10 忘却 【10-5】


【10-5】


「新堂……」


陽人は目の前に座る仙台の声に、数秒遅れの返事をする。


「お前、いつにも増してボーッとしているけれど、大丈夫か」

「いつにも増してって、いつもそんなにボーッとしてますか」


陽人は、仙台に対してそういうと、ファイルを片付けていく。


「というか、報告書類、出し終わってるのか」

「……書類?」

「は? お前、まだなのか」

「まだも何も、そんなもの出せとは言われていませんが」


陽人は、仙台の言う意味がわからないと、少し首を傾げてしまう。


「言われてないって、あ、そうか、お前、去年の今頃、松本だな」

「はい」

「あのな、本社の営業部は、全員、報告書を作成するんだよ。
成果を上げたものに関して、どういう方針で営業をしたのか、
まぁ、それを見ながら来年早々上司との面接があって、で、次の計画をって、
お前、多田部長から聞かされてないわけ?」


陽人は、空になっている多田の席を見た後、何も聞いていないと首を振る。


「……マジかよ」

「はい」


仙台は、営業部まとめの書類は、多田よりも上の面々が見るものだから、

遅れるわけにはいかないと、そう忠告する。


「こっちに来てからのデータは、全て残っているよな」

「はい、それは残っています」

「それなら、すぐに取りかかれ。明日までに出ていないと、呼び出しだぞ」

「呼び出し?」

「あぁ……日曜だろうが、祭日だろうが、呼び出しだって」


陽人はすぐにカレンダーを見た。日曜日には、栞を指導しなければならない。

呼び出しを受けてしまったら、それも出来なくなる。


「フォーマットは、営業部のデータファイルケースの365だから。
それをコピーして、あとはデータを埋め込んでいけ」

「……はい」


陽人は仙台に言われる通りに紙を出し、さっそく報告書の作成に取りかかった。

退社時刻になれば、急ぎの仕事を抱えていないものは、営業部から消えていく。

午後6時前、外に行っていた恵利が戻り、陽人が残っていたことに驚きながらも、

二人で話が出来ると思い、すぐに席に座る。


「あ、お帰りなさい」

「はい……あの、新堂さんは、どうして」

「まとめ報告書のこと、僕は何も知らなくて」

「報告書……エ!」


恵利は、それくらい多田がしっかり教えているのだろうと思っていたと、

驚きの声をあげた。陽人は、いまだに姿を見せない多田の席を見る。


「どうしてなのかわからないんですけど、
僕は相当あの人に嫌われているような気がするんですよね」


恵利は、その陽人のセリフを、黙って受け入れた。

陽人は、恵利の反応がないことがわかり、笑い出す。


「どうして笑います?」

「だって、玉田さん、否定しないから。そんなことないですよとか、言わないでしょ。
つまり、それは僕が嫌われているということを、間接的に認めているわけで」

「あ……いえ、でも」

「いいですよ、明らかにそうですから」


陽人は気にしなくていいですよと言いながら、なんとしてもこれを終わらせて、

週末には飛行機を飛ばすのだと、気合を入れる。


「日曜日……ですよね」

「そうです。予報も晴れですしね」


陽人の言葉に、恵利は『そうですね』と頷き、

机の中に忍ばせてあるというチョコレートを、空腹対策のためにおいていく。


「あ、ありがとうございます」

「いえ」


恵利は、日曜日が楽しみですねというセリフを残し、それから10分後には、

営業部を出て行った。





陽人以外、誰もいない営業部に、多田が戻ってきたのはその後だった。

通り過ぎるかと思ったとき、陽人の真後ろで動きが止まる。


「何だそれ……明日提出だっていうのに、どうして今なんだ」


呆れたように多田に言われ、陽人は唇をかみ締める。

どうして教えてくれなかったのだと詰め寄りたいところだったが、

それをすることがばかばかしく思え、何も言わずに黙ってPCを続けた。

多田は、そのまま自分の席に戻ると、デスクからファイルを取り出し、

それを陽人が叩いているキーボードの上に、わざと落とした。

陽人は、ファイルを自分の手でどけて、また続きを打ち込もうとする。


「おい、残る気があるのならちょうどいい。それも明日まで直しておけ」

「エ……」


陽人は多田が落としたファイルを広げた。

それは、いつも提出しないとならない書類だったが、内容から見ても、

すぐに手をつけなければならないものだとは思えない。


「多田部長」

「なんだ」

「申し訳ないですが、これは後日……」

「ダメだ」


多田はそういうと席に戻り、椅子の背もたれに寄りかかる。


「いいか、新堂。有休を平気で取れるお前と違って、私は忙しい。
部下の未熟な書類を見たり、直したりする、時間がもったいないんだ。明日だぞ、明日」


多田はそういうと、携帯を開いた。

しばらくするとその携帯を、イラつく気持ちのまま、

バンという音をさせて、テーブルに置く。


「多田部長」

「今度は何だ」

「この、報告書類作成自体、僕は知りませんでした。
これは明日までという明確な期日が決まっています。それをまず……」

「何主張しているんだ、お前の不手際など、関係ない」


多田はそういうと、陽人を睨みつけた。

陽人は、一度大きく息を吐く。


「部長、何か僕がまずいことをしましたか」

「は?」

「東京の本社に勤務となってから、確かに、わからないことが多くて、
ご迷惑をおかけしているかもしれません。でも、僕は僕なりに仕事に取り組み、
『ふえぞう』のこと、他の商品のこと、懸命に……」

「グタグタうるさいんだよ、なんだお前、
私が理由もなくお前をいじめているとでも、言いたいのか?」


多田は、そういうと上着を羽織り、帰り支度を始めていく。


「何か理由があるのなら、ハッキリと教えてください。直せるところなら直し……」

「嫌なんだよ」


多田はバッグを手に取り、陽人を睨みつける。


「お前のなぁ……その存在自体が嫌なんだよ」


多田は陽人のことを指でさし、『はぁ』と息を吐いた。

その表情は、明らかに陽人を侮辱するようなもので、陽人は両手を握りしめる。


「とにかく明日だ、ガタガタ言うな」


多田はそう言い残すと、営業部の扉を思い切り閉める。

陽人は過ぎ去っていく足音を聞きながら、天井を見上げた。


【11-1】



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