19 ほら、行きなさい! 【19-1】

19 ほら、行きなさい!


【19-1】


祥吾とは違うレベルで酔ったひかりだったが、

頭の中が『反省』という神妙な感情に支配されたからなのか、

境界線を越えることなく、朝もしっかりと目覚め部屋の掃除に取り組んだ。

軽い掃除ならいつも週末にするものの、今日は家具を動かして、その裏の埃を取り、

窓ガラスもしっかりと拭いていく。

というのも、『一緒にいたい』と願う祥吾の気持ちを、片付けをするという理由で、

跳ね返してしまったからだった。

せめて、身体のあちこちが痛くなるくらい、真剣に掃除をしないと、

自分自身がとことん嫌になりそうで、仕方が無かった。

水拭き、から拭き、そこまで終えて一度休憩を取る。

携帯電話を取りだし、祥吾の名前を探し出す。


「どうしよう……」


『昨日はすみません』という言葉も、

知らんふりして『何していますか』も違う気がしてしまう。

ひかりは結局、またポケットに携帯を押し込んだ。





悩みを解決できないひかりは、その日の夜『かをり』に向かった。

智恵のことも全て華絵に話し、どうしたらいいのかアドバイスをもらおうと考える。

日はどんどん短くなり、すっかり夜になっていたため、

マンションの部屋の暗さもよくわかった。

祥吾は今、部屋にいない。

道を進み、水道工事の会社の前を通り、『かをり』の暖簾が見えたとき、

マンションの入り口に、人の影が見えた。

ひかりは祥吾かと思い少し近づき見てみるが、それは違うとわかる。


「エ……」


マンションの入り口に立ちながら携帯を見たり、時々道路の方まで出て、

誰かを待っているような態度を見せていたのは唯だった。

『ボルノット』は福岡に会社がある。

仕事で東京に来たのだとしても、この場所に仕事はあり得ない。

となると、誰に会うためにここへ来たのかなど、あらためて聞くことでもない気がした。

ひかりは唯と顔を合わせないようにしたまま、『かをり』の中に入る。


「あら、ひかり」

「うん……」


自分の抱えている問題を、もう少し明るく笑いながら、

華絵に話しをするつもりだったひかりは、予想外の唯の登場に、

さらに心の暗闇を多くした。話がしやすいカウンターではなく、

店の右奥に小さな障子窓がある場所に座る。


「ひかり、何よ、そんなところに座って。カウンターにおいで」


華絵はカウンターから出ると、ひかりにこっちへと進めるが、

ひかりはここがいいと言い、動かなかった。

客の男性が次を注文し、何やら話しかけてくるので、華絵はその対応に向かう。

ひかりは障子を少しだけ開けて、まだ唯がその場にいるのを確かめた。

東京に来た時、きちんと会って話し、もう関係が戻らないことを告げたと、

祥吾はそう言っていた。

その言葉を信じているし、疑うようなことはないはずなのに、

それならばどうしてという思いが、捨てられなくなる。


「あはは……」


何がおかしいのか、客の男が大きな声で笑ったため、ひかりもその方向を見る。


「いやいや、それはないな」


どうでもいい話しだったのかと視線を元に戻すと、その光景は別のものに変わっていた。

唯だけだった場所に、祥吾が立っている。

ひかりは速くなる鼓動を、呼吸で必死に落ち着かせながら、『助けて』と神様に祈った。



「どうしてここに……」

「聞かれると思った。突然で驚いたでしょう、でも、私には時間がありましたから……」


障子の向こうからひかりが見ていることなど知らない祥吾は、

現れるはずがない唯の登場に、ただ戸惑ってしまう。


「時間って……」


『ボルノット』を突然辞めて、どこにいるのかわからなかった唯の訪問。

お酒の匂いがする気がして、祥吾はまだ自分から抜けていないのかと思ったが、

その原因は、前に立つ唯にあることがわかる。


「酒……飲んでいるのか」

「ふぅ……。私ね、お昼にもここに来たのよ。でも祥吾がいなかったから、
また駅に戻って。だって、何をしていたらいいかわからないし、
一人でお酒飲んでいたの」


唯は『知らない街ですごいでしょう』と笑い出す。


「村上が心配して、佐竹教授に連絡を取ったんだぞ。福岡からわざわざ大学まで来て、
俺も呼ばれて……」

「あらら……それはご迷惑をかけました。でも、もうおしまい。
私は、全部捨てちゃったから」


唯は、両手で何かを払いのけるような仕草をする。


「おい……」

「祥吾がね、どこの不動産屋に行ったのか調べたの。そこから色々と聞いて、
ここまでたどり着いた。初めての場所に一人で向かってみたり、
そんなだらけたことをしていたから、10日間くらい、行方不明だったんだ。
動いている私にしたら、あっという間だったけど……」

「唯……」

「わかっています。もう終わったこと、元には戻らないこと、わかっているの。
ここに来たからって、何かが変わらないことも……ちゃんと……。
でも、『ボルノット』にはいられなかった。あなたを追い出してしまった場所に、
いられなかった」


唯はそういうと、『はぁ……』と大きく息を吐く。


「文房具なんてどうでもよくなった。新商品も関係ない、仕事もしたくなくなった。
あなたを追い続けることに疲れたから、もうそろそろ試してもいいだろうと思って、
私は自分の賭けに負けた。全部吹き飛んだ」


唯はそういうと、バッグの中にお酒が入っているから、

これから飲もうよと言い始める。


「よせ、もう相当酔っているだろう」

「いいじゃない別に。明日、日曜だよ」

「今は、お酒を飲みたい気分じゃない」


やっと歩けるようになり、ここまで帰ってきたのだからと祥吾は思ったが、

唯にはそれがわかるはずもなく、袖を捕まれる。


「最後だから……こんなことをするの。田舎に帰る前に、どうしても会いたかったの」


唯はそういうと、『少しだけ……』と声に出す。

祥吾は唯に『ダメだ』と言おうとしたが、それは出来なかった。

ここであまりにも冷たい態度を取れば、酔っている状態で、

唯が馴染みのない町の中に出て行くことは、間違いないわけで、

その後、どうなるのか、心配にならないはずもない。


「とにかく、酔いが覚めるまで……」


祥吾は唯の横を通り、エレベーターのボタンを押す。


「入ってもいいの?」


唯の問いかけに、祥吾は小さく頷く。

ひかりは、『かをり』の障子の向こうから、二人の声は聞こえない状態で見ていた。

自分の前で、祥吾と唯は揃ってエレベーターに乗ってしまう。


「ウソ……」


目の前で起きた出来事で、ひかりは息をするのも辛いくらいショックを受けた。


【19-2】



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