11 喜びを運ぶ 【11-3】


【11-3】


「あの、本当のことを言わせてもらうと、ラジコンの飛行機に興味を持ったというより、
生活の中で、忘れていたいことがあって。気分を変えるにはどうしたらいいかと、
色々と悩みまして」

「はい」

「みなさん、本当にそういったことが大好きな方たちなのに、なんだか自分の理由が、
どこか後ろ向きで、申し訳ないような気もしてしまって」


栞は、吐き出すつもりのない言葉を、自然と語った。

目の前に座る陽人が、バリバリ仕事が出来るわけではなく、

失敗を繰り返しているということを知り、安心できた。


「頭から追いやりたいことがあるってことですか」

「……はい」


多田と会うこと、多田を求めてしまうこと、

栞は、自分自身を、自分がコントロール出来るようになりたいと思い、

1週間のクッションを入れた。

しかし、少しでも時間が出来ると、多田の声を思い出してしまい、

手が携帯に伸びそうになる。


「大丈夫ですよ、全然、後ろめたくないです」


陽人は、自分も同じようなものだったと、ラジコン飛行機との出会いを語る。


「同じ?」

「はい。僕も『忘れてしまいたいこと』があって、始めたんです、ラジコン」


陽人はそういうと、自分の左胸を軽く叩いた。

栞は、その意味がわからず、黙ってしまう。


「会津さんに、何度か言われましたよね、『走ればいい』って」


陽人は、おにぎりが転がってきた日、そして、横断歩道での出来事を、

思い出しながら語っていく。栞は、そういえばそうだったと頷いた。


「大学2年まで、陸上競技に没頭していました。中距離走の選手で、
大学もそれなりに選んで、毎日練習して、試合に臨んで」


ウエイトレスが前に立ち、二人分の『パンケーキモーニング』をテーブルに置く。

一瞬会話が止まったが、ウエイトレスはすぐに席を離れた。


「それが、突然、グラウンドで倒れました。気づいたときには病院のベッドで、
何が起こったのか、理解で出来ていない状態のまま、医者に『陸上は諦めろ』と、
宣告されて」


陽人は、不整脈を起こす病気になったこと、日常生活で不自由はないけれど、

競技をするには負担が大きすぎると言われたことなどを、淡々と語った。

栞は、パンケーキを切ろうとしたが、先には進まなくなる。


「自分自身自覚がないので、大丈夫だって言い切って、
退院してからグラウンドに立ってみたけれど、でも、いざとなったら、
足が動かないんですよ。頭は忘れようとしているのに、体が覚えているんですよね、
倒れたことを」


陽人は、結局陸上を辞め、それから数回検査などで入院をしたこと、

そこでラジコン飛行機と出会ったのだと話し続ける。


「僕も、ラジコンに『やる気』なんてものは、何もなかったです。
一生懸命に取り組んでいたことを、取り上げられてしまって、
もう、人生なんてどうでもいいやって気分でしたからね。
そんな入院生活のとき、病院の中庭で、ラジコン飛行機を飛ばす子供がいて……」


陽人は、最初はその様子を見ているだけだったが、

担当医師が、その子供も担当していたため、数日後には自然と触れていたと話し続ける。


「会津さんの話と一緒です。別に飛行機なんてどうでもいいけれど、
それに集中しているときだけは、走ることを諦めたこととか、
もう、元には戻れないんだっていう現実を、忘れていることが出来たから」


栞は、多田のことを少し遠くに置きたくて、

すがれるものを探した自分の姿を思い出した。

部屋に置いていても、気にしていなかったラジコン飛行機が、

あの日はスッと目に入った。


「その男の子、病気の影響で、左の指を動かすことが少し不自由で。
飛行機のコントロールがうまく取れなくて、ぶつけてしまうこともあるのに、
それでも、全く諦めようとせずに、一生懸命でした。動かせる精一杯の動きで、
なんとかしようとしているんです。そんな姿を見ていたら、
僕は、まだまだ色々と経験することも、新しい出来事を受け入れることも出来るのに、
何を投げ出していたんだって、そう、思えるようになって」


