18 誰のことを言っているの? 【18-1】

18 誰のことを言っているの?


【18-1】


『鳥居堂』への転職。

翔は、条件もいいものを出したのだし、そんなにすぐに否定されると思わず、

驚きの顔でひかりを見た。


「鳥居さんの話されていることはわかりました。
こんな取り柄のない私に、何か出来ると思っていただいてありがたいと思います。
そうです、本当に本音で言ってしまうと、『あぁ、これはサイノの方が上だな』と
思うことは、何度もありました。でも、それをそこで終わりにはしません。
『KURAU』はそれならば次はどうするのか、企画部員みんなで、
力を出し合って考えています」


ひかりは、丸いテーブルに座り、先輩後輩関係なく、

思っていることを受け入れていく企画部のやり方を、そう振り返った。

部長が吉川になり、さらに最上が入ってきてからは、

『とことん話しあおう』というその傾向が強くなっている。


「文房具が好きだから、試験を受けました。
『KURAU』はこんな私を、受け入れてくれた会社です」


『須美川の奇跡』と呼ばれようが、企画で華やかな注目を浴びることがなくてもと、

ひかりは『作り上げることが出来る職場』に魅力を感じている。


「給料がどうのこうのではなく、これからもいい文房具を、みんなで作る仕事を、
私はしてきたいので」


ひかりは、あらためて『すみません』と頭を下げる。

翔からは言葉が戻らないが、ひかりはそのまま動かずに待った。


「そうか、この提案を速攻で断るか。
実際、もう少し悩んでくれるかなと思ったのにな、浅井は」

「すみません」


翔は顔をあげたひかりを見ながら、『まぁ、いいよ』と笑う。


「作る仕事ねぇ……後で後悔するなよ」

「あ、その点については、大丈夫だと思います」


翔はそういうと笑い、ひかりの横を通っていく。

ひかりは、『ありがとうございました』という意味を込めて、

翔の背中に向かって頭を下げた。





そして、『選抜メンバー』が決定する金曜日の朝、

ひかりは駅で祥吾が来るのを待っていた。

祥吾はひかりに気付き、少し早足で改札を抜ける。


「おはよう……」

「おはよう」


ひかりの表情が明るくなった気がして、祥吾は少しほっとした。

ホームに並ぶ人の後ろを通り、なるべく奥へと向かう。


「『鳥居堂』に?」

「そうなんです。昨日、急遽行くことになって……」

「あ、そうだったな」


祥吾は、智恵に何度もひかりのことを聞いてしまったことを思い出す。


「話しがあるから残れって言われて、なにがあるのかと思ったら、
『鳥居堂』で働かないかという話しでした」


ひかりは、『鳥居堂』にいれば、本当の意味で一番いい文房具を選ぶことが出来ると、

そう言われたことも話す。


「で……」

「行くわけないです。私は『KURAU』が好きですから……」


ひかりはそこに『あなたのいる……』と心の中で付け加える。


「そうだったのか。昨日、大学から戻ってきたら、浅井がもういなくて。
急に『鳥居堂』から呼び出されたって聞いて、これはまた何かあったのかと」

「あったと言えば、ありましたね」


ひかりは楽しそうに笑い出す。

祥吾は『今日は一緒に帰ろう』と、ひかりに切り出した。

ひかりは祥吾を見る。


「残念会でも開いてくれるつもりですか?」


おそらく今日の発表に、自分が絡むことはないだろうという意味で、

ひかりはそう尋ねる。


「残念会か、祝勝会かはまだわからないぞ」


祥吾はそういうと、『ほら電車』と話しをそらしてしまう。

ひかりは祥吾の左手をつかむと、軽く手の甲をつねった。





今更緊張したところで、どうにもならないことはわかっているが、

さすがにその日の朝は、『第2企画部』も、どこかいつもと違う雰囲気が漂っていた。

祥吾と別れ、一人でコンビニに寄ったひかりは、

買ってきた飲み物を取り出し飲み始める。


「あぁ……美味しい」


ひかりの一言に、正面に座る雄平の顔があがる。


「確かに、お前はいつもうまそうにするな」

「でしょ、山内さん。私、CMとかに使われても、
結構いい演技すると思うんですけどね」


ひかりは『カフェオレ』を飲みながら、笑い出す。


「調子に乗るな」


雄平はそういうと、視線の先にいる小春を見た。

小春は全く緊張していないのか、

いつもと同じように、メールのチェックをしているように見える。


「うわ……」


目の前でひかりが声を出したため、雄平は『どうした』と声をかけた。


「ガムシロップの塊みたいな部分を飲んだみたいで、うわぁ……甘い」


ひかりは自分の頬を両手で押さえた後、ストローでカップをかき混ぜながら、

鼻歌を歌い出す。


「浅井。お前、いつもうるさいけれど、今日はさらにうるさいな。
何かあったのか、朝からヘラヘラと」


雄平は、ひかりの雰囲気がいつもと違うと思い、そう尋ねた。

ひかりは『聞きますか?』と嬉しそうに顔を向ける。


「いいよ、話しをさせてやる」

「私、昨日、『鳥居堂』からスカウトされました」


翔から聞いた当初は、それほど嬉しくもなかったひかりだったが、

よく考えているうちに、『評価された』ことが嬉しくなり始める。


「少しお給料もあげるから、『鳥居堂』に来ないかと、あの生意気な孫に言われたんです。
聞いた時には、あなたと一緒に仕事なんてとんでもないと思いましたけれど、
でも、なんて言うんですかね、家に戻ってからは少しずつこう……
『評価された』というのは、嬉しいな……なんて……」


ひかりは、ほんの少しだけ胸を張ってみせる。


「ふーん、お前に何をやらせるつもりだったんだ。コーヒーのCMか?」


雄平は少し前の会話を持ち出し、そうからかった。


「違いますよ、文房具に対する情熱を、どうも感じてくれていたみたいです」


ひかりは『今朝、最上さんにも話しました』と嬉しさついでに、ぽろっと言ってしまう。


「最上さんに? 今朝?」

「あ……」


ひかりは『一緒の駅で待ち合わせをしている』とは言えずに、

今朝、駅で会いましたと『偶然だった』ことをプラスさせる。


「同じ駅なんですよ」

「そうだっけ」

「はい……」


ひかりは、これ以上話しをしていると、余計なことを言いそうだと思い、

『カフェオレ』を飲みながら、書類を見ることにする。

予定外に、祥吾の名前を出してしまい、

ひかりは『カフェオレがやはり一番美味しい』と感想を述べてごまかそうとしたが、

雄平自体は、そんな話を気にしていることはなく、その先にいる小春を見ていた。


【18-2】



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