6 裏切りの恋 【6-4】


【6-4】


『明日、お会いできますか』



栞からの返信メールは、それほど時間をおくことなく戻ってきた。

それだけ、気持ちが前向きであるということがわかり、思わず顔がほころんだ。

『会えるのを楽しみにしているよ』とさらに多田が送り返したメールにも、

栞からの返事はすぐに戻り、今日という日を『確信』に変えた。

多田が向かったのは、会社近くにある時間制の駐車場で、

リモコンキーでカギを開けると、助手席にバッグを置く。

姿勢を安定させてからバッグを開けて、口笛を吹きながら、

中に入っていた皮の手帳を取り出した。

中に、まっすぐなラインが引いてあるだけのシンプルな手帳だったが、

表紙をめくると、『DOLL』とタイトルが書いてある。

名前の書いてあるページなどを1枚ずつめくり、途中で一度止まると、

自分が書き記した文章を読み、何かを思い出したのか口元を緩めた。

そして、また1枚めくると、その動きを止める。



『会津栞』



そこに記されているのは、栞の名前だった。

多田は胸ポケットから取り出した万年筆で、栞の名前の下に、

今日の日付を書き記し、丸をつけた。





栞は、予定通りに仕事を終え、そのまま自転車を駅の駐輪場に止めた。

改札でカードをかざし、ホームに向かう。



『改札を出て、待っていて』



栞は、自分でメールを送り、多田と会うことを決めた。

思いを無視するという選択肢より、受け入れることで得られる安らぎを求めた。

頼りがいのある男性からかけられる言葉に、どこか酔っていたいという思いもあり、

不安よりも期待の方が強くなる。

発車のベルが鳴り、栞を乗せた電車は、次の駅へと予定通り進み始めた。





栞は駅の改札を出ると、多田の姿を探した。

数名のスーツ姿の男性はいるけれど、そこに多田はいない。

予定の電車に乗り遅れたのかと思い携帯を開くと、目の前に止まった車が、

バタンと音をさせた。栞は顔を上げる。


「栞ちゃん」

「多田さん」

「今日は車で来たんだ、さぁ、乗って」


深い青の車は、3ナンバーの大型車だった。

栞は、多田に助手席の扉を開けてもらい、少し姿勢を低くして、中に入る。

座りごこちのいいクッションが、栞を包み込んだ。

多田は運転席に回り、扉を閉める。


「話しがしたいと、メールに書いてあっただろ。だから、時間を気にせずに、
また、人の目も気にしないで済むように、車がいいかなとそう思って」

「……はい」


多田は、シートベルトをした後、顔を横に向けた。

栞は、自分を見ていることがわかり、逆に顔を合わせられなくなる。


「嬉しかったよ、メール」

「本当ですか」

「あぁ……こんな気持ちになったのは、いつ以来かと、遠い記憶を蘇らせたよ」


多田の優しい言葉が、栞の心に張り付いていた不安のタネをひとつずつ消していく。


「お店で栞ちゃんと会ってから、ずっとお酒を挟んで話をしてきたからね、
少し僕自身が怖くもあるけれど、でも、もう、お酒の力を借りずに行こうと……」


多田はエンジンをかけ、人が集まる駅前を離れていく。


「まずは食事をしよう。それからゆっくり……」


栞はその言葉の続きを受け入れるつもりで、小さく頷いていく。



「ゆっくり……語ろう」



多田はアクセルを踏み込むと、ハンドルを右に切った。





『今度、飲みに行きませんか?』


仙台に言われるまで、陽人はあまり恵利を意識していなかったが、

確かに、ラジコン飛行機を渡してから、少し積極的になった気がした。

前は、年も近いので、仕事をやりやすいように教えてくれているのだと考えていたが、

近頃は、個人的な時間を共有したいと、そうアピールされることが多くなる。


『新堂さん、この映画、見ましたか?』

『私、お料理好きなんです』


陽人は、愛用する黄色のラジコン飛行機を眺め、

川沿いの道で再会した栞のことを思い出した。

初めてお店で会った時にも、栞は普通の店員が見せるような愛想笑いをせずに、

逆に花をやたらに触らないで欲しいと、注意された。

しかし、雨が突然降ってきた日には、お腹が鳴ったことに気づかれ、

思いがけない笑顔を見ることが出来た。

栞には、その後、おにぎりを譲ってもらい、近道を教えてもらうことになった。

陽人は、ラジコンの部品を購入をするために訪れた店で、

『エメラルドグリーン』の飛行機を見た時、

栞が手際よく花をまとめてくれたその姿を思い出した。

大空を飛ぶ飛行機を見ることで、また、栞の笑顔を見られるのではないかと思い、

自然に手が伸びた。


「はぁ……」


陽人が苦しかった日々の中で見上げた、空に輝いた1台の飛行機。

その出会いが、陽人の人生を変えた。

陽人は、その時の爽快感が忘れられず、栞に『プレゼント』を決めた。

しかし、反応があったのは、流れで購入した恵利からだけで、

栞が、どういう感情でいるのかなど、今の陽人には何もわからなかった。





コースの中に寿司を取り入れた店で、お酒の入らない食事を済ませ、

多田と栞は、車の中に戻った。

少し景色のいいところに向かおうと言われ、栞は『はい』と返事をする。


「大きな公園は、有名なスポットだから人もいるけれど、
少し離れたところだと、地元の人たちしか来ないから、静かに話が出来る」


『話すこと』にこだわっているような台詞が、その先をどうするのか、

栞に任されている気がして、鼓動がますます速まっていく。

車が到着した公園には、噴水のある駐車場があり、

多田は、その噴水が見える場所に、車を止めた。


【6-5】



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