11 喜びを運ぶ 【11-1】

11 喜びを運ぶ


【11-1】


「……ったく、どいつもこいつも」


多田は携帯を開き、メールを確認した。

否定的なことを言っても、自分が『会いたい』という気持ちを前に出すと、

今までの栞ならば、すぐに折れてくれた。

それなのに、今日は何も返信がなく、

多田は階段の途中に止まり、さらなるメールを打ち込んでいく。



『もしかしたら、僕は栞の気持ちを傷つけてしまったのだろうか。
ほんの少しの時間でいい。どうしても君に会いたいと思ってしまう。
わがままな男だと思うだろうが、今、どうしようもないくらい、
寂しくて仕方がないんだ』



多田は送信ボタンを押すと、そのまま階段を下りた。





栞は、そのメールを一人っきりの部屋で受け取った。

朱音が目の前にいるときには、多田と少し距離を置いてみるとそう言いきったが、

こうして誰もいない部屋で、『言葉』を知ってしまうと、

抱きしめられていた余韻が心まで支配し、何も出来なくなる。

携帯を開き、返信ボタンを押し、今すぐにでも待ち合わせ場所を決め、

その腕の中で眠りたいという思いが、どんどん大きくなっていく。


「あ……」


すると、いきなり携帯が揺れ、栞はすぐに相手を見た。

『新堂さん』の文字に、日曜日の予定が変わったのだろうかと、すぐに開く。



『日曜日ですが、動きやすい服装でお願いします』



栞はそのメールの内容があまりにもどうでもいい気がして、急におかしくなった。

栞が普段、どんな姿で仕事をしているのか、よく見ているはずなのにと、

思わず口元が緩み、笑みを浮かべてしまう。



『残念です。イブニングドレスでも着ようと思っていたのに』



栞は、陽人に向かって、そう返信した。

すると、数分後にまた陽人からメールが入る。



『そうでしたか。それは申し訳なかったです。
次回は、イブニングドレスや燕尾服でみんなが集合できるように、
僕からリーダーに提案しておきますので。それまでお待ちください』



栞は、陽人からの気の利いた返信に、自然と心に余裕が生まれ、

少し前までの切ない思いを、封印することが出来た。





次の日の朝、陽人は営業部のデスクに頭を乗せ眠っていたが、

自分のクシャミで目覚め、慌てて口元に触れながら顔を上げた。

デスクの周りには、報告書の失敗作と、成功したもの。

そして、多田への怒りをぶつけた訂正書類などが、乱雑に重なっている。


「まずい……ごちゃまぜだ」


陽人は席を立つと一度大きく背伸びをする。

休憩所に向かい、そこでブラックコーヒーの缶をひとつ買った。

寒い朝だったが、あえて冷たいものを選び、気持ちも目覚めさせていく。

そして営業部に戻ると、捨てていいものと、束ねなければならないものにわけ、

中身をじっくりと確認する。



『その存在自体が嫌なんだよ』



多田に投げつけられたセリフは、陽人にとって辛いものだった。

仕事の出来ではなく、ただ個人的な感情だけをぶつけているということは、

この先も、納得できない仕打ちが、繰り返されるかもしれない。


「よし……これでいいかな」


間違いの箇所を見つけ訂正を済ませると、印刷のボタンを押した。

しばらく待っているが、なかなか紙が出てこない。

陽人は席を立ち、プリンターの前に立つ。

インク切れのサインが点滅していた。


「はぁ……」


印刷をすぐに済ませ、駅と会社の間にあるファストフードの店へ行くつもりが、

機械トラブルに見舞われ、そこから動けなくなった。

インクを探し、なんとか点滅を終了させるが、それでもプリンターが動かない。

悪戦苦闘をしているうちに、営業部の時計は、

営業部以外の人間が通勤する時刻を示してしまい、廊下がだんだんと賑やかになる。

結局、陽人が全ての書類をやり直せたときには、仙台も恵利も、

通勤してくる時刻になっていた。


「お前、ずっと残っていたのか」

「はい」

「眠らなかったのですか」

「いえ、ここで寝てました、気付いたら」

「気付いたらって……」


恵利は、食事はどうしたのか、風邪でも引いたのではないかと、

陽人のことをあれこれ心配する。仙台は、今日は適当に外回りの理由を作って、

家に帰って寝て来いと、そう言った。


「いえ、今日は行かないとならないところがあって」

「なんだ、営業の約束か」

「営業というより……いや、もっと大切な気がするので」


陽人は、提出書類を多田のデスクに置き、社内配送用の袋に、年末の報告書を入れた。

そして壁にかかる時計を見る。


「ちょっと1時間くらい出てきます。で、また戻りますので」

「おい……大丈夫か」

「はい」


陽人は仙台に頭を下げると、営業部を出て行った。





陽人が向かったのは、栞のいる『FRESH GARDEN』だった。

スーパーの営業時間に合わせて、花屋の営業もスタートする。

その前に、『フライングループ』の入会案内を渡すつもりだった。

日曜日、すぐに記入しろというのでは、

急かしてしまうし、半分強制的に思えたからだ。

電車に乗り、その心地よい揺れを受けていると、自然とまぶたが下に向かう。

駅員の声に、その都度目覚めながら、陽人は『北山駅』を目指した。

陽人が栞の店に向かいますと打ったメールは、栞にしっかりと届いた。

その日は、本来遅番だったが、陽人が来るということを知り慌てて起きる。


「あれ? 今日は遅番じゃないの?」

「新堂さんが、書類を持ってくるって」

「新堂……あぁ、あの飛行機の」

「うん。入会資料なんて、日曜日でいいのに」


栞は冷蔵庫から牛乳を出すと、コップに入れて飲み干した。

朱音はすぐに何か作るよと声をかけるが、栞は大丈夫だと断り洗面所に向かう。


「めんどうな人だね、その人」

「ん? まぁね。でも、やってみたいですと言ったのは、私の方だし」

「ほぉ……」


朱音は、栞の中にある陽人のイメージが、

以前よりも少し変わっているのではないかと、そう思う。


「悪い人じゃないからさ、だから……」

「うん」


栞は、身支度を整え、申し訳ないけれど洗濯を頼むと朱音に言い残した。


「OK! まかせておいて」

「行ってきます」


栞は自転車のカギをつかむと、そのまま部屋を出て行った。


【11-2】



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