16 恋の訪れ 【16-1】

16 恋の訪れ


【16-1】


栞は、いつものように店の前を整えながら、本年度最後の花たちを並べ直した。

明日からここは年始用の飾りを売る場所になるため、年末3日間は、

別店舗の手伝いが予定されていた。

バケツの水を入れ替え、鉢植えの値札を邪魔にならない場所に立てる。


「華ちゃんはどこ?」

「私は銀波店です」

「うわぁ、忙しそうだね」

「はい」


栞はラッピング用のフィルムやリボンを箱から出すと、いつもの場所に並べていく。

『スーパーSAIKOKU 野木平店』も、年末年始の慌ただしさの中にあり、

いつもよりパート社員の数が多い。

冷たい水に、時々両手をさすりながら、栞は開店時間を迎え、

そして積極的に店頭に立った。


「こんにちは」

「あ……こんにちは」


店を訪れたのは、以前、この場所で鉢植えを買った女性だった。

それから鉢植えと生花を、よく購入するお得意様になる。


「お買い得、何かある?」

「これはどうですか?」


栞の勧めに、女性は鉢植えを持ち、そうねと頷いた。

栞はふと陽人のことを思い出す。


「これいただくわ。前にここで買った鉢植えも、とってもいいものだったし」

「ありがとうございます」


栞は鉢植えを受け取り、それをビニール袋に入れる。

お金を受け取り、女性を送り出した時、そばにスーツ姿の男性が立った。


「あ……」

「こんにちは」


陽人の姿に、栞は、思わず鉢植えの売れた場所を見てしまう。


「あの……」

「花束、作っていただけますか」

「あ……花束ですか」

「はい」


陽人は、値段を話し、内容はお任せしますとそう言った。

栞はかしこまりましたと店の中に戻る。


「お渡しするのは、定年退職をされる男性です」

「はい、少々お待ちください」


栞は花を選ぶと、左手にまとめ右手の動きで花束にしていった。

陽人は、またあの作業が見られましたと、楽しそうに笑う。


「この間の花かごも、とっても評判がよかったですよ」

「本当ですか」

「はい。そうしたら最初はどうでもいいって言っていた上司が、
急に自分の手柄のように言い出して」

「自分の手柄……ですか」

「はい。何を言っているんだよと思いましたけど、でも、まぁいいかと」


陽人はそう言いながら、栞の手元を見る。


「また、この作業、見られましたから」


陽人が栞と話す姿を、多田は駐車場にある車の中から見ていた。

何を話しているのかはわからないが、陽人の顔も、栞の顔も、

楽しそうであることは間違いなく思え、気づくと、また自分は爪を噛んでいた。


「別に、別れたいのなら、それでもいいんだけどね、ただ……」


栞は、できあがった花束を、陽人に渡している。


「目の前にいるのが、新堂っていうのが、腹が立つんだよな……」


多田は、携帯から栞のアドレスを呼び出すと、慣れた手つきで文章を打ち込み始めた。





多田の提案通り、栞の作った花束は、定年退職を迎える取引先の相手に渡された。

長いつきあいへの感謝なども互いに述べ、いい雰囲気のまま会社を出る。

このまま営業部に戻るのかと思っていたが、多田は少し回り道をしてほしいと言いだし、

陽人は若い女性に人気があるという、『ジュエリーショップ』に立ち寄った。


「娘にクリスマスで頼まれているんだよ、ちょっとここで待っていてくれ」


本来、個人的な買い物に立ち寄る予定はなかったが、

ここでまたあれこれ言うのもと思った陽人は、黙って運転手に徹した。

そして、会社まで30分となったとき、多田の携帯が鳴り出す。

多田は、相手を確認し、慌てて受話器を開けた。


「はい、多田です」


相手は、多田の上司になる本部長からで、どこに行っているのかというものだった。

多田は、取引先の挨拶回りから戻るところだと説明する。


「はい……あ、エ! あ、はい、すぐに」


多田は受話器を手で押さえる。


「おい、新堂」

「はい」

「あと戻るのに何分だ」

「30分くらいだと」

「10分縮めろ」


多田は、急に社長が営業部に顔を出すことになったから、すぐに戻れと言われたと、

急に慌てだした。陽人はしっかりとハンドルを握り、信号待ちをする。


「……ったく、大事な話は前もってしておけよ」


いつも持つバッグを開けると、中からリップクリームを取り出し、

唇に塗り始める。するとまた携帯電話が鳴り出した。

多田はバッグを横に置き、受話器を開く。


「はい、多田ですが」


相手は本部長で、また別の話が告げられる。

多田は、終始『はい』と返事をし、受話器を下ろした。


「新堂、おい、急げって。社長がもう着くらしい」

「部長、急げと言われても……」


陽人は多田のいらだちを感じながらも、赤信号を飛び出すわけにもいかず、

交通ルールを守り、また走り始める。

そして、あと少しで『しなくら』というとき、突然横から子供が飛び出した。

陽人はすぐに急ブレーキをかける。


「うわ……」


後部座席の多田はシートベルトのおかげで、なんとか前にぶつからずに済むが、

重なる電話に、開けっ放しとなっていたバッグが下に落ち、

中身が飛び出した。


「おい、新堂」

「すみません、急に子供が……」

「あ……」


二人の前を社長が使う車が通り過ぎた。多田はシートベルトを外し、

下に落ちたペンやリップを拾い、バッグに戻す。


「おい、止まれ、ここでいい。駐車場に入っていったら、社長よりも遅くなる。
ここで下ろせ」

「はい」


陽人は駐車場に入る入り口手前で止まり、多田は後部座席を飛び出した。


【16-2】



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