5 微妙な距離

『アン・ラッキーガール』  

5 微妙な距離

「あ……」


改札から人が出てくるのと重なり、一瞬消えた盛田さんだったが、もう一度私の前に現れた時、

そこには彼に腕を回し、嬉しそうに抱きついている一人の女性がいた。


モデルのように背が高く、駅から出てくる人が一度は視線を向けてしまうようなその女性は、

下に置いた大きなバッグを、当然のように盛田さんに手渡した。

彼はそれを嫌がるでもなく受け取り、優しい笑顔で、その女性の言葉に頷いている。


何を話しているんだろう。聞きたいのは山々だが、すぐ隣にある噴水の水の音が、

私の邪魔をした。


「はぁ……」


そんな光景をこんなところで見ることになるとは、全く思っていなかったけれど、

盛田さんに彼女がいても当たり前だし、それを私が、どうこう言える立場じゃない。

そのまま本を買いに行けばいいのに、何かを確認したくて、私はまた視線を向けた。


目の前にいたはずの二人は、すでに歩き始め、次の交差点を右に曲がるところだった。

頭が考えるより先に、私の足はペダルに乗り、腕は彼らの方向へ向かう。


別に私は、悪いことをしているわけじゃなくて、

なんとなくそっちの道を走ってみたいから走っている。


盛田さんの連れている人が、彼女かどうかなんてどうでもよくて……

そう、そんなことはどうでもよくて……。たとえ彼の部屋に、彼女が笑顔で入っていっても、

そんなことはどうでも……。


でも、盛田さんは研修中で、家具も入れていないような会社の契約ワンルームに住んでいる。

周りは一緒に来た後輩で、先輩として堂々と彼女を連れて行くのは気が引けるはず。

彼はとっても仕事に熱心だし……。


だから、私が思っているようなことは……。

思っているような、恋人同士なんて構図は……



きっと、違うはずだ!



そんな私のあれこれを気にすることなく、楽しそうに語り合う二人は、

盛田さんが彼女の荷物をしっかりと持ったまま、さらに3つ目の角を曲がった。


こんなことをしても、どうにもならないことくらいわかっているのに、

何をどうしたいのか気持ちを迷わせたまま、私も同じように次の角へ……。





「何ですか?」

「……」


息が出来なくなった……。思いがけない女性の言葉に、私は目を開けたまま言葉が出ない。


「さっきから、ついてきているような気がしたんだけど……」

「いえ……」


見つかってしまうことなんて、考えてもみなかった。

こんな状況になって、初めて自分のやっていることに違和感を感じる。

恥ずかしくて、自転車を反対側に向けようとした時、後ろから聞き慣れた声が、私を止めた。


「森田さん!」


反射的に振り向くと、ワイシャツをいくつか手に持った、盛田さんが目の前に立っていた。

看板を見ると、クリーニング店の前で、なぜ、私がここにいるのかを、彼は不思議そうに見る。





……もうダメだ。

これって、冷静に考えたらストーカーじゃないの。



私、何してるんだろう……





一緒の食事も……

残りの通勤時間のおしゃべりも……

もう……



「宏登の知っている人?」

「うん……」


宏登……。こんな絶対絶命的な場所で、私は初めて盛田さんの名前を知った。

『盛田宏登』、そうか、そんな名前だったんだ。


「じゃぁ、宏登に用事でついてきたんですか?」

「あ……いえ……その……」

「聡美、お前失礼な言い方だなぁ。店に用事があったり、こっちに家があったりする人だって
何人もいるだろうが。一緒の方向に歩いてきたからって、ついてきたなんて言い方するなよ」

「あ……」


宏登と聡美。

互いに名前を呼び合う間柄は、『モリタさん』でつながる私とは、距離感が違う。

聡美さんが言うように、ずうずうしく後ろを追ってきた私を、

どこまでもかばってくれる盛田さんだけど。


それは……。




「妹ですから」

「エ……」

「二卵性の双子です。アメリカから戻ってきて、実家に行く前に、
人生で初めて東京暮らしをしている頼りない兄のところへ、からかいに来たようです」

「やだ……よくわかってるじゃないの、宏登」

「妹さんなんですか」

「はい、戸籍上はね。ほんの何分か違うだけで、年上面されて困ったものですけど。
ごめんなさい、あっちの生活がしみついていて、誰かの影があると、
ミラーとか店のガラスとかで、追われているのかどうか、確認したくなっちゃうの。
いきなり声をかけてすみません」