諦めたものと、これから得られるかもしれないもの。


「そこからでした、ラジコン飛行機が『気分を変える』ということではなくて、
本当の意味で楽しめるようになったのは……」


陽人は、冷めてしまうので食べましょうと、栞に進め、

自分もフォークとナイフを使って、パンケーキを切り分けた。


「ごめんなさい、私、何も理由を知らなくて、『走ればいい』だなんて、失礼なこと」


知らなかったこととはいえ、配慮が足りなかったと、栞は陽人に謝罪をした。

陽人は、そんな必要はないですよと、すぐに言い返す。


「言いましたよね、別に命を取られてしまうようなことではなくて。
そう、今はもう、軽いジョギングならしてもいいと言われているんです。ただ……」


陽人は一度話しを止め、ふっと口元を緩めた。


「自分自身が怖いだけです。走ることがというより、走っていた頃の自分を、
思い出してしまう気がして、怖がっているだけなんです。
軽く走ってしまうと、これ以上を望めないのだという現実に、
ぶつかることが怖くて……」


陽人は、風を切り、足を動かしていた自分を思い出すと、

また、失ったものにとらわれてしまうのではと考えていることを、

正直に語っていく。


「……という、ダメで、弱いやつなんです、僕も」


陽人は切りわけたパンケーキを、美味しそうにほおばり始める。

上にかかったバターが、とろりと下に溶けていき、メープルシロップと絡み合う。


「だから、会津さんが気分転換に利用しても、1度体験して嫌だと思ったとしても、
全然問題ないですから。あ、そうです、嫌になったら、
また、置物にしてください」


栞はわかりましたと頷き、パンケーキを食べ進める。

カチャカチャという、食器を洗う音が、二人の耳に届いた。


「僕もこれから、少しずつ走ることを思い出そうと……」

「……エ、これからですか」

「はい。今、自分自身で話していてそう考えました。思い出したくないからと、
走ることを避けているのは、結局、過去に縛られているままじゃないのかなと」

「過去……」

「はい」


栞は、陽人の言葉を思い返しながら、『過去』という二文字を自分自身に当てはめた。

『愛風園』を出たこと、親に甘えた記憶がないこと、

そして、良牙に抱いた思いを、受け止めてもらえなかったこと。

栞は、『過去』を埋めてくれる相手が、多田だったのではないかと、

かけてくれた言葉や、贈られたプレゼントのことを思い出していく。



『幸せに気づけるよ』

『栞に似合うと思って……』

『僕には必要なんだ』



栞は、陽人と向かい合いながら、自分自身の『過去』とも、

向かい合うべきだと、そう思い始めた。





日曜日、晴天に恵まれた朝は、朱音の慌てた声で始まった。

栞は何を探しているのかと問いかける。


「あぁ、うん、いいんだ、たいしたことないから」


たいしたことがないと言いながら、もう1時間以上も、バタバタしているではないかと、

そう指摘をすると、朱音はそうだと動きを止める。


「メモが……なくてさ」

「メモ? どういう?」


栞は、メモなら雑誌の間にでも挟んだのではないかと言いながら、

持ち上げると、バサバサと動かしていく。


「どれくらいの大きさ? 内容は?」


栞がそう聞くと、朱音はこれくらいだと、手のひらの半分くらいの大きさを示した。

栞はもう一度、内容はどんなものなのかと問いかける。


「番号が書いてあってさ、通帳の番号」

「通帳?」


朱音は、実は、離れて暮らしている母親が、数日前に入院したのだと言いだした。

栞は、お見舞いには行ったのかと、尋ねる。

朱音はすぐに首を振った。


「どうして」

「顔を見ると、また色々と泣き言を言うからさ。だから嫌なの。
とりあえず、すぐに必要そうなお金、振り込んでおけば、文句ないだろうし」

「朱音……」


栞は朱音の辛そうな表情を、じっと見てしまう。


「あ、ほらほら、栞。急がないと、初フライトに遅れるよ」

「エ……あ、うん。でも……」

「大丈夫、どこかに……」

「そうだ」


栞はすぐに冷蔵庫を開け、半解凍するための場所を開ける。

中には、冷たくなった紙が1枚、確かに入っていた。


【11-4】



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