9 揺れる心 【9-3】


【9-3】


仕事を終えた栞は、あまり気の乗らないまま、『ライムライト』に向かった。

これでまた逃げるようなことをすれば、余計なことを探られかねない。

あくまでも堂々としていれば大丈夫だと思い、べダルを漕ぎ続ける。

閉店は8時のため、多少営業中だろうが、それならそれでいいと思い、

いつもの場所に自転車を止める。

以前そうしたようにカーテンの隙間から中を見ると、

カウンター前にはすみれが立っていて、飲み終えたカップを重ね、

カウンターを丁寧に拭いていた。

栞は自転車のカギを外し、中に入った。


「いらっしゃいませ……あ、栞ちゃん」

「こんばんは」


栞はすみれに挨拶をすると、こっちを見た良牙に向かって、軽く手をあげた。

良牙はいつもの場所に座っていろと言う。


「うん……」


栞がカウンターの端に座ると、すみれがやってきた。


「カフェオレでいい?」

「はい」


当たり障りのない会話がそこにあり、だんだんと客は減っていった。

閉店10分前には、栞だけが残される。


「朱音は?」

「もうじき来るだろう」

「ふーん……」


栞はそれからも店の入り口を何度も開け、朱音が来るのを待った。

『ライムライト』は閉店時間を迎え、すみれは外に出ると、看板のコンセントを外す。

それからすぐ、駅からタクシーで来ましたという朱音が到着し、

店内は4人になった。


「さて……」


良牙は、栞と朱音に同じテーブルに座るように指示を出し、

自分もカウンターの外に出る。

栞は、片付けをせずに話し合おうとする良牙の態度に、

何か不安な雰囲気を感じ取った。


同じテーブルに栞と朱音、その前に良牙が座る。

店の片付けは、すみれが一人で黙々とこなし始めた。


「良ちゃん」

「何だよ」

「お店、片付ければいいのに。いつもみたいにカウンターの中だって、
話くらいできるでしょ」

「片付けるよ、話が終わったら」


良牙はそういうと脚を組み、持っていたタバコに火をつける。

何度か吸い込んだ後、灰皿を置き、そこで灰を落とした。

朱音はどこか落ち着かない素振りで、携帯をいじり続ける。


「園長先生に、何を贈るか、話すんだよね」


栞は、小さな声でそう問いかけた。

良牙も朱音も頷くことをせずに、黙っている。


「どうして黙るの」

「栞……」


良牙はタバコをもみ消すと、体を正面に向けた。

良牙のまっすぐな視線。

栞は、いつもカウンター越しに離す距離と違い、

全てに圧倒されてしまうような強さを感じた。


「何?」

「お前さ、色の勉強をしているんだって」

「……エ……あ、うん」


栞の心臓が、ドキンと音を立てた。

それでも、ここで慌ててはいけないと思い、

自分がフラワーショップに勤めるようになり、店の責任者までたどり着いたが、

そこから先を作るには、やはり学ばないとならないのではないかと、

それなりのことを繕る。

良牙は聞いているのだろうが、頷くわけでもなく、動きが何もない。


「えらいでしょ、進歩でしょ、少し成長して……」

「ウソだろ」



『ウソ……』



あまりにも呆気なく、あっさりとそう言われてしまい、

栞は言葉の続きが出せなかった。

それでも、黙っていては全てがばれてしまうと思い、ウソではないと言い張った。


「どうしてウソだっていうの? 良ちゃん、知っているわけ?」

「知らないから聞いているんだ。勉強しているのなら、どこのなんという学校で、
具体的にどういうことを学んだのか、ここで話してくれよ」


栞は、隣に座る朱音の方を向いた。

朱音は栞を見ながら、心配そうな顔をする。

栞は、そのとき初めて、『全て気付かれている』と感じ取った。


「えっと……駅は……」


幼い頃から、どんなときにも協力し合ってきたのがこの二人だった。

兄のように慕った良牙と、姉妹のように遊んだ朱音。


「駅は……」

「いいよ、栞、ウソをつくな、悲しくなるだろう」


良牙は落ち着いた口調でそう言うと、以前話をした男と会っているのかと尋ねて来た。

栞は、黙ったまま下を向く。


「栞……」

「何?」

「多田さんと会っているんでしょ。勉強じゃなくてさ、多田さんと……」


朱音は、自分が店のヘルプを頼んでしまったからだと、口を結ぶ。

すみれは3人に背を向けたまま何も言わず、汚れたカップを洗い続ける。


「多田って男と、会っているのか」


良牙の問いかけと、朱音の震えた声を聞き、栞は口を強く結ぶ。


「言えないというのは、どういうことだ。自分でもまずいことをしていると……」

「まずいだなんて思っていない」

「栞……」


栞の声に、朱音は思わず声を出した。

栞のハッキリとした主張は、良牙がそれまで向けていた抑えた視線を、

怒りの視線へと向かわせてしまう。


「多田さんと会っている、毎週のように二人で待ち合わせて会ってる」

「どうして会うんだ」

「どうしてって、会いたいから」

「家庭を持っている男だろう」


良牙はテーブルの上に両手を置いた後、そのまま組み合わせた。

爆発寸前の気持ちを、なんとか自分自身で押さえ込もうとする。


「知っている」

「奥さんと離婚をする約束でも、してくれたのか」

「していない……家庭は形だけだけれど、責任があるって」

「……責任?」

「わかっているから、全て聞いて、わかって……」


良牙は組み合わせた両手を、そのままテーブルに叩きつけた。


【9-4】



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