3 心の安らぎ 【3-1】

3 心の安らぎ


【3-1】


『リオちゃん』


栞は古くなった花を一つにまとめ、

サービスにつけられるものと、処分する物にわけ始めた。

しばらく作業を続け、捨てるものを全てビニールにまとめて袋を閉じる。



『水をつかう仕事……』



今まで、何も疑問にさえ感じたことがなかった手のひらをじっと見た。

荒れた状態ではお釣りを渡すときに、お客様が嫌な顔をするかもしれないと思い、

保湿だけは心がけてきた。

両手にある、自分の親指。


「違うな……太さも」


多田の指は、もっと太く、力強いものに思えた。

45歳の、人生を積み重ねてきた、男性の指。



『リオちゃん……』



栞は、その声をかき消すように動き続け、その日の仕事を終えた。





いつもより荷物も多く、客数も多かったからだろうか。

部屋に戻ると睡魔が襲い、気づくと座布団を枕代わりにしたまま、栞は眠っていた。


「栞! ほら、ちゃんと眠りなよ」

「ん? あぁ、なんだ朱音戻ってきたの?」


仕事を終えた朱音は、冷蔵庫を開けるとペットボトルを取り出した。

少しだけ柑橘類の味がする水を、朱音は二日酔いしなくていいのだと信じ、

仕事のたびに飲む。


「ねぇ、ほら、栞のお客さんだった多田さん?」

「……うん」

「あの人、今日お店に来てくれたよ。で、栞がもう店には来ないのかって、
そう聞かれて」

「うん」


仕事の話。そう思うのだが、栞はなぜか落ち着かず、座布団を膝に抱える。


「でね、栞の連絡先を教えてくれないかって言うから、それはってお断りして」

「……うん」


個人情報を勝手に明らかにすることは出来ないため、

朱音のしたことは当然のことだった。

栞は、それでどうなったのかと思いながら、体を前後に動かしていく。


「楽しかったんだって、栞と飲んでいた日が。だからって言われてさ、
私、もう一度ヘルプに来ますよって、言っちゃった」


朱音は、舌を出し、まずかったかなと言いながら栞の方を見た。

栞は座布団を握りしめたまま、首を横に振る。


「嫌だった? 栞」

「ううん。そんなことない。多田さん、とってもいいお客様だったから」


褒められることなどなかった栞の、ほんの小さな光に気づき、

それを教えてくれた人。栞は、お風呂に入ると言い立ち上がる。


「ねぇ」

「何?」

「ヘルプが終わって、個人的に会いましょうって言ってきたら、
どうするつもり? 栞」


朱音の言葉に、栞は、そんなことないよと言い返す。


「そうかな、だって、連絡先を知りたいってそう言ったよ?」

「それは、ボトルキープもしたからだと思うよ」


栞は、朱音と話し続けていることを避け、そのまま浴室へ入った。

扉を閉め、一人の世界になる。

目の前にある鏡に、自分の姿が映った。


「……あるわけないよ」


あくまでもホステスと客。ちょっと出来てしまった心の隙間を埋めるため、

相手はお金を出してまで、お酒を飲みに来た。

娘に近い相手に対し、特別な感情を持つことなどありえないと、

栞は自分自身に頷いていく。


「ふぅ……」


栞は着ていたシャツを脱ぎながら、どこかから浮かび上がりそうな想像も脱ぎ捨て、

熱いシャワーのお湯を、頭から浴びた。





「ありがとうございました」


栞は仏壇用の花を購入した老夫婦に頭を下げ、時計に目をやった。

昼食をとるための休憩時間になったので、

栞は、華に店を任せスーパーに入っていく。

何を買おうか考えながら歩きサンドイッチ売り場の前に立つと、自然に足が止まった。

野菜、ハム、タマゴ、挟まっている具材もそれぞれだが、パンの種類もいくつかあった。

栞は、『ライムライト』で良牙の作ってくれる、具だくさんのサンドイッチを思い出す。

しばらく行かないと宣言してから1週間以上、お店に顔を出していないのに、

良牙からは何も連絡がない。

携帯番号も知っているし、朱音と住む部屋も良牙は知っている。

声を聞こうと思えば、いつでも聞ける状況なのに、

ヘルプの話をしてから何も反応がなかった。



『やりたければやればいいし……』



栞は、サンドイッチの前を通り過ぎ、おにぎりを2つ買った。



栞が、いつもの場所で食べようかと思ってベンチのある場所に向かうと、

そこでは年輩の女性が二人、楽しそうに談笑中だった。

栞は、間に入り、会話の中に混じる勇気もなかったため、

他のテーブルの空きを見る。しかし、今日は数名の主婦たちが、

何か打ち合わせでもしているのか、テーブルは全て埋まっていた。

栞は、ビニール袋を持ちながら、スーパーを出て、横断歩道を渡る。

土手を登っていくと、川沿いの道へ出た。

休みになると、サイクリングをする人や、散歩をする人がよく通る道。

いつもよりも少し視線が上からになり、まっすぐ見る先の方には、

大きな赤い看板があることがわかった。

『ライムライト』に続く道にある、ドラッグストアの看板。

その看板を見ながらおにぎりを出そうとしたら、包装されたままのおにぎりが、

手を嫌がり、坂を転がり出した。

すぐに止まるだろうと思っていたおにぎりは、コロコロ転がり、

芝生に腰かけていた男性の背中で止まる。


「あ……すみません」


背中の違和感に気づき、それを振り返りながら取ったのは、陽人だった。

陽人は握ったのがおにぎりだとわかり、立ちあがると、

下がってくる栞に近づこうとする。

栞は、小走りに陽人に近付き、あらためてすみませんと頭を下げた。


【3-2】



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