9 指輪の光

9 指輪の光

部下である、太田が仕切ることになった『親子自然教室ツアー』の前日、

亮介は支店長の塚田に書類を渡し、直前の報告をする。


「今朝、『スーパーミナミ』の友岡専務から、よろしく頼むとの連絡が入った。
全国展開している業界大手のイベントだ。その重要さは、わかっているんだろうな」


「はい。ミナミさんとは社員旅行や研修でのお付き合いも長いですから」


塚田は視線を右、左に動かし、書類のチェックをしたが、

一緒に手渡した、別ツアー参加者からのお礼や感想のコメントなどには興味がなく、

机の上に放られたまま、一切目も向けない。

亮介が机の端に目をやると、本社に勤務する、小田切専務から送られてきた、

アメリカ大手自動車メーカー『クライン』の会長が行く、旅行関係の書類が置いてあった。

塚田は、亮介の視線の先に気づき、咳払いをする。


「こっちのことは、君が気にすることじゃない。
国内の旅行とはいえ、相手は大手の会長だ。私の方で対応するから……」


学生時代日本の大学でも勉強し、戦国武将を好きな『クライン』の会長は、

毎年日本の都市を選び、地元の人間が好むような、小さな店を訪れるのだ。

昨年は京都で、なかなか手ごわかったと、石原から聞いたことを思い出す。


「わかりました」


国内旅行の管理は、亮介の仕事であるにもかかわらず、本社からのポイントがあがる仕事のため、

現場の中で処理をしようとしない塚田の器の小ささと、ずるさがあらためて浮き彫りになる。

亮介の落ち着いたトーンに、塚田はすぐ、話題を変えた。


「とにかく、君がどうしてもと言うから、この企画終了まで時期を延ばしたんだ。
しかも、太田をチーフポジションにつかせるなんて。
これが会社の損害につながるようになったとしたら、君自体も無傷というわけには
いかないからな」


出世の道に傷が付くのだと言いたげな塚田に、深見は一度だけ頭を下げると、

会議室を出ようと扉に手をかけた。


「いいな深見。これは君のやり方と、僕のやり方……どちらが正しいか、
それを証明するツアーだ。太田には、この仕事は重すぎる。僕は今でもそう思っている」

「失礼します」


亮介は背を向けたまま、部屋を出た。亮介も太田がすべて仕切れるとは思っていなかった。

自分がフォローに回り、経験を積ませたいと考え、抜擢したことだった。

出来ないから排除するという塚田の考えでは、下からは、ごく限られた人しか育ってこない。

自分に自信のない太田だからこそ、亮介はなんとか仕事を順調に進めさせようと、

リストラの話を止め、このツアーのチーフにした。





「あはは……いやだ、ごめんなさいね」


3日に、来ると言っていた利香が、亮介の顔を見たいからと、

予定を一日繰り上げて仙台へ顔を見せた。

テーブルの上には、利香がお土産だと持ってきた袋が、いくつも並ぶ。


「お前のせいで、大変だったんだぞ、宮本」

「……あ、人のせいにしないでくださいよ、深見さん。元はといえば黙っていた
深見さんが悪いんですよ。ね、咲……。男はね、すぐ自分で何でも解決出来ると
思うんです。女に弱音を吐いたらいけないだなんて、それは思い込みですからね」

「お前、秋山とうまくいってないのか? コメントにトゲがある」

「は?」

「亮介さん!」


遠慮なしの言葉のやりとりに、咲は笑いながら、亮介に声をかけた。

みんなで机を並べて仕事をした、東京西支店での日々が、すぐによみがえる。


「あいつの支店も、大変だろ。主任になっているから、責任もあるだろうし」

「まぁ、そうみたいですけど。適当に部屋へ行って、掃除とかしてあげちゃうから、
きっと、家政婦みたいに思われてるんじゃないですかね。秋山さんにとっては、
面倒じゃないんですよ、その方が」

