17 勇気 【17-1】

17 勇気


【17-1】


『お母さんと会わないのですか』


「会う? どうして私があの人と会わないとならないんですか」

「……高松さん」


朱音は、『愛風園』に自分を呼びに来る母親の顔を思い出す。


「いい加減にしてほしいんです。生活が大変だから、苦しいからって、
私を呼ぶときにはいつも、お金のことしか言わない。小さい頃からそうでした。
お母さんが迎えに来てくれたわよ、会いに来てくれたわよって、
施設の人たちは嬉しそうに言ったけれど、母は私を召使のようにしか思っていなくて」


朱音の言葉に、雄太は出しかけた手を止める。


「掃除、洗濯、料理、何でもやらされた。たまに戻るといつも部屋は汚れていて、
忙しいから、大変だからって、身体がきついからってあの人は何もしなかった。
大人になってからも、私は……私はずっと……」


朱音は、勢いのまま吐き出しきれない思いを、両手で握り締める。


「あの人なんて、もうどうだっていいんです。私だって……」



『朱音、今月苦しいんだよ……』

『朱音……少しでいいんだ』



「私だって人生があるんだから!」



朱音はそういうと、その場にしゃがみこんだ。

両手で顔を覆い、声をあげて泣き始める。

救急患者の処理を担当する看護士たちが、どうしたのかと朱音を見た。


「高松さん……」


雄太は、泣きじゃくる朱音を他の視線たちから守ろうと、

身体を覆うように、その場で抱きしめた。





「すみませんでした」


気持ちを落ち着かせた朱音は、雄太と一緒に、雪美が入院した階の休憩所に座った。


「桐山先生が、どうして謝るんですか」

「いや……無意識にこう……」


雄太は『抱きしめてしまった事実』を、どう説明しようかと、手を動かすが言葉が出ない。


「謝るのは、私の方です」


朱音はそう言うと、立ち上がり頭を下げた。

雄太はそんなことはしないでいいと、すぐに止める。


「正月が明けたばかりで、偶然桐山先生が病院にいてくれて、
それで連絡をいただけたのに、私、何を取り乱したのか、関係のない先生にぐだぐだと」

「いえ、僕は……」

「本当にありがとうございました。こうなったら、病院に縛り付けて、
ある程度まで治さないと」

「それは、大丈夫だと思います。高松さんの病室は、ナース室の前ですし」

「……はい」


朱音が素直に返事をしたことで、雄太の言葉が続かなくなる。


「あの……」

「はい」

「本当に大丈夫ですか」


雄太は、朱音の顔を見ながら、そう聞いた。

朱音は吹っ切るように顔をあげ、小さく頷く。


「もう本当に大丈夫です。それと、先生に失礼な言葉ばかり言ってしまったことも、
ここで謝ります。勉強をたくさんして医者になったのは、本当にすごいことです。
私なんて、今まで生きてきて、何一つ、誇れるものがないですし……」


朱音は、急患患者を受け入れ、慌ただしく動いていた人たちを見て、

素直にそう感じたと続きを語る。


「そんなことはありません」


雄太は、少し声が大きくなる。

朱音はその声に思わず雄太を見てしまう。


「高松さんのお店で、何度かお会いして、僕は本当にすごいなと思っていましたから」

「……すごいって、何がですか」

「あなたに関わっていた人たちが、みんないい笑顔になっていたからです」


雄太は、自分はお酒が飲めないので、色々なテーブルのお客様の顔や雰囲気を、

見ていたのだと言い出した。


「『マオ』さんを指名する、あの社長さんも、
サラリーマンでめがねをかけていた男性も、そう……白髪交じりの作業服の男性も、
みんな楽しそうな笑顔で、お酒を飲み続けてましたから」

「それは、お酒の力ですよ」

「いや、違います。それだけならみなさん、お酒を買って家に帰ればいいんです。
販売機でお酒を買って公園で飲めばいいんです。でも、あの店を訪れて、
あなたを指名するのは、あなたなら自分の気持ちを理解し、楽しませてくれると、
わかっているからですよ」


雄太はそれは立派に誇れるところだと、強く言い切った。

朱音は黙ったまま、雄太の声を聞く。


「僕は……昔からこう……人とうまく話が出来なくて。
医者だからそれでいいと思っていたら、患者さんの家族に手術の必要性とか、
その後の話とかをしなければならないことが多くて。とにかくマニュアルのように
『大丈夫』だとか、『意味がある』という堅苦しい言葉ばかり選んでしまって。
たいしたことがないのに、桐山先生と話していると、重病ではないかと勘違いするって、
患者さんの家族に言われたこともあります」


朱音は、その言葉を聞きながら、最初に病院に呼ばれた時のことを思い出した。


「先輩の医師たちにも、お前が緊張させてどうするっていつも怒られます。
もっと僕を信頼してもらえるような、そんな言葉をといつも思うのに、なかなか……」


今まで、それほど多く語らなかった雄太が、

なんとか自分を励まそうとしてくれていることがわかり、朱音は自然と笑顔になる。


「桐山先生」

「はい」

「大丈夫ですよ、先生のまっすぐな思いはきっと、患者さんにも家族にも届きますから」


朱音は、医者なのだから、医師としての実力があればいいのではないかと言うと、

自信を持ちましょうと、胸をたたく。


「……はい」


雄太は、朱音の表情が柔らかく落ち着いたものになったことを感じ、

そうですねと頷いた。





その日の夜、朱音は栞に今日の出来事を語った。

栞は、入院することになった母のそばにいなくていいのかと心配するが、

朱音は完全看護だから居られないのだと説明する。

そして、小さな菓子折をテーブルに置いた。


「何、これ」

「うん、いつものケーキじゃないでしょ、お土産」

「うん」


朱音が広げたのは、『雀庵』という和菓子店の『最中』だった。


「美味しいお店ですよって、教えてもらった」

「エ? 誰に?」

「秘密」


朱音はそういうと、口元に指を置いた。


【17-2】



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