8 ためらい 【8-4】


【8-4】


栞と朱音の目が、その瞬間にピタリと合ってしまう。


「別に、そんなことないよ」


栞はそういうと、お風呂に入ろうかなと言い立ち上がった。

朱音は、チューハイの缶を手に取り、また一口飲む。


「だったら、栞もちゃんと良ちゃんに会ってよ」


朱音はそういうと、少し強めに息を吐き出した。

酔いの回った顔を、両手で軽く叩いていく。


「……わかった」


栞はそう答えると、和室の襖を閉めた。



『辞めておけ』



栞が、多田と個人的に会おうか迷っている態度を見せたとき、良牙はすぐにそう言った。

考える余地もないほど、ダメなことだと言われたことに反発した。

それでももう一度、話を聞いてもらおうと思い、

その夜、『ライムライト』に向かったが、見えたのは、すみれと良牙の親しげな姿で、

栞は、自分が相談相手になると言い切っていても、

もう、良牙はその相手ではないのだと、そう痛感した。



『栞……』



栞は、今、自分の心を癒してくれるのは多田だけなのだと思いながら、

風呂場に向かうことなく、そのまま寝転んだ。





午前1時過ぎ。朱音は、部屋から出ると冷蔵庫を開け、

柑橘類の味がするいつもの水を取り出し、少し飲んだ。

多田と会っているのではないかと疑っていることを、

結局栞に言い出すことが出来なかった。

栞が、あまりにも楽しそうに部屋へ戻ってきたこと、自分が疑われていることに、

全く気付いていないこともあり、一つ前の言葉が出なかった。

そして、もし、それを吐き出してしまったとき、

同じ家の中でどういう顔をしていいのかもわからず、結局黙ってしまった。

でも、『不倫』を続けていく先に、明るい未来があるようには思えないため、

朱音は、栞をどう導けばいいのかわからなくなる。


「はぁ……」


栞は自分よりも真面目であるからこそ、ヘルプを頼んでも羽目を外さない自信があった。

それが逆に、あだになってしまい、朱音はただため息だけを床に落とす。

ベッドに入って、何度も寝返りをうつものの、結局思うようには眠ることが出来ず、

いつもより少し早めに起きると、昼食の忙しい時間を外し、

『ライムライト』に顔を出した。

一番込み合う時間は終わったが、それでも店内は3分の2が埋まり、

パートの女性が、慌しく動き回る。

朱音は、カウンターの端に座り、コーヒーを飲み続けた。


「ねぇ、ちょっと手伝おうか、良ちゃん」

「いいよ、パートさんに任せておけ。知らない人に助けられるのも、
リズムが狂ってやりにくいものだからさ」

「そっか、そうだね」


入る客よりも、出る客の方が増えていき、それから30分後、

客が3分の1ほどに減っていく。

良牙にも少し余裕が出来、小さな椅子を動かし、朱音の前に座った。


「で、朱音は何を言いに来たんだよ」

「うん……」


良牙に聞かれた瞬間、朱音は言葉が出なかった。

栞のことを話せば、良牙がどういう態度に出るのか、朱音にも予想がついたからだ。


「あのさ、ほら、園長先生のプレゼントの話し、そろそろかなと思って」


良牙がまっすぐ自分を見るので、朱音は栞のことを出さず、

プレゼントの話題を送り出した。良牙はそんな季節になるのかと、切り返す。


「うん、去年はなんだっけ、エプロンとさ……」

「去年はエプロンじゃないよ。園長先生が高血圧でって聞いて、
『血圧測定器』を贈っただろ」

「あ……あれ? そうだったっけ」


朱音は、去年か一昨年かわからなくなったと笑いながら、

コーヒーカップを手に取った。しかし、中身はすでに空になっていて、

またそれを下に戻す。


「朱音」

「何?」

「栞のことなんだろ」


朱音は思わず顔を上げた。『違う』と言おうとした口が、

その言葉を出せずに閉じてしまう。


「あいつ……客の男と会ってるのか」


良牙はそういうと、朱音の顔を見る。


「だから、お前、ここに来たんだろ」


朱音は小さく頷くと、確信はないけれど、

どうもそうではないかと思える節があると、そう説明した。

毎週といえるくらい頻繁に『月曜日』、出かけることを語っていく。


「最初はね、カラーの勉強を始めたんだって、難しそうな本を持ち帰ってきたの。
私もそうなんだって信用して。栞、明るく毎週出かけていくし、
楽しみを見つけたんだなって、そう……」

「それが、どうして多田ってやつと会っているということになるんだ。
あいつ、認めたのか」

「ううん。栞がお風呂に入っているとき、偶然、ネックレスを見つけたの」

「ネックレス?」

「うん。そういうものを買わないでしょ、栞って。それに……」


朱音は、値段が結構張るものだと、そう言った。

良牙は、具体的にどれくらいだと、問い返す。


「おそらく……数万円はするはず」

「数万円?」

「うん。宝石はそれほど大きくなかったけれど、逆に本物に見えたし。
鎖の部分も、プラチナだと思う。まぁ、栞も働いているけど、でもさ、
数万円を出すかなと……」


良牙はグラスを磨いていた布巾を置き、カウンターに両手をついた。


【8-5】



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