10 忘却 【10-3】


【10-3】


朱音は、スイッチを動かし、飛行機は床に降りる。


「あぁ……緊張した。やだ、もう」

「やだって」

「やだ、やだもう、ちょっとなんだか楽しい」

「……は? 楽しい?」


予想外の答えに、栞は朱音に本当にそう思うのかと尋ねていく。


「思うわよ。意思が通じたっていうのか、なんなのかな。
あぁ……ちょっと、ここは狭いわ。でも気分いいかも、これを大空の下で飛ばすって」


朱音はラジコン飛行機を手に取ると、機体を軽くなでていく。

栞は、楽しそうな朱音から、ラジコン飛行機を奪い取ると、テーブルに乗せた。


「ちょっと貸してよ、それ」

「これ?」


栞はリモコンを受け取ると、もう一度チャレンジするつもりで、指を上に向けた。

それがあまりにも慎重になっているからなのか、ブーと音をさせているだけで、

機体は上がっていかない。


「うーん」

「もう少し力入れたら?」

「わかっているんだけど……」


結局、栞のフライトは成功しないまま、その日が終了した。





次の日、毎日朝寝坊の朱音とは違い、栞は支度を整えると、

ラジコンの飛行機を手に取った。

特に、朱音が栞より器用だと思うようなエピソードは過去にない。

栞は、洋室の朱音がまだ静かなことを確認し、もう一度リモコンを手に持ち、

指で指示を出した。ラジコン飛行機は、ふわりと浮き上がったので、

栞は指を少しだけ前側に向ける。

ラジコン飛行機も、その動きに合わせるように前へ動き、短い廊下を玄関方向に動いた。


「あ……出来た」


上に向かい、少し前に動いただけなのだが、栞の中には達成感が生まれた。

廊下に降りた機体をテーブルに戻し、また指を上に向ける。


「うん……」


同じように前へ動かすと、機体はまっすぐに進んだ、そのまま下を指示し、廊下に下ろす。

コツをつかんだのかどうか、よくわからない部分もあったが、

昨日に比べて、段違いに操作がうまくいき、気持ちも楽しく変わった。



『爽快感……』



「爽快感ねぇ……」


栞は飛行機の操作を終えて、いつもの棚の上に戻し、思わずそうつぶやいた。





栞は、店の前を掃きながら、スーツ姿の男性が通ると、すぐに顔を確認した。

以前、飛行機をくれた陽人は、あの川沿いにある広場で、

よくラジコンを飛ばしていたので、次はいつ、飛行可能なのかを聞いてみようと考えた。

朱音のように感動したわけではないが、少し多田と距離を開き、

互いの気持ちを見つめてみようと思う栞にとっては、

ラジコン飛行機が、頭の転換が出来る方法のひとつだと考えた。

現に、昨日も今日も、ラジコンを動かしている間は、

多田のことも、朱音や良牙の心配事も忘れていられた。

栞は、掃き終えたちりとりとほうきを持ち、店の隅に置く。

すると、売り場の方からまっすぐに歩いていく、スーツ姿の男性が目に入った。

栞は、陽人だと思いすぐ前に回る。


「……何か」

「あ……いえ、すみません」


それは陽人ではなく別の人間で、栞は頭を下げて店に戻った。





『新堂陽人』

名前を聞き、何度か店や通りで見かけたものの、

栞は、陽人の連絡先も知らなければ、住所も知らなかった。

栞は掲示板の前で、何やら貼り付けている男性に頭を下げ、店へ戻ろうとする。


「あ……会津さん、こんにちは」

「こんに……あ!」


掲示板の前で画鋲を持っていたのは、陽人だった。

栞は、思わず指で陽人の顔を、さしてしまう。


「ごめんなさい」

「いえ、どうしました」

「どうしましたって、新堂さんこそ、どうしてここに」

「あぁ……今日は仕事の休みを取って、ちょっと手伝いを」

「手伝い」


栞は、陽人が貼り付けていた掲示を、そこで初めて確認した。

『フライングループ』と書かれた紙には、部員募集という赤文字が入っている。


「これ、僕がお世話になっているラジコンの飛行機を飛ばす会なんです。
あ、ほら、川沿いで何度かお会いしましたよね」

「はい」

「新規会員募集が1月からなので、それで、今月、宣伝できる場所に、
色々と貼りだそうと言うことになりまして」



『フライングループ』



そのポスターには、年配の男性や小さな子供、

そして栞のような若い女性まで、

色々なメンバーが飛行機を飛ばしている様子が写真になっていた。

陽人は、四隅にしっかり画鋲をつけていく。


「先日、『ふえぞう』を納品させてもらった縁で、
店長に貼りだす許可をいただけて。どうです? 曲がってます?」

「いえ……」

「そうですか」

「あの……」

「はい」

「これ、私も参加できますか?」


栞の言葉に、陽人は一瞬、驚きながらも、すぐにもちろんですよと、

明るい返事をした。



『フライングループ 新年度会員募集』



「ラジコン、飛ばしてみたんですか」

「はい……部屋の中ですけど」

「どうでした? うまく行きました?」

「それが、昨日はとんでもなく難しく思えて、もうイヤだって放り投げましたけど、
今朝になってちょっと動かしてみたら、すぐにうまくいって」

「……ですよね、うまく行くでしょ、会津さんなら」


栞は、陽人がそう決め付けた意味がわからず、ただ、『はい』と返事をする。


「いやぁ……あの手先の器用さなら、絶対に大丈夫だと思ったんですよ。うん」


陽人は、以前、お店で花束を作ってくれたときの見事な動きに、

すっかり気持ちを持っていかれ、つい、2つ目を買ってしまったと白状する。


「あ……あれ」

「はい。営業部に飾るつもりだったので、ひとつでよかったのですが、
会津さんの花束作りが、あまりにも見事で、もう一回見せて欲しくて、つい……」


陽人は、両手をグルグルと回し、確かこんな動きでしたよねと笑ってみせる。

栞は、陽人の仕草の意味がわからず、首をかしげた。


「そんなこと、しましたっけ」

「してましたよ、こう……グルグルと」


陽人は両手で拳を作り、またグルグルと回しだす。

栞は、花束作りの工程を頭に浮かべ、それがどういう動作の時を示しているのかわかり、

軽く頷いた。


「あぁ……はい。こういう動きですよね」


栞は左手は固定されていて、右手だけがグルッと動くのではないかと、

再現をして見せた。陽人はそうですと、嬉しそうに笑い返す。


「グルグル……でしょう」


栞は、なぜ陽人が時間差でもうひとつを頼んできたのかがわかり、

そうですねと返事をした。


【10-4】



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