7 思い出 【7-5】


【7-5】


「年齢もそうでもないし、家庭もないし、
動かしても取引先から文句も出ないだろうしっていう、『なし』の3拍子です」

「『なし』の3拍子?」

「はい。実際、今、動いているのも、実は上司が失敗したものを押し付けられて、
それでバタバタしているだけなんです。心の中では、『あなたがミスをしたのだから、
自分で行けばいいじゃないですか』って、思ってはいるのですが、言えなくて」


陽人はそういうと、少しスピードを上げた。

駅前には確かに人だかりがあり、電車が止まってしまったことがわかる。


「そんなストレスを、ラジコン飛行機に取っ払ってもらっています」

「あ……」


栞は、もらっただけで、飾りっぱなしの飛行機を思い出す。


「すみません、結局、飾ってます」

「いえ、いいですよ。無理にやれってものではないですから」


陽人はウインカーを出し、右に曲がっていく。


「僕にとっては、救いの神だっただけですから……」


栞はそう言った陽人の顔を見たが、そのまま前を向く。

『三ツ島』駅へは、それから10分後に到着した。





「おはようございます」

「おぉ……」


恵利はいつもどおりに出社をすると、すぐに陽人の席を見た。

いつもなら着ているはずの姿がなく、休憩室だろうかと思い行ってみる。

そこには数名の男性社員がいて、タバコを吸っていたが、陽人の姿はなかった。



『大空交遊会』



いつもの河川敷ではなく、少し広めのグラウンドを借り、

登録したメンバーがラジコン飛行機を飛ばすというイベントが、

千葉で行われることをネットで調べた恵利は、一緒に出かけないかと、

陽人を誘うつもりになっていた。手作りのお弁当を持ち、休みを共有する間になり、

自然と互いを認め合えればと考えていたが、陽人は定時になっても現れない。


「仙台さん」

「何?」

「あの……新堂さんは、今日、どこかに直行ですか」

「ん?」

「あ、いえ、ちょっと聞きたいことがあって」


恵利は、すぐにそう言葉を付け足した。

仙台は鼻を一度すすると、今日は午後からだとそう言い返す。


「午後、あぁ、どこかに……」

「女のところに泊まって、起きられなかったって……」

「エ!」


恵利の驚く顔に向かって、仙台は人指し指を出した。

恵利は、口を動かしながら、とりあえずファイルを手に取り、

仕事をしているふりをする。


「ウソだよ、午後から来るのは本当だけど」


すっかり気持ちを見抜かれていた恵利は、あえて冷静にそうですかと答え、

ファイルを持ったまま、席を外す。

仙台はそんな恵利を見ながら、口元をゆるめ、軽くハミングした、





『旭が丘総合病院』


その頃、陽人は病院の待合室に座っていた。

時間の予約はあるものの、なかなか予定通りには進まない。

時計を見ると、すでに予定時間より20分がオーバーしている。

持ってきた小説でも読もうかと思ったら、『新堂さん』と受付から声がかかった。

陽人は立ち上がり、目の前の扉を開く。


「ごめん、待たせたな」

「はい、待ちました」

「そういうな、それが総合病院だ」


陽人は医師の言葉にそうですねと返事をし、目の前に座った。

『奥村敦彦(あつひこ』は、循環器系の医師になる。

奥村は、カルテとレントゲンのデータ、そして心電図の様子を映し出す。


「うん……安定しているな」

「はい」

「もう何年だ。向こうにいた時に比べたら、不安も減っただろ」

「……まぁ、そうですね」

「お前らしいな。その言い方は、そうでもないってことだろ」


奥村はカルテに書き込むと、陽人の方を向いた。

聴診器をあてながら、心臓の音を聞き続ける。


「うん……心音も綺麗だし大丈夫だ。心配ばかりするなって」

「ありがとうございます」


奥村は聴診器を外すと、PC画面に打ち込んでいく。


「まさかな、東京でお前を診る事になるとは」

「逃げられないってことですよ、僕から」

「逃げてなんていないだろうが」


奥村は、松本にいた頃から、陽人の担当医師だった。

しかし、系列病院内での異動があり、2年前にこの病院に移った。

一時、離れた二人だったが、陽人の転勤によりまた縁が復活する。


「日常生活はどうだ」

「今のところ、問題ありません」

「そうか……それなら、あまり特別に思わず、ウォーキングだとか始めてみたらどうだ」


奥村は、状況的には、ジョギングも可能だろうがと言いながら、

またカルテに書き込んでいく。


「そう……ですね」


陽人は言い切る返事を、あえて濁してしまった。

奥村は、陽人の沈む表情を目で捉えていく。


「そんなに怖いか……」


奥村の言葉に、陽人は黙ったままになる。

奥村は、その表情を確認すると小さく頷き、カルテを書き終える。


「怖いというより……思い出したくないのだと思います。あの頃の自分を」


陽人は、そういうと、服装を直し始めた。


「あの頃? 陸上競技に、必死だった頃の自分か」

「……はい」


陽人は、大学2年まで、陸上競技に取り組んでいた。

中距離を走り、高校時代はインターハイ手前まで進み、

大学でも期待される存在だった。しかし、大学2年の秋、突然グラウンドで倒れ、

救急車で運ばれてしまう。

診断の結果は、陽人にとって、辛いものだった。


【8-1】



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