リミット 3 【上司の実力】

3 【上司の実力】

2日後スタートするツアーバスの数が、当初のチャーター数から2台少ないという

前代未聞のミスが起きた。


「補助席を使うなんてことは出来ません」

「……深見、座れない方が問題だ。次の日には、ちゃんと揃う」

「しかし、それでは……。とにかく明日まで僕に時間を下さい」


上司からの提案にも、主任の深見は首を縦に振ろうとしない。

不安そうに深見を見つめる、社員たちの前に戻り、大きく息を吐く。


「主任……」

「悪いが、付き合いのあるバス会社に当たってくれないか。
あさって2台回してもらえるものがないかどうか」

「……しかし、連休で」


「今は言い訳を聞いている場合じゃない。いいか、補助席は絶対に使えない。
お客様はみんなくつろぐために旅行へ来ているんだ。それなのに、
こちらの都合で押し込むようなことをしてみろ。今回だけの損害じゃない。
二度とうちの会社のツアーを使う客はいなくなる。損をしてもいい。
とにかく全員で当たってくれ」


男性社員達が一斉に電話帳を広げ、あちこちのバス会社に連絡を始め、

咲と利香も表を手に持ち、フォローする。しかし連休前で、

1日だけの運転という悪条件が重なり、何も結果が出ないまま、時間だけが過ぎる。


「早瀬、宮本、お前たちは帰れ」

「エ……」

「終電がなくなる。それに、明日もうちは営業しないといけないんだ。
全員が徹夜で寝不足ってわけにはいかないだろ」


深見の言葉に、顔を見合わせる咲と利香だったが、その言葉に押されるように、

他の社員達も先に帰れと言い始めた。


「すみません、じゃぁ、失礼します」


二人はエレベーターに乗り、無言のまま下へ降りていく。


「申し込みさえさせればOKってものではないのよね、旅行会社って……」

「うん」


深見の言うとおり、1度きりの客では営業成績はあげられない。いかにリピートさせ、

口コミで広げていくか、それが営業成績をあげる一つのポイントになる。


「ねぇ、利香。付き合わない?」

「何?」


代理店が入っているビルの地下には、社員達がよく利用する食堂があり、

そこのおばさんはいつも、社員みんなを子供のようにかわいがってくれた。

咲はあることを思いつき、その店を訪ねる。


「台所?」

「はい、ご飯を炊きたいんです」


そして日付が変わろうかという頃、一人の営業マンが、

立ち上がり受話器を持って何度も見えない相手に頭を下げた。

その様子に、深見を含めた社員たちは、すがるような目を向ける。


「ありがとうございます! はい……」


営業マンの平井の右手が上がり、大きくVサインをした。

欠けていた2台を確保することが出来たという合図に、あちこちから笑顔が浮かぶ。


「主任、これでOKです」

「よっしゃ、サンキュー!」


オフィス内から大きな歓声が上がり、社員達はネクタイを緩め、各自目頭を押さえたり、
首を回したりと、緊張感から自分の体を解放させた。


「腹減っただろ! ちょっと待ってろ。今、何か買ってくるから……」

「あ、主任。僕が……」

「いいよ、お前も疲れてる!」


深見が席を立ち上がり、扉の方へ向かおうとした時、オフィスの扉がいきなり開かれた。


「みなさん! 差し入れでーす!」


咲と利香の二人が、下の台所を借りて作ったおにぎりを持って現れた。

驚く社員達の横を通り過ぎ、デスクの真ん中へ大皿を置く。


「差し入れのおにぎりです。炊きたてだから美味しいはずですよ!」

「早瀬と宮本が作ったのかよ、食えるのか?」

「失礼ですね、秋山さん!」


利香は胸を張って、食べてから文句をつけてくださいよと威張ってみせる。


「あ、主任、どうぞ」

「自分たちで作ってきたのか?」

「下の食堂のおばさんが、台所を貸してくれました。具は梅と鮭だけですけど」

「ありがとう……」


かけていたメガネをサッと取り、深見は、優しい笑顔でそう言った。


「いえ……」



『あら、エリートのくせに、ちゃんと部下にお礼は言えちゃう人なんだ……』



そう思いながら、咲も一つだけおにぎりを手に持った。


不器用な女子社員の手作りだったが、

さっきまで緊張の糸が張り詰められていたオフィスに、美味しい匂いと、

満足そうな社員の笑顔が広がった。





その次の日、深見と秋山が大阪へ飛び、

チャーターしたバス会社との打ち合わせをすることになる。


「よし、主任の留守も頑張ろう!」

「そうだな……」


仙台からやってきた一人の男は、いつのまにか社員達の心をしっかりとつかんでいた。





咲は、家に戻るとカレンダーの日にちに一つバツをつけた。何も変化がないまま、

約束の半年は確実に近づいていた。結局、篤志との距離を埋める方法など見つからず、

連絡すら取れないままの日々。



『私、桜が見られないのかな……』



寂しい気持ちをぶつける場所のないまま過ごす毎日は、咲にとってむなしさばかりで、