「いえ……」


とっても綺麗で、モデルのような妹さんは、私の行動を怪しむことはなかったが、

それをかばってくれた盛田さんは、きっと、こんな行動を、軽蔑しているはずだ。



『店に用事があったり、こっちに家があったりする人だって……』



だって、あなたは、私の家がどこにあるかを、ちゃんと知っているはずじゃないですか。

今まで何度か、助けてもらった気がするけれど、今日が一番辛い。



「あの……」

「すみません、ちょっと急ぎますから」


とりあえず、もう無理だとわかっているけど、それでもこっちに用事があったふりをして、

私はその場から逃げ出した。


そう、逃げ出した。


ひと漕ぎするペダルが重たく、足にまとわりつくようだった。

聡美さんに指摘されて、戸惑っている私を見た盛田さんの驚いた顔が、頭から離れない。

もう少し走ったら大きな公園に出るはずだ。そこを突っ切って、自分のアパートに帰ろう。



『妹ですから』



盛田さんが、私に言ってくれた言葉。聞いてもいないのに、すぐに心の中を見抜いてくれた。

ほんの……ほんの一瞬だけれど、その言葉で、重かった心が、スッと軽くなった気がした。


勝手に追いかけて、気づかれて恥ずかしい思いもしたけれど、

それでも妹だと教えてもらうことが出来た。


彼女じゃない……妹。


あの人がいくら綺麗でも、いくらスタイルがよくても、妹は妹だ。





もし、あの時、噴水から引き返していたら、私はきっと聡美さんを、

盛田さんの彼女だと思い、落ち着かない時間を過ごしたことだろう。


この行動は、悪いだけの結果で終わらなかった。

驚いて、逃げ出してしまったけれど、それは、それだけは私の救い。


漕いでいたペダルは、いつの間にか軽くなり、頬に当たる風は優しかった。





次の日、いつもより少し早く支度をして、少し早い時間に家を出た。

少し雲はかかっているが、今日も天気はよさそうな気がする。

そんないつもの風景の中を、一人駅に向かって歩いた。


「森田さん!」


振り返ると、盛田さんと並んで歩く、聡美さんが、私に手を振っていた。

昨日の今日だから、会いたくないから早めに出たはずなのに、やはり神様は意地悪だ。


「おはようございます、今日は早いんですね」


いつもの時間を知っている盛田さんは、昨日のことなどなかったかのように、

私に挨拶をしてくれる。逃げようがない場所で、仕方なく苦笑しながら頭を下げた。


「あの……、昨日はすみませんでした。突然逃げたようになって」

「いえ、聡美が変な言い方をしたから」

「ごめんなさい、ついてきただなんて言っちゃって」

「いえ……」


私と目をあわせた聡美さんは、ニッコリ笑い、盛田さんの方を確認するように見た。

初対面の相手にでも、気楽に話をしてくれる聡美さんは、

アメリカでカラーリングの勉強をして、戻ってきたのだと嬉しそうに語った。

駅につくと切符を購入し、反対側のホームへ向かうエスカレーターの前に立つ。


「じゃあね、宏登」

「あぁ……」


聡美さんの視線が私の方へ動き、また笑顔を見せた。

それにしても、自信に満ちあふれ、明るく華やかな笑顔の人だ。


「森田さん、私、宏登のあんなに真剣な顔を、久しぶりに見ました」

「エ……」

「妹ですから! って、あなたに必死に弁解してましたよね……」

「聡美、余計なことを言うな」

「あら、余計なことかどうか、わからないでしょ。ね、森田さん」


ドッキリするような発言を残したまま、聡美さんを乗せたエスカレーターは、順調に上へ向かう。


「また、いつか会いましょうね!」

「……」

「……」


私も盛田さんも、互いに言葉が出ないまま、聡美さんが消えるまでその場に立った。





「双子なんですけどね、性格って別になるものです」

「そうですか? 似てますよ」

「似てますか?」


私達は階段を上がりながら、いつものように話し始めた。電車の音が聞こえ、

反対側のホームを見ると、聡美さんはドアの近くに立ち、こちらに軽く手を振った。

盛田さんの少し後ろから、私も右手を振り返す。


「初対面の人でも、積極的に話が出来て、それでいて嫌味じゃなくて……」


そう、盛田さんと聡美さんは似ている。

あの雨の日、そう、初めて出会った人なのに、私は構えることなく盛田さんと話が出来た。

『焼き鳥丼』を買って、分け合ったことを思い出す。


「昨日も言ったんですけど、この研修が、僕の人生初の東京住まいなんです。
あの日まで、研修以外では誰とも話しをしていませんでした。
僕が違和感なく話しかけることが出来たのは、きっと森田さんだからでしょう」


