7 思い出 【7-1】

7 思い出


【7-1】


まどろみの中から目を開けた時、栞の横には、多田が眠っていた。

栞は、思いを重ねた相手を、じっと見る。

こうした時間は、どこか男のためにあるのではないかと、栞は思っていた。

いつもわがままを言う代わりに、与えるものがこうした時間なのだと、

過去の恋愛を振り返ってみると、どこか冷静に割り切っていたような気にさえなる。

多田が、栞の身体に触れていく時間、そして、誘うような指の動き、

そこに強引なものは一つもなく、常に栞を意識し、

二人で作り上げていくようなそんな時間だった。

気づくと、恥ずかしさよりも快感の方が先に動き、

何度も自分から相手を求め、導くような仕草を重ねた。

あまりにも大胆に思いを表してしまった気がして、栞は顔を赤くする。


「栞ちゃん……起きたんだ」

「はい」


多田はゆっくりと目を開け、栞を見る。

栞は自分の頬の熱を感じ、手を当てた。


「もしかして泣いている? 後悔しているの?」


多田は、心配そうにそう尋ねてきた。


「いえ……」

「本当に?」

「多田さんは?」


栞がそう問いかけると、多田はゆっくりと指を栞の頬にあてる。


「いや……後悔など何もない。このまま人生が終わっても……」


多田は、栞のおでこにかかる髪の毛をどかすと、優しくキスをした。





栞と多田の秘密の時間は、以前約束をした『月曜日』に設定された。

多田は、状況が許すときには必ず車で現れ、そして食事を済ませた後、

栞を抱きしめる時間を持った。

関係を変化させてから1ヶ月、そろそろホテルから出ようとすると、

多田は栞に本を差し出した。


「栞ちゃん、お花屋さんだって言っていたよね」

「はい」


多田は出したのは、『カラーコーディネート』について書かれている専門書だった。

色には意味があり、それを知り組み合わせを作ると、

より心理的な要素に有効なものがあることなど、専門的なことが書かれている。

分厚い専門書の登場に、栞は左手でページをめくり続ける。


「役に立つといいけど」

「……はい」


多田にプレゼントされるものなら、どんなものでも構わないと思い、

栞は本を両手で抱きしめた。

自分のことを思い、考え、こうしたものを渡してくれる気持ちが、

さらに多田への思いを深くする。


「毎週、こうして出かけていて、一緒に住んでいる友達に怪しまれたりしたらと、
ちょっと心配になってね」

「多田さん」

「いや、昔、自分がそうだったんだ。安月給だったから、
友達と一緒にアパートに住んでいて。そいつが毎週必ず遅く帰ってくる。
もちろん、互いに大人なのだから干渉しあう必要もないけれど、
でも、生活ってリズムがあるだろう。もしかしたら、こうして毎週『月曜日』に、
栞ちゃんが帰ってこないことを、友達が怪しむのではないかと、僕なりに考えて」


実際、以前の生活だと、『月曜日』は仕事が早く終わるため、

夕食準備は栞の仕事だった。しかし、多田と会うようになってからは、

出かけるので出来ないと、そう言い続けている。

確かに、そんな生活が3ヶ月になろうとしていた。


「すみません、そんなふうに考えてもらって」

「いやいや、これはね、実際にスクールなどでも使われている本らしいんだ。
まぁ、僕もネットくらいしか情報網がないけれど」


多田は、何か言われたら、こうして色の勉強をしているのだと、

説明したらいいのではないかと、そう提案した。

栞は、それなら朱音や良牙に怪しまれることがないだろうと、納得する。


「ありがとう……」


栞は、本をテーブルに置くと、多田の腰に手を回し、その胸に顔をうずめた。

多田は栞の髪に触れながら、『どういたしまして』と答える。


「多田さんだけ」

「ん?」

「私のことを、心配して、考えてくれるのは……」

「栞ちゃん」

「嬉しい……」


自分を一人の女性として思い、また、尊重してくれるのは多田だけだと、栞はそう訴えた。

多田は、頷きながら、栞の髪をなで続ける。


「さぁ、行こう。このままずっと、ここにいたくなる」

「はい」


栞は多田に迷惑をかけたら申し訳ないと、受け取った本を持ち、

嬉しそうに部屋を出る。ホテルから一番近い駅に送り届けてもらい、

栞は、車の中にいる多田に手を振っていく。

多田は、いつもの微笑を浮かべたまま、手を振りかえした。



電車がホームに入る音がしたため、栞は改札を抜けると、そのままホームに入った。

多田は、それを確認し車を走らせる。大通りに出る少し手前で歩道により、車を止めた。

バッグから手帳を取り出し、ページをめくっていく。



『会津栞』



栞の名前があるページに、また今日の日付が刻まれた。

初めて手帳に書いた日から、毎週のように重なる印。

多田はそのまま目を閉じる。

すると、栞が自分に見せた目や、すがるような声が蘇ってきて、思わず顔がほころんだ。


「栞ちゃん……か」


多田は栞の名前を指でなぞり、軽く口づける。

バッグに手帳を戻し、あらためてエンジンをかけた。

車はそこからスピードをあげ、一気に大通りへと入っていった。





「何、色の勉強?」

「うん、そうなの」

「あ……そうだったんだ。やだ、最初からそういえばいいのに」

「だって、なんだか恥ずかしいでしょ、そういうのって」


多田の読みが当たり、栞が部屋へ戻ると、どうして毎週月曜日に遅いのかと、

朱音に尋ねられた。栞は持ち帰った本をテーブルに置き、色の勉強だと言い返す。

実際、数ヶ月に1度、責任者が集められ、『FRESH GARDEN』の本店で、

軽いレッスンがあることは間違いない。

なので、こういった専門書のようなものも、見たことがないわけではなかった。

栞は、研修で習った色の知識を、それなりに語っていく。

全く、そういった知識がない朱音は、栞の堂々とした説明をすっかり信用した。


【7-2】



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