3 心の安らぎ 【3-2】


【3-2】


「いえ……」


陽人が、おにぎりと別の手に持っていたのは、飛行機の写真だった。

しかし、その飛行機は、客を乗せるジャンボではなく、

リモコンで動かす、ラジコン機になる。


「あ……」


栞は、以前、自転車で走っていた時、大空に映える姿を見たことを思い出した。


「これって、ラジコン機ですよね」

「……あぁ、はい。そうです。お花屋さん、興味ありますか?」


栞の名前を知らない陽人は、職業で栞を呼んだ。

栞は、どうして自分が花屋にいることを知っているのだと、陽人に問いかける。


「先日、花束を買わせてもらったので」

「……花束? あ! そうだ」


栞は、鉢植えを熱心に見ていたのに、購入出来なかった後、

なぜか、時間差で花束を2つ買っていった男性がいたことを思い出す。


「どうでしたか? 花束、喜ばれましたか?」

「あ、はい。あれから営業部でやっぱり花はいいよねって」

「営業部?」

「はい。すみませんでした。あの日はプレゼントですかと聞かれて、
営業部内に飾りますとか言えなくて。ウソつきましたが」

「はぁ……」


陽人は、芝生の隅に咲いている野の花を見ながら、

どんな花でも花を見ているだけで癒やされるのだと、ここにいた理由をそう説明した。


「それで……」


陽人が何かを話そうとした途端、真っ青に晴れているはずの空から、

急に大粒の雨が降り出した。気づくと、青空だった場所に、

なにやら怪しそうな大きい雲が一つ、陣取っている。


「雨? やだ、ウソ」


すぐにやむだろうと思ったが、落ちてくる雨の粒があまりにも大きかったので、

黙って濡れているわけにはいかないと、

栞は、少し先にある屋根付きのベンチ前に向かって、走り出した。

他にも、犬の散歩をしていた人や、新聞を読んでいた男性が、

同じ場所を目指して走る。


「ウソみたいな雨。急に……」


栞が、そう言いながら、濡れた部分を払っているのに、

同じ場所にいた陽人は、手に持っていたファイルを頭の上に置きながら、

急ぐことなくゆっくりとこちらに向かってきた。

背も高く、肩幅もそれなりにある陽人の体は、

薄いファイル1枚でカバーできるわけもなかった。

雨粒は容赦なく陽人にぶつかり、スーツの肩の部分に当たって下に落ちていく。

すぐ避難した栞に比べ、陽人は数倍濡れてしまった。


「雨、急に来ましたね」


陽人はそういうと、濡れた上着を脱ぎ、ポケットに入っていたハンカチで、

水分をなんとか取ろうとする。


「それじゃ、取りきれないですよ。よかったらこれ、どうぞ」


栞は、ズボンのベルト部分に挟んでいたタオルを引き抜き、差し出した。


「ごめんなさい、こんなもので。でも、午前中は花にほとんど触れていないので、
汚くないと思いますし……」

「いえ、大丈夫です」

「でも……」


陽人は、優しい笑顔を浮かべたまま、上着をポンポンと叩き続けた。





遠くの空は晴れているのに、目の前の空から降る雨は、勢いが弱まらない。

痺れを切らした男性が数名、雨の中を走り出した。

栞は携帯を取り出し、時間を確認する。

おにぎりを食べて、芝生にでも寝転ぼうと思っていた時間は、

もう、あまり残っていない。


「来なければよかったな」


それでも、タイミングを逃せば、夕食まで何も食べられないと思い、

持ってきたおにぎりの包み紙をはがし、口に運んだ。

子供の頃から大好きだった『たらこ』だけれど、今日はあまり美味しいと思えない。

のりとご飯が別になっているタイプを選んでしまったからだろうか、

それとも、急な雨という状況が悪いのだろうか、

数口食べたところで、食べたいという意欲が消えていくのを感じ、ビニールに戻す。

すると、隣から『クルクル』とお腹の音が聞こえ、栞は視線を横に向けた。

お腹の音をさせたのは隣に立っている陽人だった。


「すみません、デリカシーのないやつで」


人が食べているタイミングでお腹が鳴るのは、

デリカシーがないという陽人の言葉に、栞はどう反応すればいいのか迷ってしまう。

そうですねと言えば失礼だろうし、かといって違いますというのも、

なぜなのか問いかけられると面倒くさい。

意味なくビニール袋の持ち手部分をまっすぐに直す。


「よかったら、これ、食べませんか」


栞は、まだ手をつけていないおにぎりを前に出した。


「いや、いいです。本当にすみません」

「いえ、どうぞ、よかったら食べてください。
お腹が鳴るのは、お腹が空きましたという頭からの合図です」

「いえ……」


陽人は、自分がここを離れてしまえばいいのだろうが、

雨の中濡れながら駅まで行く勇気がないのだと、空いたベンチに腰掛けた。

栞は、一度袋の中におにぎりを戻す。


「駅まで……どれくらいですか」

「駅ですか? そうですね、少し走りながらなら、5分くらいで行けると思いますよ。
男性の足なら……」

「走りながら……ですか」

「はい」


栞は、一度は残そうとしたおにぎりの残りを口に入れ、それを何度も噛んだ。

しっかり口の中からお腹に移動させると、残りのおにぎりを取り出し、

食べ終えたおにぎりの袋を、ビニールの中に入れる。


「私、もう仕事場に戻りますので。これ、雨宿りにどうぞ」

「いや……でも」

「暇つぶしにと言っているだけです」


栞は『こんぶ』と書かれたおにぎりを、陽人の膝の上に置いた。

陽人は、それを持ち、大丈夫ですからと戻そうとする。

デリカシーのないお腹は、ここでまた見事な音を奏でてしまう。


「あ……」

「うふふ……ほら、お腹の方が正直です」


栞は、お腹が欲しがっているのだからと笑顔で言いながら、陽人の表情を確認する。

それでも陽人から手が出てこないので、コホンと一度咳をしてみせた。


【3-3】



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