「そんなこともないだろうけどな」

「いえ、絶対にそうなんです。結婚の『け』の字も、出てこないんですから」


強がってそう言い切った利香だったが、咲にはとても寂しそうに見えて仕方なかった。

亮介も同じことを思ったのか、咲と視線が重なり、すぐにそらす。


「思い切って浮気でもしてやれ!」

「亮介さん!」


次の日が出発だからと、咲が何度も寝ることを薦めたのに、利香も亮介もあれこれ語り合い、

気がつけば日付はすでに次の日へ進んでいた。





次の日、旅行の荷物を持ち、亮介は玄関に立った。

咲はいつものように、アイロンをかけたハンカチを手渡す。


「あれ、宮本は?」


咲は指で奥にいるのだと合図した。

亮介は利香なりに気を遣っているのだろうと軽く笑い、咲を引き寄せる。


「行ってくるから……」

「うん……」


軽く唇に触れた二人だが、互いの視線に引き寄せられ、もう一度触れる。


「少し天気が悪くなりそうだから、気をつけてね」

「あぁ……」


亮介は荷物を持ち、階段を下りていった。

足音が遠ざかり、咲はベランダに移動すると、上から車に乗り込む姿を見送る。


「1泊でしょ、すぐに帰ってくるじゃないの。もう、いつまで恋人気分なんだか」

「うん……」


亮介は一度顔をあげ、てすりに並んでいる咲と利香に向かって、軽く手を振った。

昨夜遅くに降った雨のため、道路にはまだ水溜りが残っている。

曇り空で太陽は見えないはずなのに、咲には、薬指のリングがキラリと光って見えた。





「おはようございます。今日と明日の2日間、しっかりと自然を楽しみながら、
たくさんの思い出作りをしてください」


仙台の駅前では、元気な子供と付き添いをする母親や父親が、

名札を受け取りバスへ乗り込んだ。太田は名簿をチェックし、休みがいないことを確認する。



「それでは、何かわからないこと、不安なことは、僕か、
こちらの深見に聞くようにしてください」


子供たちの返事に亮介は軽く頭を下げた。その時、真ん中くらいの席に座った男の子と

目が合ったが、その子はどこか不満そうな表情で、すぐに目をそらしタオルを顔にかけた。





その日の仙台は、太陽が見えることなく、時間が経つごとに雲が厚さを増していった。

すぐにでも泣き出しそうな空を見上げ、咲はお腹に手をあてる。


「ねぇ、利香。岩手の方も天気悪いのかしら」

「うーん……どうだろう。今年は雪が降らなかったとは言っていたけど、でも山だもんね。
昨日の雨もあるし、天気も気温も変わりやすいから、早めに行動しているんじゃないの?」

「そうよね……」





二人の不安どおり、亮介はその頃、黒く曇りだした空を見たまま、携帯を握る。

昼食をとり、この後、簡単なオリエンテーリングをし、『スーパーミナミ』の

直営牧場を見学することになっていた。

しかし、天候の具合を見た亮介が、オリエンテーリングの短縮を提案する。


「短縮?」

「はい、少し空模様が怪しいですし、正規のルートを歩くと、雨が降り出す可能性もあります。
コースは難しいところではないですが、昨日も雨が降ったことですし……」

「いや、それじゃ、うちの牧場へ行けなくなるじゃないか。
今回のツアーの目的はそこにあるんだがなぁ……」


亮介の提案に、『スーパーミナミ』から送られてきた広報部の社員は、当然ながら嫌な顔をした。

親子連れを宿泊招待しながら、自分たちの契約農家や、牧場を見せることで、

会社のアピールをしなければ、ならないからだ。


亮介とスーパー側のやりとりを聞きながら、太田はどうやってこの場を納めるのだろうかと、

何も言わずに黙ってしまう。


「もちろん、今回の『親子ツアー』の目的はわかっています。ですので、昼食の時間中に、
バス会社の方と、こちらで打ち合わせをしなおします。コースを少し変更して、
バスで牧場へ向かうように、提案させていただきますので……」

「バス? バスで牧場へ向かうんですか?」


「はい、契約農家の畑も、ルートに組み直します。天候がその時までもっていれば、
バスから降りて、土に触れることも出来ますし、雨になったとすれば、
お客様をおろすわけにはいかなくなりますので」


「おぉ……そうですね。まぁ、いいでしょう。それで結構です」


歩いていくはずだった場所へ、バスで向かうことにするといった亮介の顔を、太田はじっと見た。

人数を把握し、時間通りに進んでいるのかどうかばかり気にしていた自分の横で、

亮介は全く違う次元で、ツアーのことを考えていた。


「ただ、そうなるとホテルへ向かう時間が遅れます。大広間での食事会の準備を
少しずらせるのかどうか、一緒にこちらで確認しますので、お任せいただけますか」


亮介は太田に支持をし、宿泊する予定のホテルへすぐに連絡を入れた。





「エ……妊婦さんだったの?」

「うん、亮介さん、私が気にするんじゃないかって、黙っていたみたい。
実はね、その時痛めた肩も、ちゃんとは治ってないのよ。会社でもいろいろとあるみたいだし。
時々、すごく考え込んでいるように見えて、かわいそうになることがある」

