19 ほら、行きなさい! 【19-2】


【19-2】


目をそらしても現実が変わることはないのだが、慌てて障子を閉め、

『どうしたらいいのか』と下を向く。

客の一人がカラオケを歌うと言い出したため、

ひかりはそのタイミングで、『かをり』を飛び出した。


「あ……ひかり」


華絵は、飛び出したひかりが気になったものの、お客様を無視するわけにはいかず、

追いかけられなくなる。

ひかりは、エレベーターの前に向かい、

ボタンが確かに『5階』で止まったことを見た後、

祥吾のマンションを背にして、一度も振り返らないまま必死に走った。





「お邪魔します」


唯は玄関で靴を脱ぐと、中に入った。

福岡に住んでいた頃、祥吾が住んでいた部屋には何度も通ったが、その場所よりも広い。


「広いんだね、向こうの部屋より」

「うん……」


同じような間取りは、選びたくなかったからという言葉を押し込んだまま、

祥吾はコーヒーを入れ始める。


「田舎に戻ったら、海渡にも佐竹先生にも連絡をするから」

「うん」


祥吾は座っていればいいよと唯に話す。

唯は『うん』と言いながらも、落ち着かないように見えた。


「『ボルノット』を辞めるにしても、突然消えるのはまずいだろう。
唯が抱えていた仕事もあるだろうし」

「うん……それはわかっていた。でも、正直、春頃から辞めたいなと、
そういう気持ちだったの、届けを出して、最後まで、
完全に勤め上げるという気持ちにはならなかった。それにわかるでしょう。
辞めようとしている人間になんて、意味ある仕事を振らない企業だってこと」


唯の言葉に、祥吾自身納得することが出来た。

退職を決め、それが明らかになってから、ほとんど仕事らしきものをしなかった。


「祥吾が退社を決めてから、時間が止まったみたいになっていた……」


唯はそうつぶやく。


「何度も会っていたのにな」

「エ……」

「向こうにいる時、何度も君と会って、一緒に時間を過ごしていたのに。
結局、互いに何もわからないままで」


祥吾は唯がいなくなったと聞いてからも、他に行く場所や会う相手など、

全く浮かばなかったと話す。


「どういう店が好きなのか、どんなものを好きなのか、誰と仲がいいのか、
俺、君のことを何も知らなくて」


ひかりを見ているだけで、どういう仲間と過ごしているのかがわかるし、

その周りからのいい影響を受けていることもわかる。


「近くにいるという距離だけしか、考えていなくて。
もっと色々と、話しをすればよかったのかもしれない」

「それは、ずっと、私が追っていたからよ」


唯は、祥吾に好かれたくて、振り向かせたくて、ずっと横を歩いたとそう話す。


「私は祥吾のこと、色々と知っていた。何が好きなのか、どうしたら嬉しいのか、
必死に毎日考えて……」


唯は出されたカップを持ち、少し息をかける。


「振り向けばそこにあるような状態を、あなたが考える必要などない状態を、
いつも作ってきた」


祥吾はその言葉を聞きながら、確かにその通りだと思っていた。

だからこそ、今、自分がどうするべきなのか、

ひかりとの距離をつかめないままになっている。

『受け身』ばかりを続けてきたため、上手に前へ出て行けない。


「それでも、田舎に帰る前に会いたいのは、祥吾だったの」


唯はコーヒーを飲む。


「俺は、色々な意味で未熟だ。毎日そう感じながら生きてるよ」

「祥吾が?」

「あぁ……失敗ばかりだ」


イライラしてやけ酒を飲んでみたものの、浮かぶのはひかりの笑顔で、

気持ちは全くぶれていないとわかる。


「変わったんだね、祥吾がそんなふうに言うなんて……」


唯はさらに『変えたんだね』と口にした。





「はぁ……はぁ……」


ひかりは必死に走り続け、部屋に戻った。

鍵をかけて中に入ると、ただベッドに倒れ込む。

そこまで頑張って押さえてきた涙が、一気にあふれ出した。

どっちが誘ったのかなどわからない。

もしかしたら唯が勝手に訪ねてきただけかもしれない。

それでも、祥吾が唯と話をし、来たことを認め、部屋に入れたことは間違いなかった。

あの部屋に入れるのは、唯ではなく、自分だとそう思っていた。

智恵の告白があり、どうしたらいいのかと迷っているうちに、

現実は最悪の方向へ動き出してしまった。

どっちにもいい顔をしようとした結果が、こうなったのだと頭に言い聞かせると、

今からでも、祥吾に謝って、その腕に飛び込みたいと思ってしまう。

智恵を失うことより、祥吾を失うことの方が、

自分にとってはもっと辛かったのだと、ここまで来てやっと認識する。

誰に遠慮などすることもないし、堂々と一緒にいればよかったのだと思うと、

情けなさと悔しさの混じった涙が、さらに落ちていく。


「やだやだ……もう、絶対に嫌!」


何をしに来たのかわからない唯が、祥吾と一緒に部屋にいる姿が想像できてしまい、

ひかりは必死にその残像を振り払う。


「嫌!」


クッションを顔に押し当てて泣いてみても、祥吾にその声は届くはずもなく、

ひかりはしばらく、顔をあげることが出来なかった。





「どういうこと?」

「この部屋の鍵は、下のポストに入れてくれたらいい」


部屋で、ひかりが泣き疲れて『ボーッ』とし始めた頃、

祥吾は唯に鍵を預け、改めて外へ出て行こうとしていた。

唯はそれならば自分が出て行くと言うが、祥吾が首を振る。


「まだ酔いが抜けていないのに出歩くなよ。唯の実家までは距離があるから、
タクシーじゃ無理だし。この辺で他に行く場所なんてないだろう。
しっかりここで酔いを覚まして、朝になってから行けばいい」

「だったら……私はここでいいから。祥吾が部屋で……」


唯はリビングを指し、ここにいるから構わないと話す。


「一緒の場所にいるのは、違うと思うんだ」


祥吾は『気を悪くしないで欲しい』と前置きをした。


【19-3】



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