19 ほら、行きなさい! 【19-4】


【19-4】


ひかりが思わず送ってしまった文面に、祥吾からすぐ戻ってきたのは、

『今川家で、頼まれごとをしている』という内容だった。

数時間前に、唯と一緒にいる姿を見たひかりからすると、

『今川家』ではなく、『唯』に頼まれごとをしているのではないかと考えてしまう。


「あぁ、もう!」


祥吾が、何を言ってこようが、それを信用できる心の強さが今はない。

ひかりは両手で頭をコンコンと叩き、大きく息を吐くと携帯電話を裏返した。

気分転換になるかもしれないからお風呂に入ろうと思い、お湯を出し始める。

栓がされたため、お湯は少しずつ湯船に溜まっていく。

ひかりは浴槽の端に手を置き、しばらくそこでじっとしていた。



「祥吾、何ずっと携帯見ているんだよ」

「ん? いや……」


祥吾は携帯をポケットに入れる。

金曜日、祥吾の魂の叫びを聞いた勇也は、

待っているのは『ハチ』からの連絡かと突っ込みたくなるのを押さえ、

仕事の伝票をいくつか広げると、計算機で数字をはじき出す。

勇也の視線が伝票に向かったため、祥吾はまた携帯を出す。

『既読』の印はついたものの、ひかりからの返事は戻らない。

スタートはひかりからの連絡だったのに、もう何も帰ってこないのかと思いながら、

立ち上がった。


「寝るわ」

「あ、うん……風呂は?」

「……あ、そうか」


祥吾は『じゃ、借りる』と言うと、どこかボーッとした状態で風呂場に向かう。

勇也は、やはりどこかおかしなままな気がして、

何も言わなくていいのだろうかと、逆に心配になった。





日曜日の午後、あらためて祥吾がマンションに戻ってくると、

ポストの中には鍵と唯からの手紙が残っていた。

祥吾はそれを手に持ち、ボタンを押し、エレベーターに乗る。

乗り込んだのは一人だけだったので、その手紙を広げてみる。

手帳の1ページを破ったような紙には、祥吾に対しての感謝の気持ちと、

謝罪の言葉が並んでいた。

唯の実家は島根のため、東京の大学に通ったが、

『ボルノット』という、九州に拠点がある企業に入ったことを、

親は喜んでいたと聞いたことがある。

祥吾は読み終えた紙を2つに折ると、エレベーターから廊下に出た。



その頃のひかりは、掃除もしたし、洗濯もしてしまったため、

やることがないまま、部屋でテレビを見ていた。

特に集中して見ているわけではないが、切ってしまうと静かになりすぎて、

余計に寂しくなりそうだった。

携帯電話が鳴り始めたので、祥吾かと思ったが、着信の名前は華絵になっていた。

ひかりはそういえば昨日、『かをり』に行ったのに、飛び出したことを思い出す。


「もしもし」

『あ、ひかり……もう、心配したのよ。どうしたのよ、昨日は』


華絵は、お店に来たと思ったのに、急に出て行ったと昨日を語る。


「ごめん、ちょっとね」


元は、智恵の祥吾に対する思いを知り、どうしたらいいのか迷ったことを、

華絵に相談するつもりになっていた。しかし、唯を見つけ、

そして祥吾がその唯と一緒に部屋へ向かったのを見たため、全てが真っ白になった。

ひかりはどう話したらいいのかがわからず、黙ってしまう。


『何か言いたくてきたのかと思ったのよ、今から準備だし、お店に来る?』


ひかりはすぐに『今日はいい』と返事をした。

そのタイミングで、祥吾と唯が部屋から出てきたらどうしようなど、

余計な考えが浮かびそうになる。

しかし、その後すぐに『やっぱり行く』と言う。


『何……どっち?』

「行く、やっぱり、今から行く」


ひかりはそう言うと電話を切り、すぐに部屋を飛び出した。

自分一人の心の中で、じっと耐えていることがとにかく辛くなった。

ウジウジするくらいなら華絵に全部話し、どんな形でも勇気をもらって、

二人がいるかもしれない部屋にまで乗り込んで、

言いたいことを言ってやるくらいの気持ちになる。



『うちに来ないか……』



『鳥居堂』の孫、鳥居翔から転職を勧められ、もちろん断ったが、

祥吾と関係がおかしくなった場合、それでも仕方が無いかとまで考える。

踏切を渉り、そこで立ち止まるとひかりは首を振る。



転職も、仕事も関係ない。

どんな状況でも諦められない。

ただ祥吾を失いたくない……



その思いをしっかり握りしめ、ひかりは『かをり』に急いだ。





「エ……」


祥吾への思いがひかりにあることは、華絵もわかっていたが、

二人がスタートを切ったことは知らなかったため、交際を始めたことを知り、

『よかったね』と祝福の言葉を返してしまう。


「うん……」

「何よ、どうしたの、うかない顔で。もうケンカしちゃったんだ」


華絵は、付き合っていけばケンカくらいするわよと言いながら、

料理の下ごしらえをする。


「『KURAU』の50周年記念商品を作るための選抜チーム作りがあったから、
会社の人たちにはわからないようにしようと決めていたんだけど、偶然、
智恵さんのことを知ってしまって……」

「智恵さん? あぁ、ひかりが大好きだって言っていた、先輩」

「そう。仕事も教えてもらったし、悩みもよく相談していて」

「うん」

「その智恵さんが、最上さんと仕事がしたいから、絶対に選抜チームに入りたいって、
そう言ったの。智恵さん、最上さんが好きだって……」


ひかりは、片方で智恵の思いを知り、片方で祥吾と会っている自分のことが、

なんだかずるいような気がしてと、説明する。



「ズルイって、それはひかり」

「わかってる。違うってこともわかってる。でも、すぐに割り切れなくて。
で、最上さんに変な態度を取っていたら、もっと大変なことになってしまって」


華絵は、『何が?』と聞き返す。


「昨日、ここへ来たでしょう。その時、マンションの玄関に、
最上さんの元カノが立っていたの。『ボルノット』の人……」

「『ボルノット』の人?」

「そう。会社は九州でしょう。何か意味が無いと来ないと思うし。
ここにいて、誰に会いに来たのかなんて、聞かなくてもわかるじゃない。
だから、私、その窓から様子を見ていて」


ひかりがいつもと違う場所に座った意味を知り、華絵は頷く。


「そういうことだったの」

「その後、最上さんが帰ってきた、スーツだった。昨日、会社休みだよ。
でも、スーツで。で、彼女と何やら話しているなと思ったら、そのまま……」


ひかりは祥吾の後ろを、唯がついていく光景を思い出す。


「二人でエレベーターに乗っていった」

「最上さんの部屋に行ったってこと?」

「入った瞬間は見ていないよ。でも、エレベーター5階だった、
だからそれしかないでしょう。私、どうしたらいいのかわからなくてここを飛び出した。
私が智恵さんのことで、オロオロしていたから……だからって……」

「だからって元彼女と復縁しますはないでしょう。
何か事情があったのかもしれないわよ」


華絵は、直接聞きなさいと指で上を示した。


【19-5】



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