7 思い出 【7-4】


【7-4】


「あの……」

「はい」


黄色やピンク、そしてブルー系のもの、それぞれテーマカラーに沿った花たちが、

小さなまとまりを築き、あらたな魅力を見せている。


「これとこれ、ください」


陽人は黄色でまとめられたブーケと、ピンクにまとめられたブーケを買いますと、

小さな花かごから抜いていく。


「あの……」

「はい」

「飴を断ったから、こっちでまたお返しとか、そういう意味ではないですよね」


栞は、一瞬迷ったように見えた陽人が、

急にブーケを2つ購入すると言ったことに、何かあるのではないかとそう問いかけた。

陽人は、そうではないともそうですとも言わないまま、無言になる。


「いちいち、お返しとかそういうの、結構ですから」

「いえ、違うんです」


陽人はすぐにそう答えた後、また下を向く。


「いえ、でも、近いかもしれません」

「近いって……」

「すみません、これ、勝手に盗んでしまいました」

「は?」


陽人はブーケのそばにあったPOPを指差した。

栞はどういう意味ですかと問い返す。


「うちの商品をここに入れてもらえるようになって、
で、何かお客様の目をひくようなアイデアを、出してくれと言われたものですから。
一応考えたのですが、これがパッと浮かんできて、
で、ご主人をビックリさせる献立を作ろうというような、アイデアを……」


陽人は、驚きを与えるというコンセプトそのものを、勝手に利用したと、

申し訳なさそうに言った。栞はPOPを見た後、陽人の顔を見る。

言わなければ誰にもわからないし、言われたところで怒ることでもないことだった。

しかし、目の前で口を結ぶ陽人の態度に、なぜだかだんだんおかしくなってくる。


「お名前、なんでしたっけ」

「エ……僕ですか」

「そうです」

「あぁ、新堂陽人です」

「新堂さん」

「はい」


栞は陽人の選んだブーケを取ると、持ち帰りやすいように、うまく2つをまとめ始めた。

それに小さなリボンがつき、また別の色を見せていく。

陽人は、そこまで申し訳なさそうな顔をしていたのに、栞の花捌きが見られたことに、

自然と顔が上がる。


「私の名前は、会津栞です」

「あ……はい」

「そして、ブーケの代金は600円です」

「はい……」


陽人は財布を取り出すと、千円札を栞に渡した。

栞はレジのところに向かい、お釣りと小さなレシートを陽人に戻す。


「そんなこと、このアイデアが使われたなんて、全然気にしていませんから、
ぜひ使ってください。素敵じゃないですか、ご主人をビックリさせるってお話。
そういう盗みなら、大丈夫です」


栞は、陽人にそう言った後、少し口元をゆるめた、

陽人は、栞の柔らかい表情が見えたことに、ほっとする。


「言わなくたって全然バレないのに、そんなに気にして。
そうかと思えば、ちょっと走ればいいところを、のんびり歩いてくるなんて。
新堂さんって、おもしろい方ですね」


栞は少し前の陽人のことを思い返しているのか、さらに笑い出す。

陽人は、栞が楽しそうにしているのがわかり、罪の意識が薄れていった。


「ありがとうございます。それなら堂々と、使わせてもらいますので」

「はい、どうぞ。盛り上がるといいですね」

「……はい」


陽人は栞からブーケを受け取り、店の前を去ろうとした。

すると、華が、別の客との立ち話を終えて戻ってくる。


「会津さん、今、お客様から聞きましたけど電車止まっているみたいですよ」

「エ……」


栞は、後輩の話を聞き、すぐに時計を見た。

これから10分後、ここを任せて本社に顔を出すということになっている。


「『北山線』だけ?」

「だと思いますけれど、ちょっと調べます」


後輩はスマートフォンを取り出し、すぐに調べ始めた。

止まってしまったのは『北山線』で、

その理由が電気系統のトラブルだと発表されていた。


「そうなんだ。じゃぁ、乗り換えの『三ツ島』まで、自転車で行こうかな」


栞は乗り換えの『三ツ島』駅まで、3駅分、自転車で走ることにすると、そう言いだした。

華は、そうなると帰りも3駅分戻るんですよと、言い返す。


「あ……そうか」


少し下りの行きとは違い、帰りになると上り坂が増える。


「あの……」


陽人は、『三ツ島』まで送りますよと、栞に提案した。





「すみません、甘えてしまって」

「いえ、どうせ通りますから、問題ないですよ」


陽人は営業用の車の中を、それなりに整理し、助手席に栞が座れるスペースを作った。

栞はありがとうございますと言いながら、その助手席に腰かける。

陽人は運転席に座ると、すぐにナビを動かし始めた。

栞は『三ツ島』駅を知らないのだろうかと、少し不安になる。

陽人は、その視線に気付き、すぐに横を向いた。


「すみません、大体はわかっているのですが、一応、念のために。
僕、松本からこっちへ転勤してきて、
いまだに東京の事情がよくわからないところもあるもので」


陽人はボタンを押しながら、『三ツ島』駅を登録する。


「松本……って長野の松本からですか」

「はい。東京の本社へ、この5月に」


営業車には、会社名『しなくら』がしっかり入っていた。

『しなくら』なら、誰でもわかるくらい大手の企業になる。


「優秀なんですね」

「エ……誰がですか」

「誰って新堂さんです。だって、本社に転勤って言ったら、出世みたいなものでしょ」


栞は、そういうと陽人の方を見た。

陽人はそれは違いますと首を振る。


「違いますよ。僕はどっちにもどうでもいい社員なので、動いただけです」

「どうでもいい?」

「はい。プロジェクトの中心とか、
大きな取引先としっかりスクラムを組めているような社員は、
支社であっても、そうなかなか動きません。戦力ダウンになるからです。
でも、ちょっと誰かをよこしてといわれて、ほら行けって言われた僕は、
まぁ、少なくとも優秀ではなくて」


陽人はエンジンをかけると、スーパーの駐車場を出る。

左に曲がる合図を出し、直線道路に合流した。


【7-5】



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