episode5 『スクープ! 責任は僕にあります』

episode5 『スクープ! 責任は僕にあります』

北風吹く2月。空を見上げれば、形の良さそうな雲がぽっかりと浮かんでいる。

その山がなんだか、2、3日前に俺の手の中にあった百合の柔らかい……


「ゴール!」

「羽田、お前は小学生か。1の次がどうして3になる」

「杉っぺぇ……3周なんかしたら、俺死んじゃうよ」

「……んなわけないだろうが! 早く行け!」


俺は自慢の右足で、サッカーボールを蹴るかのように、羽田の臀部を蹴り飛ばす……

いや、マネをする。


「あ、暴力教師、教育委員会に訴えてやる」


全く、今時のガキは、すぐなんでも教育委員会を出しやがって……、

時代劇の印籠じゃあるまいし、そんなものにビビる俺だと思うなよ。


「あぁ、言いたければ言ってこい。遅刻、忘れ物常習犯、1年2組羽田拓也と、
教員として絶大なる人気を誇る俺と、どっちを取るか賭けてやる」




……やばい、ちょっと言い過ぎたか?




「くぅ……」


羽田は苦虫をかみつぶしたような顔をして、ラスト1周へ向かって走り出した。

ん? 否定されなかったと言うことは、もしかして俺、人気者?


全校生徒が総動員となる、マラソン大会に向け練習の日々。

昨年までは川の周りを1周しておしまいだったのだが、正月に行われる『箱根駅伝』に

感動してしまった校長の急な方向転換で、今年からコースが変更された。

アップダウンの激しいこのコースは、本気で走るやつじゃないと、タイムなどでやしない。


「杉っぺ!」

「おう!」


柳本はゴールすると、倒れ込み大の字になった。こいつはサッカー部の期待を、

一身に背負っている1年生だ。


「昨日より、3秒遅いな」

「なんだよ……ちきしょう!」

「なぁ、柳本、ペースさえ乱さなければお前、間違いなく行けるよ、いちいち気にするな」


この人気教師のありがたいお言葉にも、サッカー部期待の星は、首をブンブン横に振る。


「だめだよ、杉っぺ。1年で勝てなければ、3連覇出来ないんだからさ」

「そうか……」


柳本が空を見上げながらそう言った。その視線の先には、そう、百合の柔らかい……に

似ている雲がふんわりと……あれ? もう一つ近づいてきた。これはまさしく……。


俺が空を気分よく眺めていたら、走り終えたやつらがまた一人、また一人、

目の前で大の字になる音がする。


「はぁ……疲れるけどさ、この瞬間っていいよな」

「あぁ……」


バスケ部の高田、いいねぇ、お前。青春してるよ、セリフが。

俺はそんなことを思いながら、百合の柔らかい……が左右揃うのを見つめていた。


「なぁ、柳本、あの雲二つ、何かに似てねぇ?」

「ん?」

「あ、そういえば……」




……ま、まずい! 冗談じゃないぞ!




「お前ら、全員立て! 寝ころがって空なんて見てるんじゃない!」


俺の声に驚き、男どもが一斉に立ち上がった。

そうだ、おまえたちが百合の柔らかい……を見つめるなんて、絶対に許せん!

早くこの場を離れようと学生の人数を数えると、一人足りない。あ、そうだ……


「羽田! お前は遅いから一人で戻ってこい!」


坂の途中を這うように上がっている羽田にそう声をかけると、

なぜかあいつのスピードが倍速になった。







……やるなら、最初からやれよ!






マラソンコースから戻ってくると、先に練習を終えていた女子とちょうどぶつかった。


「あ、百合ちゃん!」


レースはビリのくせに、俺より先に百合の姿に気付くなんて、羽田め、油断ならない男だ。

2階の音楽教室から窓を開け、こっちに手を振る、俺の百合……。


「百合ちゃん、俺、頑張ったよ! 頭なでてぇ……」

「俺も……」


ジャガイモどもが、急に元気を取り戻す。お前らなんて、しなびてしまえ!

……おーい、百合、こいつらをまとめた俺に、優しいねぎらいのお言葉は?


「2組のみんな、お疲れ様!」


……そうだよね、やっぱり……





授業終了後の体育倉庫で、備品をチェックしていると、同じように片付けをしにきた、

2組の橋本が入ってきた。


「あ、杉っぺ、何してるの?」

「何って備品のチェックだよ。お前は?」

「ねぇ、私さぁ、遠藤先生嫌い!」


全く、今時の学生はいつもこんな感じだ。質問には答えないくせに、

勝手に質問を重ねてくる。


「なんでだよ、遠藤先生一生懸命やっているじゃないか」


本当に一生懸命なんだぞ。ベッドの中でお前らのことばかり気にしていて、

時々エンジンかからなくなるんだから。


「男子には人気あるでしょうね、かわいいし。でもさ、あぁいう、清純っぽいのに限って、
影で悪いこととかしそうでしょ? そう思わない?」


あのぉ……その質問に、答える義務はあるでしょうか。


「橋本……」

「柳本なんてさ、百合ちゃん、百合ちゃんって鼻の下ばっかり伸ばしてるんだから」


ん? なんだ、そうか。そっちなのか。俺はにやけそうになる顔を必死で止める。


「ねぇ、杉っぺ。私、絶対に勝つから」

「マラソンか?」

「そうよ」


橋本の乙女心がチラチラと見え、なんだかこっちが照れくさいくらいだった。





「そう、橋本さんと柳本君って同じ中学なのよ。
橋本さんはサッカー部のマネージャーだったんだって。前に柳本君がそう言っていた。
きっと、彼が好きなのね」

「一緒に勝ちたいんだろうな……写真が残るだろ、校長室の前に」

「あ、そうか。ねぇ、どう? 勝てそう?」


百合は体をこっちに向け、そう真剣に問いかける。

あぁ、もう、なんでこんな話をしてるんだよ、雲じゃない柔らかいもの……が、

目の前に二つ揃ってるのにぃ!


「柳本は間違いないと思うけど、橋本は微妙だな」


杉原マシーン、指の関節を伸ばしながら、戦闘準備はOK?


「橋本さん、勝たせてあげたいな。4月からニューヨークなのよ。
お父さんの転勤について行くんだって。転校前の思い出になるじゃない」

「転校かぁ、歩いてくるわけにはいかないもんな……」


俺のナイスな返しに、一瞬、百合の目が冷たくなる。冗談ですよ、冗談。

あれ? 好きでしょ、こういうの。


「1組の白石も強いんだよ、持久走系は」


こういう時は、すぐに通り過ぎた方が無難。こだわりすぎて何度もチャレンジすると、

大きな被害を生み出す可能性あり。


「白石さんか。彼女って頑張りやなのよね、この間音楽の授業の時……」


杉原マシーン、別名俺の右手、百合ちゃんが別の方向を向いている間に、

順調にターゲットへ向かって前進中!


「英単語を勉強していて……」

「は? それダメだろうが。百合の授業だろ」

「それはそうなんだけど、試験前だったし、それに、終わったらすぐに職員室に来て、
先生ごめんなさいって……そう言われたら怒ることが出来なかったのよね。
一生懸命なのが伝わってきて……」


一生懸命を伝えれば、怒られないんだな……。

杉原マシーンはその情報を得ると、一気にターゲットへ……一生懸命進むのみ!


「ちょっと!」

「は?」


素早い百合の手が、杉原マシーンをターゲットから払いのけた。そんなに強く叩いたら、

精密機械のような動きが出来なくなるぞ!

一生懸命な人には何も言えないなんて言いながら、俺にはずいぶん反応が早くないか?


「杉原先生のエッチ!」

「エッチ……って、百合。あのさぁ……」

「人の話なんて聞かずに、いやらしいことばっかり考えているんでしょ!」


いやらしいことって、キューピーさんみたいな格好して隣に寝ているくせに、

あ、いや、スタイルは違いますよ、もっと素敵ですけど……。そんな格好をされて、

他に何を考えればいいんだよ! 世界平和か? それとも物価上昇か?

俺は修行僧じゃないんだぞ、雑念ばっかりが脳みそに入っています! ふん!


「おやすみ!」


エ、うそ、うそでしょ? そんな悩ましい格好で寝てしまうわけ? そんなぁ……


百合はクルリと俺に背を向けると、大事な布団を思い切り自分の方へ引っ張った。





背中が寒い……




いや、心が寒い……




なんだよ、百合! こうなったらな、夜中に柔らかい山登りじゃなくて、

ふもとにある森の中の洞窟探検をしても、知らないからな。

俺の杉原マシーンをなめるなよ!


しかし、真夜中、杉原マシーンは極度のしびれで操縦不能になる。

自分の右手に全体重が乗っていた、俺の寝相ってちょっと変なのかもしれない。





はぁ……もう、何もかもが寒い……





それから1週間後、柳本のことで、学年会議が開かれた。僕らのリーダー46歳独身、

林先生が話し出す。


「手術の成功率は20%だそうです」

「20%? そんな……」


柳本には病気の母親がいて、その手術が近くなっているというのだ。

しかし、父親から聞いた話だと、成功する確率は20%で、難しいのだという。

それでも治す方法はそれしかなく、家族は究極の選択を迫られた。


「……まだ……小学生の妹さんがいるのに……」


百合の目から涙が溢れ出す。いきなり臨時で担任になり、

こんな出来事に遭遇するなどとは、思っていなかっただろう。


「遠藤先生、しっかりしてください。あなたがメソメソしてもしかたないのよ」

「……はい」


林先生はそう百合に強く言うと、校長の呼び出しに会議室を出て行った。

邪魔者は消え、俺と百合だけになり、つい右手が百合の背中に回る。


いつもなら何をするんですかと、おっかない表情を見せる百合も、さすがに辛かったのか、

俺の方へもたれかかり、結局両手で百合を抱きしめてやることになった。


「大丈夫だよ、成功するから……な」

「うん……」


よっしゃ、このままどさくさに紛れて、顎あげちゃおうか! と自分の顔をあげたら、

カーテンの向こうで、一度出た頭が引っ込んだ。


「……」


誰だ! 絶対に今のは人の頭だった。そう思った瞬間、一気に血の気が引いていく。





……学生にばれた!




俺の頭の中で、小さな俺があれこれ、あちこち動き出し、しまいには除夜の鐘……、

いや、ウエディングベルを鳴らし始める。これは男として責任を取らないと。

百合がいい加減な教師に思われてしまう。まずは籍を入れて、結婚式はどうしよう。

金……金はないから、ボンレスに電話して、『二人のバカンス』とかいう通帳を

解約してもらおう!


「杉原先生、離して。林先生が来ちゃう!」

「う、うん……」


百合、それどころじゃないかもしれないぞ。そう言いたくなったけど、

ここはグッと我慢した。





それからというもの、廊下で学生が笑っていると、自分のことかと思う日々が続く。

職員室では校長の動きをチェックし、いつ呼び出しをされるのかと、ドキドキする。

しかし、結局何も起こらないまま、マラソン大会当日になった。


ゴール担当の川口先生と準備をしていると、百合と林先生が二人で話しているのが見えた。

百合は何かを言われすぐに口を覆い、何度も林先生に頭を下げている。




『遠藤先生、杉原先生が素敵なのは仕方ないけど、あなた、学校でラブシーンなんて
いったいどういうことなの? 金曜日のお泊まりまで我慢できないの?』

『す、すみません、林先生。あまりにも彼が素敵だったから……
いつも、心は彼のそばにあるんです……』

『まぁ……罪な男ね、杉原先生も……』



……そんな会話をしているような、してないような……


頭を何度も下げていた百合が、ついにハンカチを取り出して泣き出した。

これはやっぱりバレたのだ。学生の親だろうか、それとも、校長だろうか、

きっと、俺たちのことを責めているに違いない。


俺はすぐに持ち場を離れ、百合の元へとかけだした。林先生、46歳独身のあなたには、

刺激的かもしれませんが、俺は、俺は百合を愛してるんです! 百合を責めずに、俺を!


「林先生、そういう話はまず俺に言ってください!」

「は?」

「遠藤先生にいきなり言うのは。まずは俺に……。責任は男である俺の方に……」


あれ? 一気にそう言ってみたものの、林先生はポカンと口を開け、

百合はなんだかその後ろから、冷めた視線を向けている。


「杉原先生に先に言わないといけなかったのかしら。このことって……」

「あ……えっと……」

「柳本のお母さんの手術、成功したそうだけど……」


百合が林先生の後ろから、口パクで確かに『バカ!』とそう言った。





……はぁ……心に北風が吹き抜ける……。このままだと、凍り付きそうだ。





……誰か、俺を南の島へ!





お母さんパワーと愛のパワーで、1年の優勝は柳本と橋本に決まった。

校長室前に貼られる写真に、二人並んで収まる。


「ほら、柳本、橋本にもっとくっついて!」

「余計なこと言わないでよ、杉っぺ!」


何言ってるんだよ、橋本。嬉しいって顔に書いてあるぞ!

