海渡の手前、知らないとただ突っぱねたが、唯自身が、人に迷惑をかけて、

平気でいられる性格ではないこともわかっていたため、内心、どこに行ったのか、

そこは心配になっていた。

結局、佐竹のところに30分ほどいたが、何も知っていることはないため、

何か連絡があったら佐竹に教えると約束し、『慶西大学』をあとにする。

立花唯のラインを呼び出し、海渡が教授のところまで来ていたこと、

最悪の関係になった自分に、唯のために会ったことなど打ち込むと、

そのまま送信した。

電車に揺られながら、何度かラインを見るものの、『既読』の印はつかない。

東京に来た時、もうこの先はないと宣言した自分の言葉など、

最初から聞く気はないだろうと思いながらも、何度か確かめてしまう。

『KURAU』に戻り、企画部に入ると、丸テーブルには、今日もいくつかの輪があり、

その一つ、雄平と小春は、何やらカードを広げて、楽しそうに笑っていた。

祥吾はひかりの席を見る。

すでに帰ったような雰囲気を感じ、書類を持ってきた智恵に、『浅井はどうした』と、

声をかけた。


「ひかりは『鳥居堂』に行きました」

「『鳥居堂』?」

「はい。会長のお孫さんが、新しく教室を作って、活動を始めているらしくて、
そこに他にも入れないとならないものが出来て、営業部の武田君が……」

「うん」


祥吾は輝之の名前を聞き、二人で楽しそうに歩いて行った姿を思い出す。


「営業部の武田が、浅井を誘ったのか」

「エ……あの」

「それとも、浅井の方が武田を誘ったのか?」


祥吾は『何時頃出かけて、戻るのか』と智恵に聞く。


「……と、私もあまり詳しくは。ただ、荷物は持っていったので……。
何かひかりに連絡が、ありましたか?」


智恵は、吉川部長がいたので、報告はしているはずですと祥吾に話す。


「あ、そうか、ごめん」


祥吾は、ひかりの行動を細かく知ろうとしすぎて、智恵にしつこく言い過ぎたと思い、

『わかった』と口にする。

智恵は、『これをお願いします』とあらためて祥吾に書類を出すと、自分の席に戻る。

なんとなく最上の席を見ると、携帯を開いているのが見えた。





「で、ここと、ここだよ」


輝之と一緒に『鳥居堂』に向かったひかりは、

教室内にあらたに作る、子供用の場所を見せられた。

道具も机の高さも、大人とは違っている。


「こういう教室を開くとなった時に、絵画の先生から子供の教室も持ちたいと、
そう相談があったんだ。うちとしては商売だからね、そういうのもありかと思って、
で、君たちを先に呼んだわけ」


翔は、『KURAU』だけでなく、『サイノ』からも見積もりは取るよと宣言する。

ひかりは、複数の業者から見積もりは取るのが当たり前だけれど、

わざわざ言わなくてもいいのにと、相変わらずの翔の態度にため息が出そうになる。


「わかりました。机の数、それとペンやクレヨン、あと紙ですね」


輝之は場所を図りながら、どれくらいの予算がつけられるかと考え出す。

ひかりは、自分は営業マンでもないのに、

何をするためにここに来たのかなと思い周りを見ていたが、

翔に背中を軽く叩かれ手招きされたので、そのまま廊下に出た。


「はい……」

「これから、お前だけ時間作れよ」

「エ?」

「エ……じゃない、話がある。武田と一緒に戻らずにどこかに残ってろ。
あ、武田には言うなよ、いいな」


翔はそういうとひかりを見た。


【17-5】



コメント

非公開コメント