8 ためらい 【8-3】


【8-3】


栞が多田と待ち合わせをし、食事をする月曜日。

栞は仕事を終えると駅へ向かい、ロッカーから大きな袋を取り出した。



『次に会うとき、着てもらいたい』



プレゼントはしなくていいと、最初の頃、栞も遠慮していたが、

多田が、その贈り物を身につけると、嬉しい言葉を必ずかけてくれるため、

いつの間にか『快感』が別の思いを生み出した。

変身願望というのではないかもしれないが、栞も、

こうしていつもと違う自分になる時間を、どこか楽しみにするようになってくる。

知らない駅の化粧室に入り、普段の自分から、多田の好む女性に変わる。

待ち合わせの場所で栞を見つけると、多田は、いつも視線を上から下へと動かし、

納得するように頷いた。


「栞」

「はい」

「いつもと違う君に、何か言われないの?」


多田は、食事をしながらそう問いかけた。栞はナイフを使いながら、

この姿はここだけですと、答えていく。


「多田さんと、こうして会っていること、誰にも話していなくて」


栞の言葉に、多田はそうだったねと返事をする。


「ごめん、無神経なことを聞いてしまって。
そうだよね、こんな関係、友達には言えないよね」


多田は、申し訳なさそうに視線を下に落とした。


「いいんです。いくら友達でも、わかってもらえないこともあるだろうし……
それでも、今、自分自身、この時間を後悔しているわけではありませんから」


多田の気持ちを察して、栞はあえて明るい声を出していく。


「私の気持ちは、私のものですから」


栞はそう言いきると、仕事で楽しかったことがあるのだと、多田に話し始めた。





多田といつもの時間を過ごし、名残惜しさをまとわりつけたまま栞は電車に乗った。

多田にプレゼントされ、褒めてもらった服は、少し手前の駅の化粧室で着替え、

また、いつもの姿に戻る。

自転車に乗り、冬の冷たい風を頬に受けていても、気持ちが温かいからなのか、

自然と知っている曲を口ずさむようになる。

『秘密の恋』というどこか不自然で、不自由さを感じる状態が、

逆に栞の心をしっかり捉え、不安を快感に変えた。

駐輪場に自転車を止め、着替えた洋服の袋をしっかりと持つ。

朱音は今日、仕事に入っているため、リズムよく部屋へ向かったが、

なぜか明かりがついている。

栞は、朱音が消し忘れたまま店に出てしまったのだと考えながら、

バッグからカギを出す。鍵穴に差込回し、ドアノブをつかみ扉を開けた。

靴を脱ぎ、自分の場所にしまう。


「お帰り」

「エ……」


店に出ていると思った朱音が、リビングから声をかけた。

栞は肩にかけたバッグから洋服が少しでも見えていないか確認する。


「あれ? 朱音、今日お店じゃなかった?」

「う……うん」


朱音は歯切れの悪い返事をした後、冷蔵庫を開け、缶のチューハイを取り出した。

栞がテーブルを見ると、すでに2本の空の缶が置いてある。


「どうしたの、一人で飲んでたの?」

「……うん」


栞は、朱音の横を素早く通り、着替えると言いながら部屋へ入った。

まずは、洋服の入った袋を、押入れに押し込んでいく。


「もう夕飯、食べちゃったよね栞」

「……うん、食べたよ。言ったでしょ、カラーの勉強がある日は、
外で済ませるよって」

「そうだったっけ」

「そうだよ」


いつもなら、会話がキャッチボールのように進んでいくのに、

今日はどちらもなぜかリズムが悪く、気付くと静かな時間が流れ、妙に緊張した。

栞は部屋着に着がえ、朱音のいるリビングに顔を出す。


「朱音」

「何?」

「お店で何かあったの?」

「……どうして?」

「だって、こんなふうに休むなんて、朱音らしくないなと」


栞は、朱音が自分を疑っていることなどわからずに、逆に朱音の体調を心配した。

朱音は、3本目のチューハイを一口飲み、つまみとしておいたポテトに手を伸ばす。


「栞……」

「何?」

「あのさ……」


朱音は栞の顔を見ると、すぐに目をそらし、勉強は楽しいのかと尋ねた。

栞は『うん』と言いながら、小さく頷き返す。


「月曜日が来るの……楽しみなの?」


朱音は、栞は勉強をしているわけではなく、おそらく多田と会っているのだろうと、

そう思いながら語りかけた。栞は、いつもそんなことは聞かないのにと思いながら、

楽しみだと返事をする。


「……そっか」

「うん」


『愛風園』という場所で、姉妹のように育ち、

学生時代も常に互いの気持ちを隠すことなく語れるほど、信頼できる相手だった。

朱音は、その栞が自分に隠れて、多田と会っていることを指摘するつもりが、

本当に、そんなことをしていいのだろうかと、悩みだす。


「どうしたのよ、朱音。なんだか疲れているの?」

「……うん、そうかな」

「疲れを溜めておくのはよくないよ、肌にも」


栞は、朱音の食べていたポテトをひとつつまむ。


「ねぇ、栞」

「何?」

「あのさ、もうすぐ『愛風園』の園長先生の誕生日じゃない。
だから、良ちゃんと今年は何にするのか、ちょっと話し合う時間、取らない?」


栞と朱音と良牙は、毎年3人でお世話になった『愛風園』の園長に、

誕生日に合わせて、プレゼントを贈っていた。

その打ち合わせを『ライムライト』が閉まってからの時間を使い、

やらないかと提案する。


「私はいいよ、朱音が良ちゃんと決めてよ」

「栞……」

「良ちゃんに、しばらく会いたくない」


栞は、良牙はいつも説教ばかりするので、会いたくないと言った。

朱音は、良牙のそういうところは今に始まったわけではないだろうと、言い返す。

栞は、それはそうだけれどと、言葉を濁した。


「それとも、他にも会いたくない理由があるとか……」


朱音は、鼓動を速めながら、そう切り出した。


【8-4】



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