16 恋の訪れ 【16-4】


【16-4】


「中……見たのか」

「いえ……」

「だったらどうして俺のだと思う」


手帳の一番後ろに『ラブホテル』の会員証が入っていたとは言えず、

陽人は横に下ろした手を握りしめる。


「運転中に急ブレーキをかけたので、もしかしたらその時にと、思って」

「……思って……で、ずっと持っていた……と」


多田は、一瞬驚きの顔を見せたが、だんだんと怒りの表情に変わり出した。

陽人は雲行きの怪しさを感じながらも、頷くだけになる。


「見ていない……と」

「はい」


中身を見ていないというのは、陽人の真実だった。

多田は、表情を変えない陽人をしばらく見ていたが、急に楽しそうに笑い出す。


「部長……」

「あはは……笑えるな、これは。お前が拾ったか……」


多田は手帳を受け取ると、今度は陽人に挑戦的な目を向ける。


「まぁ、これも何かの運命だと、そう思え」


多田の言葉の意味がわからず、陽人は黙ったままただ立ち続ける。


「何が書いてあるのか、お前に教えてやろうか」


多田はそういうと、ページをめくろうとする。


「いや……今は辞めておこう。今日は社長にいい言葉をいただいた。
気分を害するのももったいない」


多田はそういうと手帳をポケットにしまう。

陽人は『失礼します』と頭を下げ、そのまま営業部へ戻った。





その年の暮れは、お店のない朱音と一緒に除夜の鐘を聞き、

そして新年になる朝、一緒に初詣へ向かった。

栞は破魔矢を買い、川沿いの道を歩く。


「もう明日からお店なの?」

「そうだよ。スーパーの初売りと一緒にスタートするの」


栞はそういうと小学生くらいの子供が、父親と一緒に凧揚げをしているのを見た。

凧はうまく揚がったように見えたが、すぐに落ちてしまう。


「朱音」

「何?」

「私、年が明けたら、多田さんと会うことに決めた」

「……栞」

「勘違いしないで。会うってこれからも付き合いを続けるということじゃないの」


栞は、朱音に大丈夫だと胸を張る。


「ここで飛行機を飛ばして、思いがけず足を怪我したでしょ。その時はまだ、
全然振り切れていなかった。だから考え事して、ラジコン傷つけて」

「うん」

「部屋にいても、多田さんからメールが届くと、
すぐにでも行きますって言いたくなる自分が嫌なのに、
でも、気持ちは反対側を向いてしまって」


栞はまた一歩ずつ歩き始める。


「でも、その苦しさを耐えていたら、なんだろう、
多田さんからメールが届いても、どこか冷静に、離れた視線で読めるようになっていて」

「離れた視線」

「うん……考えることが変わってきた」


栞は、もっと花のことを勉強したいし、お店のレイアウトなど、

自分の出来ることが増えたらいいなどと、考えるようになったと言った。

朱音は、栞の目を見ながら、本当に振り切ったのだとそう思う。


「だからきちんと会って、お礼と、挨拶をしたいの」

「うん」

「今日、この後、良ちゃんにも電話するつもり」

「良ちゃんに?」

「そう。ちゃんと宣言するの。私は……変わるって」


栞の宣言を聞きながら、朱音は何度もそれがいいよと、頷いた。





「あぁ、うん」


その日の午後、栞は良牙に連絡を入れた。

良牙が穏やかな顔で頷いているのを見ながら、すみれはこたつの中でみかんの皮を剥く。


「本当に大丈夫なのか、会ったらあれこれまた言って来るぞ」

『言われても絶対に大丈夫。自分で自信がある』

「……自信か」

『うん』


良牙はそれなら頑張って来いと栞との電話を切った。

携帯をこたつの上に置き、すみれが剥いたみかんを持つ。


「栞ちゃん、なんだって?」

「うん……あいつ、あの客の男と別れる決心がついたって。
だから、自分から連絡をして、きちんと会って話すって」

「本当?」

「あぁ、年末に会ったときにも、そういう予感はしていたけれど、
思っていたよりも、大きく動いたな」

「そういう予感って?」


すみれはまた、自分の分を剥き始める。


「あいつ、気付いていないんだけどさ、心が動いているってことに」

「心が?」

「そう。足の怪我のことを聞いている中で、なんていったかな……あ、そうだ、
新堂とか言っていたな。その男のことを楽しそうに話してた」

「新堂さん」

「あぁ。『しなくら』の社員で、栞にラジコン飛行機をくれたらしい」


すみれはみかんの房をひとつ取る。


「ラジコンの飛行機をくれたの? へぇ……」

「彼の趣味なんだって。まぁ、栞とはちょっとした縁で何度か会うようになって、
で、お礼のつもりでくれたらしいけれど」

「そうなんだ」

「……だといいな」


良牙のつぶやきに、すみれは何? と聞き返す。


「気持ちが優しい、いい男だといいなと思ったんだ」


良牙の言葉に、すみれは大丈夫よと笑ってみせた。





『多田さん ご都合のいい日で構いませんので、一度お会いしたいです』



栞から新年初めて届いたメールは、どこか堅苦しいものだった。

多田はそのメールを、都内のレストランで見る。


「どうしたんですか、お仕事?」

「いや、ちょっとへこみそうなことがあってね」

「まぁ……」


目の前に座るのは、朱音のヘルプ店で出会った『アンナ』だった。

親元から飛び出した彼女には、年末年始と言っても、帰る場所はない。


「でも、目の前に君がいるから、なんとか頑張ろうと思えるよ」

「多田さん」

「君はきっと……僕にとって、人生最後の女神なんだろうな」


『アンナ』はその言葉を聞き、頬を赤らめながら、紅茶のカップを取ろうとする。

多田はその手を両手でつかむ。


「もっと……君の声を近くで聴きたい」


そう言いながら、多田は『アンナ』を見る。


「はい……」


『アンナ』の返事に、二人はレストランの席を立った。


【16-5】



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