5 純粋な愛 【5-2】


【5-2】


「はぁ……」


さすがに勢いよく走ってくると、呼吸が荒くなる。

店はすでにカーテンを閉めた状態になっていて、栞はいつもの場所に自転車を停めた。

窓にかかったカーテンの隙間から少しのぞいてみると、

良牙はカウンターの外に出て、テーブルを拭いていた。

栞は、そのまま店内に入ろうとしたが、笑い声が聞こえ、一瞬動きが止まる。

今、見ていたカーテンの隙間を、あらためてのぞくと、

良牙のそばにはすみれが立っていた。同じようにテーブルを拭いていたのか、

台ぶきんをふざけて良牙の顔の前に出している。

良牙はそれを奪い取ると、すみれの左腕をつかんだ。



すみれはその動きに逆らうことなく、良牙の方に近づき……

二人の唇が、自然に重なった。



栞は、幸せそうな二人の絵から、すぐに顔をそらす。



金曜日の夕方。

栞が知っている限りでは、この曜日と時間にすみれが来ていることはなかった。

今までとは違う曜日に、すみれの姿を見たことで、

栞は、良牙と自分の距離が、もっと開いてしまったのだと痛感する。

そこまで、元気に動いていた足も、話をしようとしていた口も全く動かなくなり、

栞は、自転車のカギを外し方向を変えると、

良牙に会うことなくそのまま帰り道に向かった。


「あれ?」

「何」

「今、カチャンって音がしなかった?」

「カチャン? なんだよ」

「自転車のスタンドを外したような……」


店内にいたすみれは、すぐに扉を開け、店の周りを見た。

いつも栞が自転車を停める場所には、何もなく、少し先の場所で、

曲がっていった自転車はいないかも確認する。


「おい、すみれ」

「うん……」


すみれは『ライムライト』に戻り、テーブルを吹き終えた台ぶきんを、

洗った後、定位置に戻す。


「今、栞ちゃんが来たのかなと、思って」

「栞が?」

「うん……」


すみれは、蛇口をひねり水を出した。

良牙からも台ぶきんを受け取り、同じように洗うと水を止める。


「なぁ」

「何?」

「栞のやつさ、あいつ、朱音に頼まれて、ホステスのバイトをしたんだ。
まぁ、それ自体は、前にもあったことだけど。でも、今回は、
そこに飲みに来た男に、外で食事に誘われたって、昼間、なんだか浮かれて話していた」

「お客さんってこと?」

「あぁ、年齢45の妻子持ちだって。別にやましいようなことはないって、
威張っていたけれど、俺は辞めろと言ってやった」

「うん」


すみれも、それはあまり近づかない方がいい気がすると、良牙の意見に賛成する。


「だろ。それなのにあいつ、いい人だ、いい人だって連発しやがって。
で、最後には、父親を想像したって、そう言うんだ」


すみれは、カウンターの端を見る。

いつも、栞が好む場所。


「そう……お父さん」

「あぁ、あいつも俺と同じで、父親、知らないからさ」


良牙は、とりあえず辞めるように警告したけれど、

納得がいかないと言い、店の奥に消えた。すみれはその後を追っていく。


「もしもし、栞。俺だけど……。あのなぁ、おまえ、昼間の話し、
本当に辞めとけよ。絶対に会ったりするなよ」


良牙は、まだこれから恋愛できるからと言葉を付け足し、留守番メッセージを終了した。

それなのに、携帯をしまわずに、何か考えるような仕草を見せる。

そして、また、思い立ったように、どこかに電話をかけた。

すみれは、『どこにかけるの?』と、問いかけたが、良牙は答えないまま、

相手の声を待っている。


「あ……もしもし、朱音か、俺だけど」


電話の相手は、朱音だった。今日は店には行かないため、

夕食を作りながら栞のことを待っているのだと、話される。


「おい、お前さぁ、栞の話し聞いてるか」

『栞の話し? 何?』

「店に来た男の話」


朱音は、栞が良牙に話したことを知り、驚きながらも、

自分もそれは知っていると返事をした。


「お前、会えばいいだなんて、言ってないだろうな」

『会えばいいなんて……言ってない……というか』

「……というかってなんだよ」


良牙は、お前が余計なことを言うから、栞が浮かれているんじゃないかと、

朱音に言葉をぶつける。


『ちょっと待ってよ、良ちゃん。会えばいいだなんて言っていません。
私は、そんなに気になるのなら、一度会って考えたら……というような……』


受話器越しの朱音の声は、このまま言い切れば怒られるのではないかと、

語尾が小さくなっていく。


「バカ! 適当なことを言うな。会えば向こうの思うツボだろうが。
いいか、絶対に会わないようにしろって、そうガツンと言えよ」


良牙は受話器を握る反対の手で、握りこぶしを作る。


『良ちゃんが言ってよ』

「俺は言った。で、あいつ、ヘソ曲げて飛び出したんだ」

『飛び出したの?』

「あぁ……」


良牙は時計を見ながら、もう栞が戻る頃だろうからと朱音に念を押す。


『わかりました、必ず言いますから』

「言えよ、絶対に」

『はい、はい。でもね……』

「でもってなんだよ」

『24時間、見張れないですから。それだけは言っておきます』


朱音は、最終的には栞が選ぶことだとそう言い返し、そのまま電話を切ってしまう。


「あ……おい、朱音、おい!」


良牙は、もう一度朱音宛に電話をしようとした手を、すみれに止められた。


【5-3】



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