10 思い出の山

10 思い出の山


ツアー客に昼食を取らせている時間に、亮介は運転手やホテルとの打ち合わせを終えた。

本来ならコースの途中になる場所へ、これからバスを移動し、

山から下りてくる客を待つことになる。山へ登り始めた太田に、参加者の様子を問いかけた。


「はい、全員無事昼食を終了して、出発するところです」

「必ず初級コースを歩くようにと、支持はしたか?」

「はい、天候とこの後の予定を話して、そう言いました」

「そうか……」


その時、亮介の脳裏に、今朝、目を合わせたとき、タオルをかぶってしまった

男の子のことが浮かんだ。あれから気にしていたが、親と楽しそうに話す子供たちが多い中、

二人だけは見ている限り、一言も会話を交わしていない。


「なぁ、太田。紺のジャンパーに野球帽をかぶった男の子がいるだろ。
お母さんはちょっと細めの人で、確か名前は……」

「あ、戸田さんですか? タオルをかぶった」

「うん、そうそう、お前も覚えてる? ちょっと注意して」

「あ……はい」





亮介は電話を切り、オリエンテーリングの初級コースが終了する場所へ向かった。

30分前に太田に連絡を入れた時は、全員順調に向かっていると返事をもらい、

予定表のズレを訂正しながら、到着を待つ。


その頃、下り坂に入っていた太田は、少し前を歩く親子連れに声をかけられた。


「添乗員さん」

「はい……」


何か怪我などしたのではないかと、聞きなおすと、少し前の分かれ道で、

一組の親子が左のルートを歩いていったと、話し始めた。


「エ……」

「すぐに戻るって言ってましたけど、もう下りだしてしまって、後ろをみても、
戻ってないようだったから……気になって」


太田はすぐに後ろを振り返ったが、誰もついてくる人はいなかった。


「どんな人ですか?」

「えっと……お子さんは青いジャンパーに野球帽でした。お母さんは背が高くて……」



『うん、そうそう、お前も覚えてる? ちょっと注意して』



その親子連れに注意するようにと告げた、亮介の言葉を太田は思い出し、唇をかみ締める。

ポケットに入れてあった、携帯番号に電話を入れるが、電波の関係なのか、途切れてしまい、

うまくつながらない。

20名近くの下山が始まり、自分だけ持ち場を離れるわけには行かず、

太田は亮介の番号をまわした。


「エ……いない?」

「どうも、道をそれたらしいんです。迷ったというよりも、わかっていてずれたんだと……」


亮介はその言葉を聞き、駐車場の前にあるみやげ物店に入り、おばあさんに声をかけた。

コースを外れたところに、何かあるのか問いかける。


「あぁ……そうそう、オリエンテーリングのコースからちょっとずれたところに、
小さな滝があるんだよ。それを見たくて、寄り道する人は結構いるよね」

「滝……ですか」

「そうだよ。道は迷うようなものじゃないんだけど、おそらくそこから下ろうとすると、
足場の悪いところが何箇所かあるから、今日みたいな日は、危ないかもしれないね、
特に子供じゃ……」


亮介は店を出て、空を見上げた。今にも振り出しそうな黒い雲が、

どんどん空の面積を奪っていく。


「すみません、ここからどれくらいの場所になりますか?」

「場所は、その山道をあがっていくと、20分程度だと思うがね」

「太田、とりあえずお前はそのまま降りて来い。こっちから逆に俺が上がってみる」

「エ……でも」

「いいから。予定通り動いてくれている他のお客様に迷惑はかけられない。
ここで休憩して、20分経ったら、牧場へ出発してくれ。
そうじゃないと、この後が間に合わなくなる」

「深見部長」

「おそらくなんの躊躇もなく、そっちへ行ったということは、
その親子は道を知っているんだと思う。下山途中かもしれないから、下から行く」

「いえ、僕が。みなさんはこのまま下山してもらって、それで、僕がここから……」

「何言ってるんだ。このツアーのチーフは俺か? お前だろ。お前はこっちへ戻って来い」



『すぐに帰ります。ちゃんと懐中電灯も持ってますし……』



その時、亮介の中で、何年か前の咲の言葉が蘇った。

そのツアーでも、トラブルがあり、自殺願望者が山へ一人で登ったのではないかと

思い込んだ咲が、勝手に山へ登り、それを亮介が追いかけた。



『主任……。私が死んでしまったら、悲しんでくれますか?』



そう問いかけた、勢いだけで突っ走る東京西支店の女子社員は、今、自分の妻になっている。

大きくなるおなかを抱えながら、きっと曇っていく空を見上げ、ため息をついているだろうと、

亮介は大きく息を吐く。


「太田いいか、この後、しっかり仕切っていけよ」

「深見部長……あの……」

「言い分は聞いても、出来ないことは断るんだ。相手の要求に応えたことであっても、
起きた責任はうちにあることを忘れるな」

「……はい」


亮介はそう太田に告げると、つながっていた電話を切った。

そして、左の薬指にある、咲との誓いの指輪をじっと見る。

トラブルがあるたびに、自分が山へ登ることになるのを不思議に思いながら、

その指輪にそっと指で触れ、外れている一組の親子の元へ下から登りだした。





「ねぇ、咲。お寿司でも取っちゃおうよ」

「お寿司?」

「うん、高給取りの宮本さんが、栄養の必要な妊婦さんにおごっちゃうから」

「なんだかすごく押し付けがましい」


お茶を飲み、大いに笑った二人は、買い物に行かずに出前を取ろうと、電話帳に手を伸ばした。


「どの店がおいしい?」

「えっと……」


咲が椅子から腰を上げたとき、電話が鳴り出した。

近頃よくかかってくる生命保険の勧誘ではないかと、受話器をあげる。


「はい……深見です」


電話の相手は、一緒にツアーへ行った太田のようだが、どこか興奮しているようで、

声がうまく聞き取れない。


「あの……すみません、聞き取りにくいんですが……」


携帯電話の電波が悪いのか、咲は何度か聞き直す。それでも、そんな状況で、

太田が連絡してくることの意味が徐々に見え始め、鼓動が速まった。


「あの……主人に何か……何かあったんですか?」


咲のその声に、電話帳を開いていた利香が手を止め、心配そうな視線を向ける。

部屋の中に流れていた、あたたかい空気は、流れを止め様子を見守る。


「……はい……エ!」


切れ切れになる電話口から、始めてハッキリと大田の声が響いた。

咲は自分の左胸を手で抑え、冷静になろうと息を吐く。



『深見部長が、子供を助けあげて、その後、滑り落ちてしまったんです』



亮介が子供をかばい、その後、山の斜面を滑り落ちたのだという知らせに、

咲は力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。

取り乱し、叫びそうな心を落ち着かせようと、一度大きく深呼吸する。


「助けたお客様は、無事なんでしょうか」


精一杯冷静な口調で、そう問いかけた咲は、太田から旅行客は無事に宿泊施設へ戻ったと

返事をもらい、初めて、本当に聞きたかったことを、口にする。


「主人は……無事なんでしょうか」


その答えを聞いた咲は、呆然としたまま返事をし電話を切ると、両手で顔を覆う。

利香は慌てて咲に近寄り、崩れそうな体を支えた。


「咲……、どうしたの?」

「行かなきゃ……」

「エ……深見さん、ケガしたの? ねぇ……」

「利香、ごめんね、私行くから……」


視線が定まらないまま咲は立ち上がったが、すぐにまたしゃがみ込む。


「咲……」

「利香、どうしよう。亮介さんがケガしたって。頭を打っているみたいだって。
病院に運ばれたって言うんだけど、状況がよくわからないの。
ねぇ、……亮介さんに何かあったら、何かあったら、私……」


詳しいことはわからなかったが、利香は震えて泣いている、咲の体をしっかりと抱きしめ、

大丈夫だからと何度も口にした。



                                 深見家、新メンバー加入まで……あと75日






11 忘れ物の誇り へ……




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コメント

非公開コメント

読んでしまった・・・

UPされてる! あとでゆっくり~♪
と思っていたのに・・・つい・・・

太田君に意味ありげな言葉を残し、「これは何かあるな!」 と思っていたら、これですかぁ~~
咲と一緒に、悶々の時間を過ごすことになりそうです。

ももちゃんのお話は、息もつかせぬ展開なのよね。
しっかりついて行きますよ~~!

