10 忘却 【10-2】


【10-2】


『今週は、仕事が抜けられないので』



いつも楽しみにしていた月曜日、栞は初めてクッションを入れた。

この1週間を一人で過ごし、距離を置いてみようとそう自分自身に言い続ける。



『そうか、それは残念だな。1週間、気が遠くなるくらい長そうだ』



多田の返信は、明らかに落ち込んでいて、

栞はすぐにでも、なんとかすると言ってしまいそうになった。

しかし、朱音や良牙のことを思うと、

ここで負けてしまっては何もならないと唇をかみ締め、

空になったバケツを冷たい水で洗い続ける。

その日は、休憩という休憩もあまり取らずに、ただ、必死に仕事と向き合った。





朱音が仕事に出かけたため、夕食は栞がひとりだった。

特に何かを作る気力はなかったので、冷蔵庫を開けて、適当に取り出していく。

その時、戸棚の上に乗せてあったラジコン飛行機に目が止まった。


「ラジコンか……」


栞は材料をテーブルの上に置き、ラジコン飛行機を手に取ると、

一緒に置いてあったリモコンの中に、電池があることに気付く。

リモコンには、上下左右の目印がついていて、説明書には簡単な動かし方が載っていた。


「これを……何? 親指で動かすの?」


栞はリモコンを両手に持ち、テーブルの上にラジコン飛行機を置くと、

横にあった『ON』のスイッチを押した。

ランプが点滅し、動かせる状態だということがわかる。

栞は両方の親指を、グッと上に向かって動かした。

ラジコン飛行機は、一気に上昇し、天井に思い切りぶつかると、

その衝撃で下に向かうが、何を考えているのか、また上にぶつかっていく。


「エ……あ……ちょっと、何……」


上に動かしたのが悪いのかと思い、栞は両方の親指を、今度は一気に下へ動かした。

当然だけど、飛行機は床にドスンと落ちてしまう。

栞はコントロールに自信をなくし、横にあるボタンを『OFF』にする。


「なんなの、これ」


全く思い通りに動かないと、栞はリモコンを軽くテーブルに放り投げた。





栞が、ラジコン飛行機と初めて向かい合っていた頃、

陽人は、いきなり押し付けられた仕事と、格闘中だった。

積み上げられた書類を全てPCから呼び出し、訂正箇所をチェックするというものだが、

途中で指が止まる。


「ふぅ……」



『は? なんだお前、明日有給なのか』



特に、多田の機嫌を損ねる失敗をした記憶もなく、思い当たる節があるとしたら、

このコメントしか考えられなかった。

とはいえ、『有給』は認められている権利で、

そもそもそんなことで機嫌を悪くされることの方がおかしいと思うと、

また、別の理由がどこかにあるのかと、ためいきばかりが落ちる。


「あぁ……どうしようかな、夕飯」


営業部の時計が8時を示す頃、一人別仕事で外に出ていた仙台が、戻ってきた。

積みあがる書類を軽くめくり、何がどうしたんだと問いかける。


「多田部長が午後になって急に、これを全て見直せって」

「見直す? お前一人か」

「おそらくそうですね。みなさん、もう、帰られましたし」

「は?」


仙台は、隣に座ると、書類をめくり始めた。

確かに赤字で訂正されているところがあるけれど、

特に急ぎで準備しなければならないようには思えない。


「どうしてこれだけの書類……なぁ、新堂、何やったんだよ、お前」

「何もしていませんよ、この間の難題だって、うまくいったばかりですし。
まぁ、あえてあるとすれば」

「すれば?」

「明日、『有給』を取ったということくらいだと」


陽人は、そんなことなはいですよねと、仙台を見た。

仙台は黙ったまま、なぜか頷き始める。


「そうか、それはしょうがないな、ほら、半分俺がやるよ」

「しょうがない? エ……仙台さん。僕が『有給』を取ったという理由、それって」

「多田なら、それくらいの意地悪するかもしれないってことだよ」

「意地悪って」

「他に何かあったんだろ、そこにお前が『有給』だって言うから。
あぁ、こいつ、いいなぁ……くらいに思ったはずだ」


仙台は書類を半分にすると、上着を脱ぎ、PCを立ち上げる。


「いいなぁって……なんですか、それ」

「ほら、頑張るぞ、明日のために」


仙台は、文句を言っていても仕事は減らないと言った。

陽人は積み重なった書類が半分になったことを見ると、立ち上がる。


「すみません、いいですよ仙台さん。この後、予定があるでしょ」


そのセリフに、仙台は手に持った書類を軽く丸め立ち上がり、

陽人の頭をコツンと叩いた。


「なぜ、叩きます?」

「お前なぁ、恋人と別れたばかりの俺を捕まえて、
よくそういう無神経なことが言えるな」

「は? いや、だって」

「まぁ、いいよ、次に言ったら、プロレスの技をかけてやるからな。
ほら、さっさとやるぞ」

「……すみません」


陽人はPCの印刷ボタンを押すと、小さく頭を下げた。





「飛ばしてみたの?」

「うん、やっては見たけれど、天井にぶつかっただけ。無理だった」

「無理?」


仕事から戻ってきた朱音は、冷蔵庫からいつものペットボトルを取り出すと、

蓋を開け、飲みながらラジコン飛行機を手に取った。


「どれどれ」


朱音は、スペースはもっとあった方がいいと思い、自分の部屋に続く扉を開ける。

ダイニングと朱音の洋室は、扉を開けると直線になった。

朱音は、リモコンを手に持ち、軽く動かしてみる。

上に向けた指の命令に、テーブルの上に置いた飛行機が、ゆっくりと上昇し、

部屋の中に入った。


「あ……ほら、栞、見て」


朱音は、出来ると言いながら、今度は少し指を下に向ける。

飛行機はその命令通り、低空飛行で戻ってくる。


「うん、うん……すごい」

「何、それ」


栞は朱音の指を見ながら、なぜ自分の時には急上昇したのかと、首を傾げた。


【10-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント