15 嫉妬心 【15-5】


【15-5】


そして、その次の日曜日。

栞はお店を華に頼み、再び、ラジコン飛行機を自転車に乗せ、川へ向かった。

少し痛みのあった足もすっかり完治し、自転車は快調に進む。

人の輪を見つけ、自転車から降りると、下り坂をゆっくり進む。


「あ……会津さん」


栞に気付いた陽人は、すぐに自転車に駆け寄った。


「今日は、今年最後の飛行会です」

「はい。今日は傷つけないように、頑張ってみます」


栞は自転車を止めると、陽人に治してもらった飛行機を、箱から取り出した。





その頃、多田は車を運転し、ある駅の前で止まった。

電車がホームに入り、人が出てき始める。

改札を出て、少し不安そうな女性を見つけ、軽くクラクションを鳴らす。


「あ……」

「こっち……」


多田の車に気付き、嬉しそうに近付いてきたのは、

朱音がヘルプに入った店で知り合った、あの『アンナ』になる。


「嬉しいよ、こうして会ってくれて」

「いえ……そんな」


多田は運転席を出ると、反対に回り、助手席のドアを開けた。

『アンナ』はありがとうございますと中に入る。

運転席に戻った多田は、駅前はうるさいからすぐに出発しようと声をかける。

車はすぐに走り出した。


「今日は、『アンナ』ちゃんの……あ、そうだ、『アンナ』ちゃんはないな、
ここはお店じゃないし」

「はい……」


『アンナ』は恥ずかしそうに、下を向く。

多田は、その姿を目で捉え、口元をゆるめた。


「名前、教えてくれるよね」


多田は、『アンナ』に向かってささやくように言うと、

右折をするために、ウインカーを出した。





「ありがとうございました。今日は本当に集中できました」

「いえ、さすがに僕の見立てだけあるなと、感心しました」

「感心?」

「そうです、やっぱり会津さんは器用だなと」


陽人はそういうと、汚れた機体を軽く拭き取った。

栞も同じように機体に触れる。


「器用ではないです。思ったとおりうまくいったなんてこと、今までずっとないですし」


栞は、自分の人生は、いつも失敗ばっかりだと、そう言った。

陽人はその言葉を聞きながら、栞に飛行機を貸して欲しいという。

栞は、持っていた飛行機を、陽人に渡した。


「いいか、人生の傷は、頑張ってきた証だ」


陽人はそう言った後、照れくさそうに笑う。


「なんですか、今の」

「はい、僕の先生が昔、そう言いました。陸上を諦めて、悔しい思いをしていたとき、
陸上を諦めたという傷が、心に出来たかもしれないけれど、それは無駄じゃなくて、
頑張ってきたという証拠になるって。傷がない人間なんて、信用できないぞって」


陽人は受け取った飛行機を、また丁寧に拭き始める。


「ようするに、挫折をしたことのある人間の方が、いいって励ましだったと思います。
循環器科の若手期待の星に、挫折だなんだって言われることに、違和感ありますけど」


陽人はそれでも、その言葉が自分を楽にしてくれたと笑顔を見せる。


「僕も、人生思い通りにならないことばっかりですよ。
陸上をしていた頃は、将来、オリンピックに出られるかもしれないなんて、
思ったこともありましたし、『しなくら』に入社する時だって、
もっと、ガンガン仕事が出来るような気になってました。でも……」


陽人に磨かれた機体は、栞の手元に戻る。


「現実には、頑張っていると思っていた支社から、急に飛ばされましたし、
なぜだかわからないけれど、上司にはにらまれるし……。それでも、ほら、
こうして前向きです」


陽人は一度胸を張るような仕草を見せたが、すぐに首を振る。


「いや、前向きでもないな……なんだかかっこいいこと言っているけれど」


栞を励ましているつもりの陽人は、すみませんと頭を下げた。

栞は黙って首を振る。


「新堂さんの言いたいこと、わかる気がします。いえ、よくわかりました。
悩んで下を向いているよりも、前を向いた方がいいってことですよね」

「……かな」


陽人はそういうと、楽しそうに笑った。

栞は、その柔らかい表情に、自然と笑顔になる。


「はぁ……」


冬の寒い空気を、ゆっくり鼻から吸い込み、そしてはき出していく。


「来年こそ、いいことがたくさんあるといいな」

「はい」


二人は、別の人が飛ばしている飛行機を見ながら、

どこまでも続く空に、思いをはせた。





カレンダーは年末になり、

陽人は多田を営業車に乗せると、世話になった会社へ年度末の挨拶に出かけるため、

大通りを走った。後部座席では、多田が『DOLL』と表紙に書いた手帳を取り出し、

なにやら書き込み始める。



『また会えるかな』

『はい、もちろんです。多田さんとお話ししていると、とても気持ちが安らぐし』

『それは僕も同じだよ』



多田は、『アンナ』の本名『加納久美子』という名前を聞き出し、

新しいページに記入した。

そこにはまだ、日付が書き込まれていないが、『プレゼント』の場所には、

『ピアス』の文字が入る。


「新堂」

「はい」

「お前、あの店に寄れ」

「あの店?」

「ほら、あの花屋だよ」


多田は、そこで花束を一つ買ってこいと、そう言った。

陽人は、どうするのですかと多田に尋ねる。


「お前、取引先の役職が、どういう年齢になっているとか、
転勤予定があるのかどうかとか、調べていないのか」


多田は、前任者が今年で定年を迎えるのだと話した。

陽人はそうだったのですかと、バックミラーを見る。


「だからお前はダメなんだよ」

「すみません」


陽人はそう言いながらも、またお店で栞に会えると思い、

自然と表情が優しくなる。

多田は、その表情の変化をミラーで確認しながら、軽く舌打ちをした。


【16-1】



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