(*,,^-^)ノノ

なんたる事・・・・
添乗員と言う仕事はやり甲斐あり、はたまた過酷でもあり
・・・何かあると・・・乗客に非があっても・・・辛いですね。

深見亮介頑張れ!!
  (*,,^-^)ノノ~ガンバレ*
       .。..。.:亮介ナラミョン・ハルスイッグ*・゚゚・*:.。..。.:*
      【亮介なら出来るの意味】(*,,^-^)ノノ
         
     【ココの自分を励ます時結構言ってるヨン】

咲ちゃん、あんまり心配すると体にさわるよ~~

こんにちは!!v-222

何か起こるとは思ってましたが・・・
起こちゃいましたね。

何より咲ちゃん
驚き過ぎて、赤ちゃんに影響しなければいいけど・・・。

亮介さん、大したことないといいけど
頭…っていってたから
まさか記憶喪失ってことはないよね?もっとひどい?

気になりつつも・・・
            では、また・・・。e-463

う~ん、やっぱり・・

トラブルの元はやっぱりあの親子でしたか・・・

でもまさか亮介さんが怪我をしてしまう事になるなんて

知らせを聞いた咲ちゃん、体は大丈夫かしら?

どうか亮介さんの怪我が大した事ありませんように!

ただただ祈りつつ、次回待ってます!










オロオロ・・・

あの少年、何かあるな~と思っていたら。

咲ちゃんが添乗員してた時を思い出してドキドキしちゃった。

あの時は何とか無事に済んだのに、エッ?なに?
亮介が事故!?ケガは???

身重の妻が居るのに心配させちゃダメじゃん!

早く無事にの知らせ待ってるよ。

不安堵アップだ!

拍手コメントさん、こんばんは!


>あ~亮介さん大丈夫なんでしょうか?!
 大丈夫ですよね?!ねっ?!

身勝手な親子の行動から、被害を受けてしまった亮介。
体のことも心配ですが、後ろで控えていることも……

と、さらに不安度アップ!(笑)


>つ、続きがぁ~ももんたさん!

続きもちゃんとUPしますよ。
適当に、のぞいてみて!

つい……って、あるよね

なでしこちゃん、こんばんは!


>UPされてる! あとでゆっくり~♪
 と思っていたのに・・・つい・・・

あはは……。それは見るだけと思っていたら、
つい買ってしまったって感じかな?
ありがとうです。


>ももちゃんのお話は、息もつかせぬ展開なのよね。
 しっかりついて行きますよ~~!

息もつかせない? そうかしらん……
でも、ドキドキ感は、常に持ってもらいたいなと思い、書いてます。

サービス業の辛いとこ

ナタデココさん、こんばんは!


>なんたる事・・・・
 添乗員と言う仕事はやり甲斐あり、はたまた過酷でもあり


まぁ、サービス業は、どの職業でも、似たようなことが
あるんじゃないかと、想像、空想で書かせていただいてます。


>咲ちゃん、あんまり心配すると体にさわるよ~~

そうだよね、でも、心配しちゃうのよぉ……咲は。

この事故が……

mamanさん、こんばんは!


>亮介さん、大したことないといいけど
 頭…っていってたから
 まさか記憶喪失ってことはないよね?もっとひどい?

記憶喪失? それじゃ韓国ドラマになってしまうので(笑)
それはないですよ。

体の心配もあるけれど、精神面、会社での立場、
こんなものがあれこれ、関わってくる……んじゃないかと。
(って、自分が書くんですけどね)
また、遊びに来てね。

怪しい親子

バウワウさん、こんばんは!


>トラブルの元はやっぱりあの親子でしたか・・・

はい、怪しいあの親子でした(笑)
亮介、しっかり巻き込まれましたよ。
ケガの様子、会社の動き、周りの人たちの反応
その他……は、次回へ続きます。

待っててね!

懐かしいでしょ

yonyonさん、こんばんは!


>あの少年、何かあるな~と思っていたら。
 咲ちゃんが添乗員してた時を思い出してドキドキしちゃった。

思い出してくれて、ありがとう。
yonyonさんの感想をいただいている、月日の長さを感じますよ。

そう、あの時は無事に済みましたが、今度はね。


>身重の妻が居るのに心配させちゃダメじゃん!

伝えておきましょう。

親友

yokanさん、こんばんは!


>ちょうど利香さんがきているときでよかったわ、
 一人でいるよりは心強いもの。

利香は咲が辛いとき、寂しい時、いつも励ましてくれた親友なのです。そうそう……もう一人、あとから来るんですけどね。


>子供と一緒にいた母親もどうなったのかしら、
 そちらも気になる・・・

はい、詳しい状況については、次回!