6 裏切りの恋 【6-3】


【6-3】


「確かにね、年齢離れているし妻子持ちだし、まぁ、条件としてはよくないよね」

「当たり前だ。相手にする男じゃないだろう」

「栞だってわかっていると思うよ。たださ、相手にして欲しい人にされないから、
だからさみしいの」


朱音はそういうと、ほおづえをつきながら良牙の顔を見た。

良牙は何も言わずに、『ナポリタン』を作り上げていく。


「良ちゃん、ねぇ……」


朱音の言葉に返事をすることなく、良牙は無言のまま、コンロの火を止める。


「ねぇ、知っていたでしょ、栞が良ちゃんのこと、ずっと思っていたってこと。
別の人を好きになるのも、良ちゃんの自由だけれど、
せめてさ、ちゃんと気持ちを受け止めて、それから……」

「受け止めるってなんだ」


良牙は出来上がった『ナポリタン』を皿に入れると、

紙ナフキンを巻いたフォークと一緒に、朱音の前に置いた。

ケチャップの甘酸っぱい香りが、ふわりと上にあがる。


「あぁ、確かにいい匂い」


朱音はフォークのナフキンを外す。


「栞のことは、今でも妹だと思っている。もちろん、朱音もだ。
同じ場所で育って、こうして社会人になったのだから、助け合うのは普通だろ」

「……うん」

「でも、それと恋愛ごとは別だ。俺は、そんなふうにあいつを見られないし、
そんな縛り方はしたくない」

「うん」


朱音は、『ナポリタン』を軽くフォークに巻くと、口に入れていく。


「客の男と会う……これが朱音の話なら、落ち着いて聞けるのかもしれない。
でも、お前と違って栞は弱い。すぐに『安らげる』場所を探そうとするだろ。
だから怖いんだ。ちょっとしたことで感情を動かされるから、騙されやすい」

「騙される……か」


朱音は遅れて出てきたコーヒーカップに、1杯だけ砂糖を入れた。

スプーンがクルクルと回り、中身を混ぜていく。


「栞は弱くて、私は強いってことかな……」


朱音のつぶやきは、コーヒーカップを流しに入れていく良牙には、

しっかりと届かなかった。何かと聞き返されて、首を振る。


「でもさ、良ちゃん。ウソかもしれないと思ってもさ、
時には優しい言葉が欲しい日も、あったりするんだよ」


朱音はそういうと、ふぅと息を吹きかけながら、少しずつコーヒーを口に含んだ。



朱音が『ナポリタン』を食べ終える頃になると、昼食の客たちが減り空席が増えてきた。

朱音は、お皿をカウンターに置き、今度は店内に置かれていた雑誌を取り、

なにやらペラペラとめくり続ける。


「朱音」

「何?」

「お前も、そろそろ昼間の仕事をしたらどうだ」

「エ……何よ」

「酒を飲み続けるような仕事、体によくないぞ」


良牙はゴミ箱の袋をひとつに束ねる。


「栞と同じ部屋で暮らしているわけだし、生活費だって半分だろ。そこまで……」

「うわ……まずい。説教されちゃう」

「説教じゃない」


少しかがんでいた良牙は、朱音の顔を見るために立ち上がる。

朱音は、今はまだ無理だねと、軽く笑った。


「無理? どうしてだよ」

「だってさ、同じ1時間なのに、全然時給が違うんだよ。
実際、栞なんて朝6時くらいに起きて、7時には家を出るの。
しかも、週に1回だけ休みを取るけれど、それ以外は毎日。なのによ、
週の半分くらいしか働いていない私と変わらないくらいしかお金、もらっていないし。
それって、ばかばかしいじゃない。まぁ、30過ぎて出来る仕事だとは思っていないから、
それまで稼げればいいかなって」

「昼の仕事が、ばかばかしいか?」

「ん? うん。ばかばかしい」


朱音は、雑誌に出ているのはかわいい靴だけれど、結構値段が高いなどと文句を言う。


「お母さん、まだ、具合悪いのか」

「……ん?」

「お前、そのために金、貯めているんだろ」


良牙の言葉に、朱音は無言のまま雑誌をめくり続ける。

言葉を返さないことが、精一杯の答えだった。


「はぁ……」


朱音は雑誌を閉じると、横にずらす。


「全くうるさいなぁ、やっぱり良ちゃんは。栞のことを報告に来たのに、
人にあれこれ言ってきて。あぁ、損をした。たまに来るからいいんだね、ここは」


良牙は、憎まれ口を叩く朱音を見ながら、1杯だけならサービスしてやるぞと、

空になったコーヒーカップを指さした。





『援助交際』

先輩の仙台から出た情報を、まともに信じるつもりはなかったが、

陽人は、休憩室ですれ違った時から、明らかに態度が変わった多田の横顔を見た。

女子社員と何やら明るい表情で話をし、時々ハミングするような声も聞こえてくる。

昨日や今日、急に営業部の状態が好転しているわけではない。

だとすると、何か他に理由があったと思う方が、普通だった。

しかし、多田には家庭があり、部長という社会的立場もある。

横顔を見ても、何も変わらないとわかっているのに、気づくとまた、視線を向けていた。


「さて……」


多田は時計を確認すると、営業部全体を見渡した。

何か報告などないかと、一度確認する。

仙台を始めとした部下たちは、特にないと返事をしたため、

多田は、仕事用にかけていたメガネを外し、それをケースに入れた。


「そうか、それなら今日はこれで失礼するよ」

「お疲れ様です」


陽人は、全体より少し遅れたタイミングで返事をし、軽く頭を下げる。

多田は、片手を軽く上げると、上着を羽織り、バッグを持った。

席を立ち上がるのと同時に、PC画面を閉じる。

営業部の扉を開けて廊下に出ると、ポケットから携帯を取り出した。

無視して構わないメールと、返信しなければならないメール。

まずは、『食事は外で』という形式的なメールを打ち込み、

仕事をしている妻宛に送信した。

結婚して18年になる妻との間には、娘と息子が確かにいる。

しかし、二人ともすでに高校生になっていたため、そもそも部活などがあり、

家族で食事をすることなど、数えるほどしかなくなっていた。

子供という共通点から、仕事という互いの形がクローズアップされ、

どこか妻との関係は、役割を終えた状態になっている。


「あ、お疲れ様です」

「お疲れ」


すれ違う部下と挨拶を交わし、多田はエレベーターを使い、下に降りる。

そのまま会社のビルを出た後、駅とは反対方向に向かって歩き出した。


【6-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント