16 恋の訪れ 【16-5】


【16-5】


初売りのスーパーは、いつもより多くの客で賑わった。

栞も華も、フル回転で接客をする。

売れた花の補充、そして仏壇用の花など、購入客のリクエストは色々で、

気付くといつも昼食を取る時間より、1時間も過ぎていた。


「あぁ……すごいね、今日」

「はい。今時、新年でも家族旅行とかしないんですかね」

「している人はしているよ」


栞は華に先に休憩を取るようにと指示をする。

華はそれではと言いながら、スーパーの中に入っていく。

すぐ左側に、男性が立った。

その足元を見て、栞は顔をあげる。


「あ……」


その男性は、スーツ姿で革靴を履いていたが、陽人ではなかった。

隣には、同じようにスーツ姿の女性が旅行用のスーツケースを引っ張っている。

まだ新年が明けたばかりで、仕事も始まっていない。

ここに陽人が立つことなどないのはわかっているのに、スーツ姿の人を見ると、

そう思ってしまう自分がおかしくなった。


「すみません、これ、ください」

「はい、すぐに行きます」


また別の客が店頭に立ったため、栞は切りそろえた花たちを手に取り、

バケツに入れた。





栞が仕事に頑張っている頃、朱音は電車に乗り、母のアパートを訪ねていた。

何度か扉を叩くが、返事はない。

カーテンが全て閉められているので、中の様子もわからない。

働いているわけではないし、親しい友人がいるわけでもないので、

部屋にいる確率が一番高いと思っていた。

何度かノックをしても、反応がないことが逆に怖くなり、

朱音は郵便入れの場所を押し、何とか中の空気感を探ろうとした。


「ねぇ、いないの? ねぇってば」


隙間から見える様子だと、玄関前に倒れているとかではなさそうだった。

それでも、荒れた生活が想像できるようなお酒の瓶や缶が、

疲れ果てた臭いとともに、朱音に向かってくる。

入院し、手術するように言われている患者が、到底していい生活とは、

言えない気がして、朱音は手を離す。


「はぁ……」


良牙や栞は、親が『愛風園』に来てくれないことを寂しがっていたが、

朱音にしてみると、姿を見せてくれないほうがどれほど楽かと、そう思っていた。

助けなければならないという使命感と、感情の狭間で、いつも振り回され、

気付くとまた一日が終わっていた。

しばらくここにいるべきか、また出直すべきかと思っていたら、

携帯が鳴り出した。相手を見ると、『旭が丘総合病院』となっている。


「はい」

『あ、もしもし、高松さんですか』

「はい……」


声の相手は雄太だった。朱音は胸騒ぎがして、鼓動が速くなる。


『すぐに病院へ来てください。お母さんが繁華街で倒れていたそうです。
うちの診察券があったのを、近くにいた人が見てくれて、救急車でこっちに……』


雪美は買い物に出た途中で、倒れてしまい、そばにいた女性が救急車を呼んだ。

財布に入っていた診察券から、『旭が丘総合病院』に運ばれた。

朱音はすぐに行きますと返事をし、アパートの階段を駆け下りた。





電車に乗り、進行方向をとにかく見続けた。

扉が開きかけているときに、飛び出し、エスカレーターを走り、改札を出た。

そのまままっすぐに走り、病院の救急受付を目指す。

雄太の口調は、母の容態が思わしくないというのがわかるくらい、重いものだった。

数分、数秒の遅れが、そのまま取り戻せなくなるのではないかと、

朱音は必死に走る。


「すみません、高松雪美という……」

「あ……はい、こちらに……記入を」


朱音はかじかんだ手で必死にペンを握り、数字をかきなぐると、そのまま病院に入った。

曲がり角を過ぎると、白衣姿の雄太を見つける。


「先生……母は……母はどこですか」

「高松さん、落ち着いて」

「どこですか!」


朱音は雄太にしがみつくようになりながら、その場に崩れ落ちた。

雄太は、朱音の体を支えながら、治療室で処置をしたので大丈夫ですと声をかける。


「大丈夫?」

「はい……なんとか落ち着いています。このまま入院させますと、
救急担当の医師に、僕が今、話をして。病室の準備を……」


朱音は視線をさらに先へ向けた。

そして雄太をつかんでいた手を離す。


「お酒の瓶を買った後、めまいで倒れて、それが割れたようなんです。
少し手をガラスで切ってしまって。その処置も……」

「お酒?」

「はい」


朱音は雄太の説明を聞きながら、唇をかみ締める。


「先生方から、入院しないとならないと言われて、体の調子が悪いのもわかっていて、
お酒を買いに出たと言うことですか」

「……あの、それだけではないのかもしれませんが」

「実際、持っていたのはお酒のビンなんですよね」


朱音は雄太を見る。


「はい、そうです」


朱音はそれを聞いた途端、向きを変える。


「高松さん、どこに」

「帰ります。先生の言われた通り、母はこんな形ですが入院するようですし、
私の任務は終わりでしょう」

「任務って、いや、あの……」


雄太の制止も聞かず、朱音は急患入り口の方へ向かう。


「高松さん、お母さんと会わないのですか」


朱音はその言葉に、歩みを止めた。


【17-1】



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