1 憧れ 【1-3】


【1-3】


「お弁当なの、これ」


栞が重箱の蓋を開くと、確かに美味しそうなおかずが詰まっているのが見える。


「すごいね。相当したでしょ」

「相当? まぁ、そうかな。そこら辺のお弁当とは違うかも」

「だろうね」


プラスチックとはいえ、また別の用途に使えそうなくらいしっかりした重箱だった。

栞は、その中にある『さといもの煮物』を指でつまみ、口に入れる。


「うわ……美味しい」

「でしょ。お店の常連さんに美味しいよって聞いたの。
前に手まり寿司買ってもらって、ほら、お土産に持ってきたこと、覚えてる?」

「手まり寿司?」

「そう、手まり寿司」

「あぁ……思い出した」


1ヶ月ほど前、仕事から戻ってきた朱音は、

小さな包み紙をお土産だとテーブルに置いた。

中に入っていたのは一口大の手まり寿司で、

エビやたまごなど、色も鮮やかだった記憶があると、栞も返事をする。


「そうそう、そのお店」


朱音は給料をもらったばかりで、ちょっとだけ懐があったかいのだと笑い、

待っていたのだからすぐに食べようと、お茶の用意をし始める。


「うん」


オートロックはないけれど、築10年程度の『2LDK』。それが二人の家だった。

共通するリビングに水回り、そして朱音の洋室と、栞の和室。

朱音の条件は、とにかく駅に近いことで、

栞の条件は、『ライムライト』に自転車で行ける距離というものだったため、

二人で不動産屋を何軒も歩き、選んだ場所がここだった。


「常連さんか……朱音は毎日お店にいないのに、よく指名してくれるね」

「エ……別にそれは問題ないわよ。お客さんだって、毎日来るような羽振りのいい人、
いまどきそんなにいないし」

「そうか」

「そうよ」


朱音は、最寄りの駅から電車に乗り、

ターミナル駅と呼ばれる大きな駅近くにある、『シャイニング』で、

週に4日ほどホステスとして働いている。

店を束ねるママからは、正規採用になり、

売り上げアップを目指さないかと何度も誘われているが、

朱音は縛られるようになるのは嫌だと、3年目になっても、同じ勤務方法をとっていた。


「なにかね。別にナンバーワンになろうなんて野望はないから、
無理はしないでしょ。言いたいことは結構言っちゃうし、
それがお客様には都合がいいのかも」

「都合かぁ……」

「そう、売り上げのために、強引にお酒を飲ませたり、指名をしてほしくて、
アフターに力を入れるとか……そういうこと、全然しないし」


朱音は、入れたお茶を、自分と栞の前に置く。


「どうしても、水商売がしたいってことでもないしね。
ただ、どうせお金をもらうのなら、なるべく効率よくと思っているだけ」


女性の時給を考えたら、どうしても高いものは水商売になる。

朱音は、元々人と話すことが好きだからと、年齢が許すところまで来た日、

躊躇無くこの世界に入り込んだ。


「そう、ナンバーワンといえばさ、この間、店のナンバーワンが変わったのよ。
そうしたら元ナンバーワンの先輩、新しい方の化粧品、ぐちゃぐちゃにしちゃって」

「ぐちゃぐちゃ?」

「うん、口紅は指でポキンでしょ、
ファンデーションには、ナイフで切れ目入れて、鏡も割って」


朱音の話しを聞きながら、栞は大きくため息をついた。

華やかに見える表舞台から、一歩奥へ入ると、『女の戦場』になるとは、

テレビなどでも見たことがあったが、そこまでなのかと首を振る。


「客の取り合いだったのよ、二人で。お金使いのいい人は、
そりゃ、誰だって指名客に欲しいしね」


朱音は嫌いなにんじんを煮物の中からよけ、蓋の上に置く。


「でさぁ、栞にちょっと相談なんですけど……」

「嫌です」


栞は、朱音から話しを聞く前に、そう返事をした。

朱音は、そう来たかという表情をしながらも、引き下がらず、前に出る。


「そう、わかる。栞の言いたいことはわかるの、
でも、だからこそ、お願いしているわけよ」

「意味不明」

「違うよ、不明じゃないって。誰も、長くお願いしようと思っているわけではないのよ。
先月、引き抜きがあって、3人、急に辞めちゃって」


朱音の話しによると、客としてきていた男が、実は別店舗の引き抜きで、

新しく店に出ていたホステス3人を、勝手にうまい話に乗せてしまい、

退店させたのだと説明する。


「3人のうちのひとりなんて、プライベートで男ともめていて、
店に入るときには、ママにすごく世話になった人なのに。
よくまぁ、あんなにあっさり出て行けますねってくらいだったけど。
どうも、そういう渡り鳥らしくて」

「渡り鳥?」

「そう、定位置が決まらずに、フラフラと行くらしいの」


朱音は上半身を右に左に揺らす。


「それは大変だろうけれど、私には関係ないもの」


栞は、炊き込みご飯を箸ですくい、食べ進める。

口の中に入ったたけのこがシャリッと音をさせた。


「ないのも承知。でもさぁ、ママが頼んでって、頭下げてくれるんだよ、
嫌って言える?」


実は、半年ほど前、栞は朱音の頼みを聞き、

2日だけホステスのバイトをしたことがあった。

その時は、急病人が数名出てしまい、大企業の接待が予約されていたこともあり、

とにかく数あわせにということで、連れて行かれた。

栞と朱音は洋服のサイズも同じなので、衣装も問題なく、

とりあえず場所埋め要因として、慣れないテーブルに座った。


「あの、媚びない姿勢? うけたじゃない」


栞は、朱音のように気の利いた話しは出来ないので、

ただ、相手の話しを聞くことに集中した。本来なら愛想のないホステスだと、

嫌がられそうなものだが、その席に座った男性は、話しを頷き聞き続ける栞を褒め、

結果的にバイトは成功した。


「あんな偶然、何度も起こらないから」

「いやいや、なんだかんだ言っても、栞も出来るんだって。
だって、フラワーショップだって、立派な接客業だよ」

「接客業? それは、ちょっと意味合いが違うんじゃない?」

「お願い! 親友の頼み!」


朱音は、栞の反論をストップさせ、そこで土下座に近い格好を見せると、

何度も頭を下げた。栞はそばにあった小さなクッションを、

朱音に向かって投げつける。


「痛い……」

「痛いわけないでしょ、オーバーなんだから」

「お願いってば」


朱音は、何をどうすれば頼みを聞いてくれるのかと、そこから栞に何度も尋ねた。


【1-4】



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