17 腐ったら負け! 【17-5】


【17-5】


それ以上は何も言わないまま、輝之がいる場所に戻ってしまう。

武田と一緒ではなく、一人で残ること。

それが、『なんのために残るのか』を言われないため、

ひかりは何を考えているのかわからない、翔の背中を見る。


「どれくらいで金額がわかる?」

「えっと……明日にでも」

「お、早いね。頼むよ『KURAU』」


翔はそういうと笑い、輝之に声をかける。

そしてすぐに振り返り、ひかりを見た。

ひかりはその視線に、目を合わせることが難しく、すぐにそらしてしまう。


「これからも『KURAU』が頑張れるのかどうか、かかってるからね……君たちに」


翔はそういうと、椅子を引き出し、腰を下ろす。

輝之はメジャーを出した。


「浅井、こっち側持って」

「あ、うん」


ひかりは輝之の仕事を手伝い、とりあえず一緒に教室を出た。


「さて、戻るか……」


1歩目を出したものの、そういえば翔に待てと言われていたことを思い出す。

輝之に言わないようにと言われていたため、

『ここから別行動にしよう』と、提案した。


「別? 戻らないのか、会社」

「もういいかなと思って。ほら、定時過ぎたし。で、買い物? 
そう、買い物に行きたいところがあるし……」


ひかりはそうごまかすと、携帯の時間を指さす。

『買い物』しか理由が浮かばないのかと、

どこかおかしな言い方をした自分の行動を振り返る。


「まぁ、そうか、お前企画だしな。……っていうか、そもそも今日、
どうして浅井が呼ばれたのか、ちょっと不思議なところもあったんだよね、正直」

「私もそう思ったの。今の話しなら……」


ひかりは翔のことを話そうとして、そこで言葉を止めた。

『待て』と言われ、これから語られることが、自分を呼んだ意味なのだろうと考える。


「ま、うん。とにかくお疲れ」

「おぉ……」


ひかりが、翔に呼び止められていることを知らない輝之は、

駅に向かって歩いて行く。ひかりは『鳥居堂』の教室の方に振り返ると、

重たい気分を引きずりながら、戻ることにした。

階段を上がりながら、途中で止まる。

『待てと言われた』ことで、ただそれを実行しようとしているが、

この大きな建物に、これから翔と二人きりだった。

ひかりは考えすぎだろうが、隙は見せないようにしようと思いながら、扉を開いた。


「あの……」

「お、戻ってきた、戻ってきた。よし、行くぞ」


翔は最初からどこかに行くつもりだったのか、すぐに教室を出ようとする。


「どこにですか? 話しがあるのなら、下で結構です。
そもそも、どうして呼び出されのかわからないですし」


ひかりは『ここでお願いします』と扉を持ったまま翔を見る。


「何だよ浅井、お前飲めないのか」

「飲めないわけではありませんが、それならばきちんと会社に話しをして……」

「会社に話すとまずいから、呼んだんだろ」


翔は何を言っているんだと笑い出し、ひかりを見る。


「会社にまずい?」

「あぁ、酒でも入れた方が、本音で話せると思ったんだよ、まぁ、いいや。
なら、スパッと言うよ。浅井、お前今、いくらもらっているんだ、『KURAU』で」


翔はそういうと、教室の椅子を引きそこに座る。

手でお金のマークを作ってみせた。


「お給料のことですか?」

「そうだよ」


ひかりは、それほど親しくないのに、どうしてこんな態度が取れるのかと、

首を傾げたくなったが、ここは『お客様だから』と何度も頭に言い聞かせる。


「それほどよくはないと思いますが、安くもないと思いますよ」


ひかりはあがった方がいいとは思うが、今のところ不満はないと話す。


「3万プラスしてやる」


翔はそういうと、左手の指で3を示す。


「浅井が『KURAU』からもらっている給料に、毎月3万円上乗せしてやる。
それでうちに来ないか」


翔の話しとは、『KURAU』から『鳥居堂』への転職だった。

ひかりはあまりにも予想外で、何も言い返せなくなる。


「今や文房具は世界で扱えるようになった。俺が上に立ったら、
もっと視野を広げていきたいしね。で、じいちゃんの取り巻きでは無い、
自分のチームを作ろうと思っている」


翔は、仕入れから売り方まで、

自分たちで考えていくためのメンバーを集めているのだと、語り出した。


「もちろんお前だけではなくて、『サイノ』の社員にも声をかけた。
ただ、俺は浅井が一番適任だと思っている」

「私が……ですか」


ひかりは、自分の何を見て翔が判断したのかわからないため、

戸惑いプラス、気味悪ささえ感じてしまう。


「うちに来て、色々と話すだろ。山内とも今の武田ともそうだ。
自社の商品について語るヤツは多い。知識もあって当たり前だ。
ただ、他社製品になると、正直、マイナス面だけしか話してこない。
それは『KURAU』以外でも一緒。そこが物足りない」


翔は、多角的に文房具を見て、判断できる人材が欲しいのだとひかりを見る。


「じいちゃんが言っていた。浅井からは、『文房具が大好きだ』という気持ちが、
いつもあふれているって」


翔はそういうと、棚から数本のペンを取り出し、前に並べる。


「浅井、お前、こうしてじいちゃんがペンを並べてどれがいいかと聞いたら、
言葉が出なくなったんだってな。その話が俺のポイントになったわけ」


ひかりは以前、完太郞から他社のペンを見せられて、

評価してみろと言われたことを思い出す。


翔は、『正直、これはライバル会社に負けているな』という商品もあるだろうと、

ひかりを見た。


「うちに来て、本当にいいものを選んで、商売していくのは、
文房具好きのお前からすると、悪い話しではない気がするけどね」


翔は、会社にこだわらずに、いいものを揃えることが出来ると、そう言った。

棚には確かに、色々な会社のものが揃っている。


「給料は上がる。それに選ぶ立場に変わる。まぁ、考えて……」

「申し訳ありませんが、結構です」


ひかりは考えるまもなく、すぐにそう答えを返した。


【18-1】





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