2 美しい瞳 【2-5】


【2-5】


多田はすぐに栞に気づき、左手を軽くあげる。


「いらっしゃいませ」

「うん……」

「本当に来てくださったんですね」


『お待ちしていました』という台詞より、来てくれたことの驚きの方が、

栞の口から先に飛び出してしまった。多田は、約束したのにひどいなと、微笑み返す。


「僕が、そんなに信用ならないヤツに思えた?」

「いえ、すみません」

「いやいや、いいよ。そりゃ、そう思うのが普通だ。まぁ、とにかく座って。
今日も『リオ』ちゃんを驚かせようと、手品のネタを持ってきたし」

「はい」


栞は多田の隣に座り、まずは、手品を見せてもらうことにした。

昨日はトランプだったが、今日は、小さなボール3つと、それが入るようなカップだった。

一緒に入れたはずのボールが突然消え、また別のところから姿を見せる。

栞は、そのタネが全くわからず、何度もカップを上から下から見た。


「あはは……いやぁいいなぁ。『リオ』ちゃんに手品を披露すると、
自分がものすごくレベルの高い手品師に思えてくるよ」

「手品師ですよ、多田さんは」

「いやいや」

「だって、本当にわからないですから」


栞は自分の両手を見ながら、手品をする人は、こうした指先をうまく動かし、

相手の目を欺くのでしょうねとつぶやいた。

多田は栞の前に両手を広げ、特別な手ではないよと、アピールする。


「どこを触ってもらっても、針金もなければ、とりもちのようなものもつけてない。
あくまでも訓練だな」

「訓練」


多田はそういうと、さりげなく栞の手を取った。

栞は一瞬驚いたが、多田の表情が柔らかいままで、その落ち着いた雰囲気に、

そのまま手を伸ばしていく。


「『リオ』ちゃんの手……うん、指も長いし、手品に向いていると思うけれど」

「私ですか?」

「うん」


多田の、節がしっかりとわかる男の指が、

栞の指1本ずつを、確認するように触れていった。

このまま従っていればいいのか、途中で離すべきなのか、栞が迷っていると、

多田の指が動きを止める。


「『リオ』ちゃんは、お花やさんだったよね、水を使う仕事をしているんだ」


多田は、そういうと、栞の手を右手の上に戻した。

離れた手でグラスを持ち、軽く振り中を混ぜるようにしながら、飲み干していく。


「ごめん、急に手に触れたりして。無意識にしてしまったけれど、嫌だっただろ。
僕のような親父にされたら」



『親父』



多田の年齢は45歳。

少し早い結婚なら、栞の父親になってもおかしくない年齢だった。

栞は大丈夫ですよと、笑顔を見せる。


「楽しいかい? 『リオ』ちゃんの普段の生活は」

「……楽しい?」

「あぁ。充実しているかってこと」


多田はそういうと、アイスペールから氷をつまみ、グラスに入れた。

栞はすみませんと言いながら、すぐに次のお酒を用意する。


「いいんだよ、手慣れていないところが、『リオ』ちゃんの良さなのだから」

「でも……」

「うちは、息子と娘がいて、それぞれ高校生なんだ。
家に戻って学校のことなど聞いても、うるさがられるだけで、
コミュニケーションもなかなか取れなくてね」

「そのころは、誰もがみんなそうだと思います」

「そうかな? 『リオ』ちゃんにとっても、親は面倒なものだったの?」



『親』



栞は、親が面倒な物なのかと聞かれ、答えを出すことが出来なかった。

触れあった記憶さえないため、どういうものなのか、存在なのかわからない。

何かを言おうとしても、ウソにしかならないと思い黙ってしまう。


「多田さん」

「ん?」

「私、実は『愛風園』という児童養護施設を出ているんです」

「『愛風園』?」

「はい。母親とは、本当に幼い頃一緒に暮らしていたようなんですが、
ものごころついてからは、施設のことしかわからなくて。親とも会っていないんです。
だから、面倒なものなのか、正直、お答えできないのですが。学生時代の友人は、
よく、娘さんたちが言うように、面倒だって、言っていました」


栞の告白に、そこまで優しい笑顔を見せていた多田の表情が変化した。

動いていた目が、一点に止まる。


「ご両親、いないんだ……」

「……はい」

「全く会わないの?」

「はい」


栞は、元々、父親の存在はなかったし、

今は母親もどこにいるのかわからないと、身の上話を終えた。


「そう……」

「はい」

「それはごめん。思い出したくないことを、思い出させてしまったな。
僕は、君と話していると、昔のような楽しい時間が蘇ってきて、
自分が若い頃に戻ったようにご機嫌で話していたけれど。いや……これじゃ、
『リオ』ちゃんに嫌われてしまいそうだ」

「いえ、そんな」

「辛かったね……それは」


多田の何気ない一言が、栞の心にじわりとしみながら沈んでいく。


「そうか……でもさ、辛かった過去がある人は、幸せにきっと気づけるよ」



『幸せに気づく』



「……と、説教じみたことを言うのは、年寄りの証拠だな」


多田は、少し暗くなりかけた栞の気持ちを思い、そう笑いかけた。

栞は、『年寄り』と表現した部分を、首を降り否定する。


「昨日も今日も、多田さんの言葉に、とっても励まされてます。
私が接客しないとならない場所なのに、申し訳ないくらいで」

「あはは……いやいや」


栞のヘルプに入る予定の3日間。

多田は『シャイニング』に通い続け、栞を指名してくれた。

そこにお酒があり、当たり前のように会計があるけれど、栞にしてみると、

そんなことはどうでもいいくらい、充実した3日間だった。


【3-1】



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