仕事と、眠っている時だけが、リミットの呪縛から解放される時間になった。


2ヶ月前まで、ここで笑いながら過ごしていたのに、なんて考えながら部屋を見回すと、

篤志との思い出の品がふと目にとまる。


去年の誕生日にもらった指輪の箱を、咲は見えないところへしまい込んだ。





普段の仕事では営業マンは外回りが多いため、咲や利香は一般客の相手をしながら、

書類の整理などもこなす。


「あの……すみません」

「はい……」


品のいい年配の女性が、カウンターの前に立った。咲はそれに気づき、

手でお座り下さいと合図をする。


「旅行をお考えですか?」

「いえ、こちらに深見さんはいらっしゃいますか?」

「……深見……あ、はい。深見はおりますが、今、外出中で、こちらへ戻るのが……」


ホワイドボードを確認し、今から1時間後に帰社することを告げる。


「東京へ転勤されたと聞いたものだから、お会いできればと思って来たけど、
そう、それは残念だわ」


その品のよさそうな女性は、紙袋から手みやげを取り出しカウンターへ置いた。

綺麗な色をした包み紙が、お菓子の高級感を引き立てる。


「これ、みなさんでどうぞ」

「エ……いえ、それは……」

「深見さんのお仲間さんでしょ? いい方を上司にお持ちで……」


その女性は、ある会社の会長で、毎年の社員旅行の時に深見に世話になったらしい。


「男中心の旅行内容がつまらなくてね。彼に相談して色々とアレンジしてもらったのよ。
本当に、何度会社に通ってもらったかわからないくらい。主人が亡くなって、
実際には社員も女性が多かったのに、なぜか社員旅行だけはいつも男中心で……」

「そうだったんですか……」


咲も、いくつかの会社に社員旅行の件で営業に向かうこともあった。

だいたい担当者はいつも男性で、宴会のメニューなどにこだわることが多く、

女性の希望など入らないことが、たしかに多い。


「彼は細かいところにも、すごく気がつく人だから。
きっと、みなさんもいい勉強になるんじゃないかしら」

「はい……」


その後もその女性は、深見との思い出を楽しそうに咲に語り、

小さなメモに『また、お会いしましょう』と残し去った。





「そうか、会長が来てくれたのか」


外から戻った深見に、咲は訪れた品のいい女性の報告をする。


「はい、急に東京へ用事が出来たとおっしゃってました。で……」


咲は、女性がみやげだと置いていったお菓子の箱を、紙袋に入れて深見に渡す。


「いただいてしまってよかったんでしょうか」

「いいよ。気持ちだから。悪いけど、みんなにわけてくれないか?」

「……いいんですか?」

「いいよ。一人占めしたいほど、甘いもの好きじゃないし」

「はい……」


咲は箱を開き、営業部それぞれの机に置き始めた。


「横山、この間の件、大阪の林さんに連絡しておいたから、電話かけてみろ!」

「主任、連絡していただけたんですか?」

「あぁ、早いほうがいいぞ。定員オーバーになる可能性もあるからって言われた……」

「はい! ありがとうございます!」


深見はメガネを外すと、机の中から書類を取りだし、今度は営業マンの平井を呼ぶ。


「ちょっといいか」

「はい……」

「この書類だと、支店長に通らないから、ここと、ここを直しておけ」

「これ、ダメですか?」

「ポイントを押さえないと、通るものも通らないんだって。こういう時は……」

「あ、はい……」


お菓子を配りながら、咲はさりげなく深見を見る。

厳しい言葉をかけても、その倍以上のアドバイスをかけてくれる上司。

咲ににカミナリを落とし、戻した書類にも、

実は、鉛筆であちこち指示が細かく書いてあった。



『彼は細かいところにも、すごく気がつく人だから。
きっと、みなさんもいい勉強になるんじゃないかしら……』



深見に会うためにここへ来た、女性の言葉を思い出しながら、

少しずつ臨時の上司のイメージを変えていく咲だった。
                                    神のタイムリミットまで、あと137日





うん、うん、いいよ、この先どうなるの? という方……

……の方、ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください

コメント

非公開コメント

実は、某旅行会社で仕事してました。うちの会社の地下にも中華だけど飲食店入ってましたし・・・。深見さんを連想させる同僚もいたりなんかして~あ、私は咲には全然なれなかったんですけど(笑)そんなこんなで、どっぷりリミットにはまっていきましたんですぅv-22

エ! ラピュタさん、旅行会社勤務だったんですか?

そういう方に読まれるのは、とっても恥ずかしいです。
たいした知識もないのに、思い込みで突っ走ってますので(笑)。

ん? と思っても、おおめに見てね!