モリタさんだからってことは、苗字が一緒で話しやすかったってことでしょうか、

それとも、私自体が、好印象を持ってもらえたと言うことなんでしょうか。

聞いてみたい気もするが、このままでいいような、そんな気もする。


優しい盛田さんの顔を見ていると、顔が赤くなっていく気がして視線を外すと、

二人の間で突然、携帯が鳴り出した。





みなさんの考える道先へとつづく………






【第5回 アンケート結果発表】

Q5 さて、怪しい二人を見てしまった美緒、どういう行動を取る?……(投票数84票)


  気になるので、隠れて二人を追う!  ……49票

  ショックを受けたまま、家で泣く  ……35票

となりました。ありがとうございました。




さて、毎回続けさせていただいたアンケートも、今回で最終回にさせていただきます。

最後の最後までアンケートを取っていると、まとめられないことに、気付きました(笑)

ですので、今回のアンケートでは、選ぶことと、設定の両方をお願いしたいと思います。

みなさんのご意見の中から、設定を利用してラストまで持って行こうと思いますので、

コメントもぜひぜひ、残して下さい。



【第6回 アンケート】

Q6 さて、いきなり鳴りだした携帯、美緒の? それとも盛田の?……


  美緒

  盛田


東京の会社でOLをしている美緒、本来は長野で盲導犬を育てる仕事をしている盛田。

なんとなく互いに意識しているのが見え隠れしている状況の中、鳴った携帯はどちらのか。

そして、理由は?

『こんなことがあるんじゃないの?』を考えてもらえたら嬉しいです。



一応投票期間は10日ですが、設定を考えてもらえなければ、いつまでも待っちゃうよ(笑)
みなさんの1票がなければ成り立たないお話です。
ぜひぜひ、ご参加下さい。(私にしか見られないので、大丈夫ですよ!)





みなさんで、一緒に作ってみましょう!
創作に関しては、いままで通り、『あひるちゃん』に……

ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。


コメント

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真夜中に・・・

ももちゃん こんばんは^^
珍しく、こんな時間に起きてます (明日起きられるのか心配だけど^^;)

微妙な距離だよね・・・
彼女じゃなくて妹だとわかっても、相手を意識していると気がついても、あと一歩が踏み出せない二人。

距離を縮めるには、きっかけが必要だよね~
ここで、お米が活躍するのかな^m^

最後の投票、ポチしてきました(コメントを残す前に投票しちゃった~泣)
 
あとは、ももちゃん次第なのね♪

こういうことか・・・

にしても、気まずい状況ですねぇ・・・
気になって悪意はないとしてもみつかっちゃうのは(^^;;;
ちょっと美緒は偉いなぁと思ってしまいました。
即効で私なら逃げる!
話しかけられた時点で猛ダッシュ!!(^^;;
さてさて次回ですね!
アンケート答えます!!

いもうとかぁ

妹か。よかったよかった。ヽ(^o^)丿
とバンザイしてしまう。

いい女というとついつい彼女!と思っちゃうものね。

後をつけていった。
そのおかげで誤解が解けたんだけど、美緒ちゃんはある意味勇気あるなぁ。

アンケートまた参加させていただきます。

勇気あるなぁ~

美緒ちゃん、後をつけていったなんて勇気ある!
私だったら…ショックで帰って悶々としてると思う;;

必死に妹だと弁明してる森田さん、解りやすい~^m^

ちょっと気まずくても・・・
結果オーライだね^^


それにしても、ももちゃん、お話の繋げ方が絶妙だね~^^

アンケートもラスト・・・
よ~く考えてみます♪

ありゃりゃ、妹?

ストーカーしたのにそうじゃない様に見られたのは美緒の人柄じゃないかな?

真剣な顔で『妹です』
言った盛田も美緒に誤解されたくなかった。

お互いに意識していることを気付いたわけだから、
トントンと話進めたいね~(勝手に思ってる)

さてどちらの携帯がなって緊急の用が起こったか?

毎回ドキドキさせられて、参加している気分が楽しいです。

おや、夜中じゃないの

なでしこちゃん、こんばんは!
ん? 本当だ、早起きしないといけないなでしこちゃんにしては、とんでもない時間だね。


>彼女じゃなくて妹だとわかっても、
 相手を意識していると気がついても、
 あと一歩が踏み出せない二人。

そうそう、自分の気持ちはわかっても、盛田は限定で東京にいるからね、一気に出るにはちょっと……


>距離を縮めるには、きっかけが必要だよね~
 ここで、お米が活躍するのかな^m^

さぁ、どうだろう。
みなさんが、どっちにしてくれるかで、考えないと。

ポチの参加、ありがとう!

