6 裏切りの恋 【6-5】


【6-5】


「ふぅ……」


『話したいことがある』とメールを打ったのは、栞だった。

だからこそ、切り出すのは自分だと思い、栞は姿勢をただす。


「多田さん」

「うん」

「この間、ご家族のことを聞いてしまったのは、私自身、どう考えたらいいのか、
判断がつかなかったからです」


多田はそうだろうねと、頷いた。


「お子さんとのコミュニケーションを取りやすくするために、
私と話してくれているのだと、そう、ずっと思って……
いえ、思い込んで来ましたけれど、心のどこかで……」


栞は、この言葉を出してしまったら、元には戻れないのだと思い、

ほんの少しだけ躊躇した。多田はその気持ちに気づく。


「僕が、栞ちゃんを求めているのではないかと、そう……感じたということですか」


栞は、黙ったままで頷いた。

多田は、バッグを持つために重ねている栞の手を、上からそっと握る。

しみこんで行くような温かさが、栞の緊張した心を、溶かしていく。


「こんなことを君に求める立場の人間ではないことも、承知している。
いや、今でもまだ迷っているんだ。僕が分別のある大人の行動をしなければ、
君を巻き込むのは間違っていると、何度も、何度も、心に問いかけた」

「はい」

「でも……それを許そうとする自分がいる。
身勝手だけれど、君を素直に愛する時間が、これからの僕の人生には、必要なのだと、
そう思ってしまう自分がいるんだ」


多田のストレートな言葉は、栞の気持ちをつかみ、離れようとすると、

さらに引き寄せられるくらい、魅力があった。

罠だとわかっていても、先などなく、どこかで途切れてしまうとわかっていても、

導かれてしまうような、媚薬にも思えるくらい、栞を揺らしていく。



「君を、愛してしまった」



栞の手を握ったその手は、迷うことなく首筋に伸び、そして気持ちごと引き寄せた。

以前、手品を披露してくれた日、触れたあの親指が、栞の頬に触れ、

そして、少し遅れて、唇が触れていく。

軽く触れて離されたぬくもりを、栞の唇がまた探そうとした時、

今度は、深く強いくちづけが、その思いを受け取ろうと重なっていく。

恋する熱も、ためらいの吐息も、全て逃すまいと、

多田はキスをする場所を微妙にずらしながら、栞の思いを揺らし続ける。


「もう……ものわかりのいい男のふりはしないよ……」


余裕のある笑みが、栞の目の前で揺れる。


「いいよね……」


酔わされたままの栞は、触れている指先に頼るようになりながら小さく頷いた。





シャワーの水音が、栞の吐息をかき消していく。

少し強引に体を引き寄せられ、濡れた髪をかき分けた多田は、

栞の胸元を流れていく水に逆らうように、唇を寄せた。

栞は、体に走る感覚を受け止めながら、多田の頬を両手で支えていく。


二人は大きな駅につながる橋を渡り、川沿いに建つホテルに車を止めた。

誰が見ているわけでもないのだが、多田は栞を少し庇うような仕草を見せながら、

エレベーターのボタンを押し、部屋まで入った。

部屋に入り、恥じらう栞に、全てを任せたらいいという態度で、自ら服を脱ぎ、

そして、その壁を飛び越えるのだと、栞のシャツへと手を伸ばした。

二人は、一気に年齢と立場という壁を飛び越えた。



多田は、シャワーですっかり濡れてしまった栞の体を、

大切なものを扱うようにタオルで包み、

これから二人が語り合うベッドへと、まっすぐに運んだ。

部屋の中は、互いの顔が確認できるくらいのライトだけで、

タオルごと横たわった栞は、少し脚を曲げて、その始まりを待つ。


「栞ちゃん、隠さないで、しっかりと見せて」


多田は栞に渡したタオルをそっとはがす。

何もまとうものが無くなってしまい、栞は少しだけ体を小さくした。


「どうしたの……」


多田の指先が、ゆっくりと栞の体に触れていく。

その柔らかい刺激が、栞から声にならない音を導き、足先がシーツを滑る音がした。


「こんなに綺麗な身体なのに……」


栞は、首を振り体を横にした。多田はその横に自分を寄せながら、

栞のウエスト部分に、両手を伸ばしていく。

背中越しに多田のぬくもりが届き、栞は目を閉じる。


「栞ちゃん」

「はい……」

「今だから言うよ。僕は、初めて君を見たときから、ウソをつき続けてきた」

「ウソ?」

「あぁ……心の中ではずっと、こうして語り合いたいと思っていたのにだ」


多田は、ウエストに重ねた手を、ゆっくりと下へ動かしていく。

栞の反応を待つような多田の指先が、さらに奥への道を探ろうとする。


「こっちを見て」


耳元から体の芯に向かう多田の声に、栞は軽く唇をかみ締める。


「恥ずかしがらずに、愛を語ってくれないか……その唇で」


多田がささやく言葉と、指先が触れていく熱い思いが重なり、

栞は体と心を開きながら、そのときを待ち続けた。





『栞、店に顔出せよ』


良牙は、全ての片付けを終えた店の中で、そうラインを打ち込んだ。

しばらく『既読』を期待して画面を見続けたが、いつまでもこうしていられないと思い、

バイクのカギを取ろうとする。


「あ……」


横に置いてあったメニューが良牙の腰にぶつかり、横に乾かしておいたカップが、

その動きにずらされて下に落ちる。

ガチャンと割れる音が聞こえ、破片が飛び散った。

良牙は手にとったバイクのカギをカウンターに置き、割れたカップの破片を拾っていく。


床に落ち割れてしまったカップは、いつも栞が使っていたものだった。





多田の背中をつかみ、栞は押し寄せる波を感じ続けた。

抱きしめ合うことは、これほど長い時間だっただろうかと思えるくらい、

多田は栞の気持ちが整うように、その時までの流れをゆっくり進めた。

高まる気持ちとズレてしまうことに、少しじれったさがあり、

栞は耐え切れずに自分から、多田に手を伸ばしていく。


首筋に触れていくキスに、栞はさらなる吐息を送り出し、

深く沈む多田の思いを、全て受け止めようとした。

頭の中が何も考えられなくなり、このまま全てをゆだねる気持ちになったとき、

多田の呼吸と動きが少し変わり始めた。

目を閉じていた栞が、まっすぐに前を見ると、

多田は大丈夫なのかと、確認するような視線を送ってくる。

栞は、背中にまわしていた手を多田の頬にあて、さらに触れて欲しいと、

自分から唇を重ねていく。

それは、45と23という年の差などなく、ただ、求め合う対等の思いだけで、

栞の吐息と、多田の吐き出す荒い息が混じり合ったとき、

二人は呼吸だけを重ね、じっと動かなくなった。


【7-1】



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