「じゃぁ、よしよしって、ベットで慰めてあげたらいいじゃないの」

「利香! まじめに聞いてるの?」

「あはは……。ごめん、ごめん。でもそのことはね、秋山さんも気にしてた。
仙台の支店長も、現場を全く知らない人らしいよね」

「仙台もって、秋山さんのところもってこと?」

「うん、支店が統廃合になって、派遣が増えて、さらに人を減らして……って、
経営は大変みたいよ。それでも業界ではいい方みたいだけどね」

「ふーん……」


いまだに現役で働いている利香の話は、咲にも初めてのことが多かった。

少しずつ降り出した雨を見ながら、万全の状態ではない亮介のことが、咲はまた気になりだした。



                                 深見家、新メンバー加入まで……あと75日






10 思い出の山 へ……




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コメント

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旅行って・・・

何やら気がかりな事が多くありますね。
男の子はなにが??

天気もコースも、思うようには行かないのが旅行の醍醐味
と思ってしまえば楽しいけど、なかなかそうは行かないか?

後で楽しかったね、となってくれるよう、太田君頑張れ!

ももちゃんありがとう。励みになります。

山はどのぐらい重なる?

こんにちは!  毎日楽しみにしています。


天気の悪さと支店長とのやり取り大田君の様子

しかも『親子ツアー』って……何もない訳がない!

なんか問題起こしそうな子もいたし

悪い要素たっぷり感のこのツアー

ももんたさんの言ってた「山が重なる」が

わかる気がする。。。

亮介さんの肩にも影響あったりしそうだし

咲ちゃんの心配が杞憂に終わればいいけど

そうは問屋がおろさないですよね。。。

予感がしますか?

拍手コメントさん、こんばんは!
UP後、すぐのコメント。とっても嬉しいです。


>このツアー無事に終わらない予感が…?!

予感がしちゃいましたか……。穏やかな日々があるとね、その後来るぞ……と、思いますよね。

さて、どうでしょう。

ビジネスモードのドキドキモードを、どうかよろしくお願いします。

お互い楽しもうね

yonyonさん、こんばんは!


>天気もコースも、思うようには行かないのが旅行の醍醐味
 と思ってしまえば楽しいけど、なかなかそうは行かないか?

そう、お客様はね、親子で参加できたんだから、それだけで楽しい! なんでしょうけれど、
お金を出している企業側とすれば、宣伝がからむのが当然で、
まぁ、いいでしょう……にはならないものです。

板挟みになるのは、亮介と太田。
さて、二人の旅は、どうなるでしょう。


……それと、

励みになれば、こちらも嬉しいです。私はyonyonさんから、その何十倍も励まされてるんですよ。こちらこそ、感謝です。

楽しいなぁ……

mamanさん、こんばんは!


>こんにちは!  毎日楽しみにしています。

おぉ……この一言が、ものすごくパワーになります。
こちらこそ、遊びに来て下さって、ありがとうございます。


>悪い要素たっぷり感のこのツアー

あはは……いいなぁ、この表現。まるで鍋にグツグツ、嫌なものを煮ている感じがしますよ(笑)

そうは問屋がおろさないかどうか、続きをお待ち下さいね。

何かを感じます?

yokanさん、こんばんは!


>嵐の前の静けさか・・・ツアーできっと何かが起こるんでしょうね。
 そんなことを感じながら読んでました。

このまま80日、幸せふわふわ……じゃ、お話にならないので。
いえ、もちろん幸せは続きますけどね。
結婚しても、いろいろあるよねをテーマに、頑張ります。

不安要素、確かにいっぱいだ(笑)

太田君・・

いよいよツアーの日が来ましたね。

『親子ツアー』って知った時から、
大変そうだな~っとは思っていたけれど

スタートから何やら嫌~な予感・・・;;

お客様の安全と、スポンサー企業の宣伝と・・・
難しい条件の中での、亮介さんの仕事ぶり
太田君の目にはどんなふうに映ったのかしら?

不安いっぱいで始まったツアーだけど
亮介さんと太田君の頑張りで
お客様達が参加して良かった!と
思える旅になりますように・・・

嫌な予感は当たるのか?

バウワウさん、こんばんは!


>『親子ツアー』って知った時から、
 大変そうだな~っとは思っていたけれど
 スタートから何やら嫌~な予感・・・;;

あら……嫌な予感、しちゃいましたか。
うーん


>難しい条件の中での、亮介さんの仕事ぶり
 太田君の目にはどんなふうに映ったのかしら?

うるさい上司であっても、仕事では学ぶ点もおおいはず。
さて、太田くん、この旅から何かを得ることが出来るでしょうか。

……で、続きます。