美緒は追ったのです

ヒカルさん、こんばんは!


>気になって悪意はないとしてもみつかっちゃうのは(^^;;;
 ちょっと美緒は偉いなぁと思ってしまいました。


ねぇ、どうしようかと思ったんですけど、ただ追いかけて帰ってくるより、さらにハプニング度が高い気がしたので。

アンケート参加、ありがとう。
最後まで頑張りますので。

いい女は妹だった

tyatyaさん、こんばんは!


>後をつけていった。
 そのおかげで誤解が解けたんだけど、
 美緒ちゃんはある意味勇気あるなぁ。

tyatyaさん。
だって、追いかけろ! って、みんなが投票するんだもん(笑)

いい女は彼女だという考え方から、ちょっとだけ進歩? した美緒です。

アンケート参加ありがとう。
最後まで頑張るぞ!

短編はわかりやすく

eikoちゃん、こんばんは!


>必死に妹だと弁明してる森田さん、解りやすい~^m^

わかりやすいでしょ? 短編だからね、複雑にはしないんだ。


>それにしても、ももちゃん、お話の繋げ方が絶妙だね~^^

うわぁい、ありがとう。
eikoちゃんの言葉に励まされ、浮かれながら書いている私です。

うん、考えて参加して下さいね。

トントン!

yonyonさん、こんばんは!


>お互いに意識していることを気付いたわけだから、
 トントンと話進めたいね~(勝手に思ってる)

そうだよね、トントンといきたいよね。
でも、どっちの電話ならトントン行く?
みなさんの『理由』も楽しみだ。


>毎回ドキドキさせられて、参加している気分が楽しいです。

ありがとうございます。
こちらこそ、楽しませてもらってます!

美緒ちゃんもやる時はやる娘?

こんにちは!

美緒ちゃんにとってはおもっきり
はずい展開になちゃったけど
確かめに来てよかったね。
見つかって困った割にはきちんとはなしてたしさ。
(でも相手がなんとも思ってなきゃ、それこそストーカーになるけど・・・。)

盛田さんの事も少しわかったし
気持ちも何気に感じたし
とりあえず
よかった、よかった。v-392

さ~て、これからどなるのかなぁ・・・。
ちなみに今回も多数派でした(めずらしー!これで運使っちゃったかな?)、次回はどうでしょう?!

投票して楽しみに待ってま~す。

では、また・・・e-463

とにかく良かった!

私だったら絶対ショック受けて帰るなって思ったから

アンケートにはあえて、二人を追う方に入れました^^

まさかこんなふうに見つかっちゃうとは想像してなかったけど
とにかく、妹だって事がわかって良かったわ!

気まずい思いをしたけれどこの行動は悪いだけの結果で終わらなかった・・・

美緒ちゃん、以前よりポジティブになったよね^^v

これも恋する気持ちのなせる技かしら?

次は最後のアンケートかぁ・・・
う~ん、もうちょっと考えてから投票するね!

ストーカー手前

mamanさん、こんばんは!


>美緒ちゃんにとってはおもっきり
 はずい展開になちゃったけど確かめに来てよかったね。

あはは……確かに。
盛田との出会いで、ネガティブだった美緒の感覚が変わっているさまを書きたかったので、こんな感じです。

そうそう、でも、一歩間違えたら、ストーカーだよ(笑)


>ちなみに今回も多数派でした
 (めずらしー!これで運使っちゃったかな?)、次回はどうでしょう?!

これで運を使うことはないでしょう。大丈夫、大丈夫。
多数派なんだね。書いている本人は、最初しか多数じゃない。

楽しみにしてもらえたら、嬉しいです。

変わったでしょ?

バウワウさん、こんばんは!


>私だったら絶対ショック受けて帰るなって思ったから
 アンケートにはあえて、二人を追う方に入れました^^

だよね、私もグジグジだと思ってたんだけど、
みなさんは美緒の頑張りを期待してくれたようです。


>美緒ちゃん、以前よりポジティブになったよね^^v

そうでしょ。
それは盛田のおかげなの。
そこらへんをちゃんと告げられるのかどうか……

アンケート、考えてぜひぜひ、投票お願いします。

ジェミニだったのだ!

yokanさん、こんばんは!


>アハハ、双子ときましたか。全く想像しなかったです^^

えへへ……想像を超えてました? だったら嬉しいんですけど。
ドッキリさせられたりしながら、互いへの気持ちを確認していくんですけど、あまり複雑にしたくはないので(笑)

最終話に向かって行くんですけど、流れによっては、1話で済むのか、2話になるのか……

最後のご協力、よろしくお願いします。