この写真はあいつに、1枚1000円で売ってやろうと、俺はそう決めた。





橋本が転校する前日、体育倉庫を整理している俺のところへ、ふらりと現れた。


「杉っぺ、お世話になりました」

「何、言ってるんだよ、気持ち悪いな。向こうに行っても頑張れよ!」

「うん……あのさぁ……」

「ん?」

「私、柳本が世の中にいなかったら、きっと杉っぺを好きになっていたよ」


橋本は嬉しそうにそう言うと、目の前に置いてあった跳び箱を

抱きしめるような仕草をした。


「……」

「うふふ……、心配しないで。ニューヨークまで、持って行くから!」





お前か! あの頭は!




驚き顔の俺を残し、あいつは笑いながら走っていった。

心臓が……ドッキンドッキンと音を立てております。





「ねぇ、見て、ニューヨークの30階建てマンションだって」

「さすがに規模が違うな……」


橋本が転校してしばらく経ってから、百合にハガキが届いた。

ベランダで、嬉しそうに笑うあいつが写っている。

そこには手書きで吹き出しが書き込まれていて……



『杉っぺと百合ちゃんは、しっかりできちゃってるんだぞ!』



ご丁寧に、ハートマークまでちりばめられていた。


「……ったく、まぁ、いいか百合。どうせ海の向こうだ」

「うん……」


百合が嬉しそうに目を閉じ、俺は橋本に見せびらかしてやりたいくらいの

熱い、熱いキスをした。


携帯電話のメールが、届いていることも、気付かずに……



『ちょっと、バカ息子! 通帳解約してくれって、あんた何をしでかしたんだい!
学生にでも手をつけたのかい? 連絡よこしなよ!   母より』





杉原、お前の下の名前はなんなんだ!……

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コメント

非公開コメント

(*^o^*)ドキ!

いつも楽しく読んでますよ

頑張れ~日本男子~
いずれ責任取る日が来るよ~
なんの責任?
まっ婚前なんちゃら実行してるし・・・(爆)なんちゃって



『ちょっと、バカ息子! 【 事情 】、あんた何をしでかしたんだい!
連絡よこしなよ!   母より』
まったく同じ文章で息子に送っ事あるんだ私 ~
しかも数回~イカルはははつよしかな  p(`ε´q)ブーブー
だから大笑いしたもん
(*^o^*)ドキ!ドキ!!(*゜O゜*)バクバク

見てたの???ももんたさん?

トホホな杉原先生

こんにちは!!e-320

杉原先生の頭の中は百合っぺでいっぱい?
授業中も柔らかい山ばっかり考えて……。

百合先生は真面目なんだか天燃なんだか
キューピーさんみたいな恰好になってから
しなくてもいいんじゃない、生徒の話。

杉原先生“M"なのか惚れた弱みなのか
寒い心と背中そして痺れた手のあんたが………


おもしろい!!

妄想が暴走して解約した通帳を使えるのは
いつの日になるやら・・・・・・・。e-444トホホ


     では、また・・・。e-463


親子のメール

ナタデココさん、こんばんは!


>『ちょっと、バカ息子!……』
 まったく同じ文章で息子に送っ事あるんだ私 ~

あはは……本当に?
でも、仲良しなんだろうな。こんなメールを送れるなんて。

まぁ、杉原の妄想のみで、進んでますので、
いつ、進展するやらわかりませんが、
楽しんでもらえたら、嬉しいです。

天然百合ちゃん

mamanさん、こんばんは!


> 杉原先生の頭の中は百合っぺでいっぱい?
 授業中も柔らかい山ばっかり考えて……。

ねぇ……。
でも、以外に人間って、こんなものかなと、
理想と現実の狭間で、揺れる私です(笑)


>百合先生は真面目なんだか天燃なんだか

いや、完璧なる天然でしょう。
じゃなけりゃ、今の時代、先生とはいえ、彼氏を
『杉原先生』の呼び方統一! はないよね。

おもしろい! と思ってもらえなくなったら、
その時は、潔く、引っ込みます(笑)

いちおう教師だよ

yokanさん、こんばんは!


>杉っぺ、面白すぎです^m^女子高生の乙女心や、
 生徒の親の手術などの内容もあるのに、
 杉っぺのお陰で記憶に残ってないじゃ~ん!

キャー! 記憶に残してください。
結構、いい加減なようで、ちゃんと教師をしているんですよ、
杉原も(笑)

ただ、百合ちゃんのことが膨らむと、妄想一直線ですが。

オチも笑ってもらえてよかった……

この話を、どう進展させるかが、私の課題です。