1 憧れ 【1-5】


【1-5】


雨は、その日いっぱい降り続けたが、明け方には太陽が戻った。

栞は8時少し前に店に着き、カギを開け連絡便の到着を待つ。

PCを立ち上げ、今日の仕入れの状況を確認し、バケツを並べた。

時計が進むにつれ、通勤客の数が減ったが、

今度は、近所の小学生が店の前を話しながら歩いて行くようになる。

さらに9時を回ると、スーパーの中では、仕事を始めるパートや社員がずらりと並び、

店長の言葉に、大きな声で『はい』の返事を何度も返す姿が見えるようになった。

競うように声を出す様子がおかしくて、栞はホースを手に持ちながら外に出る。

小さな鉢植えなどの隙間を詰め、新しく入る商品の場所を空けていると、

いつの間にか、目の前にスーツを着た男性が立っていた。

今までに見たことがない人だという珍しさと、どうでもいいような小さな鉢植えを、

愛しそうに見る優しい視線が気になり、栞は作業をするふりをしながら、

何度も目だけで男性を追う。

『まだ、営業前です』と、声をかけるべきかどうか迷っていると、

男性は鉢植えを元の場所に戻し、店の前を離れた。


「おはようございます」

「あ、おはよう」


パートの女性と、栞より1年遅く入った後輩、『佐山華(はな)』が到着し、

その日の仕事が本格的に始まった。スーパーの営業が始まると、さらに客数が増し、

店の前には何名かの人が立ち始める。


「店員さん、ちょっといい?」

「はい」

「これ……かわいいわね」

「ありがとうございます」


栞はすぐに濡れた手を拭き、小さな鉢植えの花を説明した。

水は毎日あげなくてもいいため、とても扱いやすく、気温の変化にも対応できると話す。

女性はそれならと3つ鉢植えを購入しれくれたため、

栞は、束から外れた小さな花たちをまとめ、サービスした。


「あら、いいの?」

「はい。サービスさせていただきます。今回は鉢植えですが、
生花には生花の良さがありますので、ぜひ次回は」


女性は、ありがとうと嬉しそうに笑い、店の前から消えていった。

栞は『ありがとうございました』のセリフを言い終えるまで、頭を下げる。


「すみません」

「はい」


別の場所から声がかかり振り返ると、今朝、鉢植えを見ていた男性が立っていた。

栞は、たった今、帰った女性が、今朝の鉢植えを買っていったことに気づき、

空いた場所に別のものを置き直す。


「ここにあった鉢植え、もしかして売れました?」

「はい、すみません、ほんの少し前に」

「あぁ、そうですか」


男性は少し悔しそうな顔をしたので、栞はすぐに同じものがありますと、

別の鉢植えを手に取った。男性はその鉢植えを受け取り、見始める。

別に、取っておいてほしいと言われたわけではないので、

売った事をとやかく言われる筋合いはないのだが、

今朝、鉢植えを見ていた姿が残っているだけに、栞はどこか申し訳ない気がしてしまう。


「うーん……」


男性は、鉢植えをゆっくりと両手で元の位置に戻した。


「同じ種類の花ですけど、形と色が少し違いますね。
前に見た方が僕好みだったので、残念です」


そう言いながら、男は指をパチンと鳴らした。


「ごめんなさい」


花に詳しい人だったとわかり、栞は思わず謝ってしまう。


「あ、いえ、店員さんが謝ることではないですよ。
むしろ、僕と同じ物に魅力を感じてくれた方がいたことがわかって、
なんだか嬉しさもありますし」


そう言いながら、口元を緩めた男性は、『新堂陽人(はると)』という。

陽人はそれならと言いながら、生花の方に歩き出し、

小さめで構わないので、花束を作ってくれないかと言い出した。


「何かこう少し……あ、これとか」

「あ……あの、花束でしたら、私が作りますので。
申し訳ないですが、直接花には触れないでいただけますか」


栞は、花はとても繊細なものなので、やたらに握ったりするのは辞めて欲しいと、

そう言いながら、陽人の動きを止めた。

陽人は出しかけた手を、すぐにひっこめる。


「すみません、お客様に少しでも長く、花を楽しんでいただきたいので」


栞は予算を言って、色、花を指示してくれたら作りますとそう告げる。


「あ、そうか、すみません。勝手に触れたら痛みますね」


陽人は、元々、花が好きなので、つい手を出してしまったと謝り、

あらためて栞に予算と好みの色を告げる。


「プレゼントされるのは、女性ですか?」


栞は何気なく、そう陽人に尋ねた。

陽人は数秒黙った後、そうですと笑顔を返す。


「年齢は同じくらいの方だと思えば、よろしいですか?」


陽人は小さく頷き、栞は手際よく花を選び、花束を作り出した。

花が大きなものから、小さく周りをうまくまとめそうな脇役。

そして、葉だけしかないけれど、アクセントになるようなもの。

高さもボリュームも目で判断し、切りながら揃えていった。

栞の手の動きを見ていた陽人は、花束が出来上がるタイミングで、

同じくらいの予算を使い、もう一つ作って欲しいとそうお願いする。


「もうひとつですか」

「はい。色はこれと正反対でいいです」

「あ、はい」


栞は『赤』を基調とした花束を一時置きの場所に乗せ、もう一度花を選び始めた。

小さな鏡に、こちらをじっと見る陽人の顔が映る。

栞は花にあわせたリボンを左手で引き、長さを調節すると、

すぐにはさみを取り、幅を合わせた。


「ありがとうございました」


陽人は栞に料金を支払い、2つの花束を持ち満足そうに店を離れていく。

栞の頭がお辞儀から上がったとき、ほうきを持った華がそばに寄ってきた。


「今のお客様、珍しいですね、同じような花束を2つ買うなんて」


華は、切り取った葉や茎を、素早くほうきで掃き始める。


「そうよね。同じものを作るのなら、
2つくださいって最初から言ってくれたらよかったのに。時間も短縮できるし」

「そうですよね」

「わざわざひとつ出来たタイミングでもうひとつって……」


栞はそういうと、陽人から受け取ったお金をレジの中に入れ、

伝票の数字を記入するため、書類を引き出しから取り出した。


【2-1】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント