8 ためらい 【8-5】


【8-5】


朱音は、OLが好む高級ブティック『GLOSSY』の紙袋があったことも

合わせて語っていく。


「それも、買ってもらったということか」

「ハッキリはわからない。でも、今まで栞が『GLOSSY』の洋服を買ったことはないし、
着ていたところも見たことがないもん。だから、部屋の中、見ようかなと思ったけれど、
それじゃ、あまりにも栞がかわいそうな気がして、出来なかった。
『月曜日』の朝って、本当に嬉しそうに出かけていくから」


朱音は、条件の悪さなど関係なく、

栞は、真剣に多田さんを思っているのではないかと、口を結ぶ。


「真剣って……」

「だってさ良ちゃん。栞って適当には出来ない人だもの」


朱音は、栞は自分と違って、根が真面目だとそう言った。

だからこそ、妻子のある年上の男性でも、受けてしまったのだろうとため息をつく。


「多田さんは、家庭もあるし、子供さんもいる。
栞のことを、今は好きだとしても、家族と別れて一緒になるとは思えない」


朱音は、お店に来たときから落ち着いていて、場慣れしている人だと思ったと言い、

自分が悪いのだと下を向く。


「私がヘルプを頼んだから。だから栞が……」

「お前がそんなことを言っても仕方がないだろう」

「だってさ……」


朱音は、このままだと、どこかで栞が悲しむことになるのではないかと、

そう心配し始めた。良牙は店の隅にある椅子に座り、頬杖をつく。


「良ちゃん」

「ん?」

「どうしたらいい? 今、頭から辞めろって言っても、きっと栞は納得しないよ」


朱音は、そう言いながら、良牙のことを見た。

良牙は黙ったまま頷くこともなく、朱音はだんだんと不安になる。


「言うしかないだろう。お前のしていることは間違っているって」

「……良ちゃん」

「それでも、栞がその男を認めて欲しいと言うのなら、
多田だっけ? そいつの気持ちを確認するしかない」

「確認?」

「あぁ……家族ではなく、栞を選ぶ気持ちがあるのかどうか、それを確認する」


良牙は、とにかく栞をここへ連れてこいと朱音に伝えると、

入ってきた客に声をかける。朱音はそれしかないのだと小さく何度も頷き、

カウンターから立ち上がった。





『しなくら』営業部に向かう、多田の足音は、

少し離れた休憩所にいる営業部員たちにも聞こえるくらい、強い音だった。

声に出せないイライラが、踏み込む音に変換され、不協和音を奏でていく。



『多田君、君はどういう仕切りをしているんだ。もっと、こう……
なんだろうな、こっちを楽しませるような成績を、出せないのか』



各分野の営業を、束ねていく部長会議に呼ばれた多田は、

成果を上げた部員の報告をしたつもりだった。

しかし、上司たちはその報告を軽くあしらい、

逆にもっとしっかりしろと、言い返されてしまう。


「クソッ……」


多田は、左手親指の爪をかむと、そのまま歯ぎしりをした。

営業部の扉を開き、わき目も振らず自分の席に戻る。

陽人と仙台は、明らかに不機嫌そうな多田を見た後、互いに顔を合わせる。

陽人は、多田が戻ってきたので出そうとしていた書類を手に持ったが、

前に座る仙台に、今は行くなと手の動きで止められる。


「仙台さん」

「今、わざわざ嵐の中に飛び込むやつがいるか。見て見ろ、あの多田の顔」


陽人は、一度席に座り直すと、視線だけで多田を捕らえていく。

多田は、デスクの上にあった書類を見ると、それを叩きつけた。





栞は、今日も仕事に取り組んでいた。

開店と同時に、花の到着を待っていた常連の年配客と毎日の会話をし、

昼頃には、地方へ花を送る客たちの伝票を整理する。

休憩を取り、気づくと時計は午後3時を示していた。


「あと、何日?」


もうすぐ12月になるため、

『クリスマス』を彩る花たちが店に入る場所を空ける必要があった。

普段、売れるような切り花も、その時期だけは仕入れが少なくなる。

どんなふうに置いていくのかを頭に入れながら、

華とパートの女性に指示を出していると、ポケットに入れておいた携帯が揺れた。

栞は、すぐに相手を確かめる。相手は多田だった。

メールをくれることはあっても、午後3時過ぎというのは珍しく、

栞は何か起きたのかと、気になり始める。


「ちょっとごめん、すぐに戻るね」


栞は店から少し離れ、すぐにメールを確認した。



『今日、会いたい。どうだろう』



いつもの曜日ではない誘いに、栞は一瞬、戸惑った。

しかし、栞の頭は、仕事がどれくらいで終わるのかと、

会う方向で気持ちを動かしていく。

花の搬入時間が少し遅めの曜日ではあったが、

その分、仕事を先に進めておけばいいのではないかと、頭を巡らせる。

すると、また携帯にメールが届いた。



『ごめん、わがままだね。仕事で少し辛いことがあって、気分が落ち込み気味なんだ。
栞と会えれば、また、前向きになれるかと思ったけれど。君には君の予定がある。
気にしなくていいから』



栞は、すぐに『大丈夫だ』と、返信メールを打ち返した。

多田が辛いのだと訴えかけてきた気持ちに、なんとしても応えなければと考える。



『大丈夫。8時には仕事、終わります』



栞はその文章をさらに返信し、多田の答えを待った。





『ありがとう、本当に嬉しいよ』


多田は、栞を誘うメールを、営業部の部長席で打ち込んだ。

目の前には、書類を持った陽人が立ち続ける。

多田の親指が、待ち合わせ場所を入力した後、送信ボタンをしっかりと押した。


「……で、なんだ」

「あの……『ふえぞう』のことなのですが」

「それは、お前にさばけと言ったはずだぞ」



『わかりました』



多田は栞の返信メールに自然と口元がゆるむ。

陽人は、自分に対する表情とあまりにも違うものを見せられ、

どうしたらいいのかわからなかった。

それでも、立ち続けているわけにもいかないため、さらに一歩前に出る。


「でも部長。搬入のし直しで、夜、店が閉まってから、
相手方には顔を出して欲しいと言われました。おそらく9時くらいだと」

「お前が行け」

「僕……ですか」

「あぁ……私は忙しい」


多田はそういうと携帯を閉じ、大事そうにポケットに押し込んだ。

別のポケットに入っているタバコを手で押さえ確認すると、

そのまま営業部を出て行こうとする。


「部長……多田部長。ちょっと待ってください」

「なんだ」

「あの……それはおかしいと思います。
先方は部長がこの搬入にからんだこともご存知ですし、
立場からして、僕よりも部長を望んでいるはずです」

「だからなんだ」

「いえ、だから……」


多田はそこまでの表情を一変させ、陽人を睨みつけた。


【9-1】



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