17 勇気 【17-3】


【17-3】


待ち合わせの駅に着き、栞は多田を待った。

すると、多田はいつものように車で現れる。


「栞、早かったんだね」

「少し前の電車に乗れたので」

「そうか、ごめん。寒いのに待たせてしまって」

「いいんです」


多田は運転席から出ると、いつものように助手席を開けてくれた。

栞はすみませんと頭を下げ、乗り込んでいく。


「さて……」

「あの、多田さん」

「何?」

「今日は、お話があって来ました」


多田は、エアコンの調節をしながら、目だけで栞を見る。


「なんだろうな、話って。いいよわかった。とにかく食事をして……」

「いえ、食事はいいです」


いつも食事代を出すのも、多田だった。

栞は、これ以上お金を使わせるのは申し訳ないと思い、

今日はどこか喫茶店で話をしたいとそう言った。


「喫茶店」

「はい」


多田は、助手席に座り、落ち着いている栞の手をそっと握る。


「多田さん、車、進めて下さい」

「うん」


栞から手を離した多田は、エンジンをかけ、駅前から出発した。





二人が入ったのは、広い駐車場を持つ、レストランだった。

多田は時間も遅いしと食事を勧める。


「それなら……ここは私が支払ってもいいですか」

「栞」

「お願いします」


多田は、『スーパーSAIKOKU 野木平店』の前にある花屋で、

新堂と栞が話している姿を思い出した。あの時の栞の笑顔は、

本当に穏やかに見えていたが、今、目の前にいる栞は、どこか緊張して見える。


「そう……それなら、そうしてもらうよ」


多田は、『DOLL』と書いた手帳に載せた女性たちと、ほとんど飲食店で知り合った。

『シャイニング』のようなキャバクラへ行けば、

親に心配をかけたくないから働いている苦学生や、

逆に、親から逃げようと『アンナ』のように水商売を選ぶ女性もいて、

大人のものわかりの良さを見せ付けると、

結構な確率で個人的な付き合いに持ち込むことが出来た。

ネックレスや洋服、自分なりの理想を、その相手に与えていくことで満足すると、

多田の気持ちは、また別の女性へと向かうため、当然別れは何度も訪れた。

生活は妻の収入があり、元々、株式などの財テクも出来ているため、

自分の給料はほとんどが自由に使えた。物を与えた女性は、

数ヶ月や1年で別れが来ても、あまり取り乱したり愚痴を言うことなく、

乗り越えることが出来た。

しかし、今日の栞は違っていた。

互いにメニューを選び、待っている時間にも、

以前のように、何かを期待する目は、多田に向くことがない。


「栞……」


栞は、すぐに顔をあげた。


「足はもういいの?」

「はい。心配をかけてしまって、すみませんでした。骨が折れたわけではないので、
そんなにかからないだろうと思っていたのに、なかなか動けなくて」

「そう……」


多田は、栞の落ち着いた雰囲気を受け入れたくない気持ちが働き、

店先で姿を見たにも関わらず、知らないふりをする。


「それじゃ、仕事も長く休まないとならなかっただろ」


栞は、仕事は大丈夫だと言おうとしたが、そのセリフを寸前で止めた。

どうしても会いたいと言われていたのに、無理だと断っていた。

仕事だけは頑張っていたと言えば、多田に失礼かもしれないと考える。

それでも、正々堂々とウソをつく気持ちにもならずに、黙ってしまう。


「僕は、君のために何か出来ないかと、やきもきしていたけれど、
無力なのだなと、今回は思ったよ」

「いえ、そんな」

「せめて、美味しいものを食べに行かせてあげたり、
そばで大丈夫だと声をかけられたらと思っていたけれど……。
栞には、届かなかったな」


栞は、どう答えたらいいのかわからずに、ただ『すみません』と謝った。


「栞」

「はい」

「ここからは僕の想像だけれど、もしかしたら……好きな人が出来たの?」


栞は、言葉を受け入れた数秒後、軽く首を振った。

多田はそうなのかなと、軽く口元をゆるめる。


「怒っているわけではないんだよ。ただ、今までの栞なら、僕の投げかけた言葉に、
すぐ返事をくれるか、応えてくれるかだっただろ。それが、怪我を境にして、
距離を感じるようになったというか」

「多田さん……」

「本当のことを話してくれたらいい」


多田は、心の中とは裏腹に、余裕のある笑みを見せる。


「違います。あの……私、多田さんと一緒にいると、本当に楽しかったし、
また明日も頑張れるって、そう思うことが出来ました。
かけてくれた言葉の一つ一つが、本当に嬉しかったし、
包み込んでくれるような優しさと、説得力があったので」

「……うん」

「このままずっと、甘えていたいと思っていました」

「うん」

「でも……多田さんにはご家族がいます」

「家族?」


栞から出た予想外の単語に、多田は思わず聞き返した。


「はい。奥さんもお子さんも……」

「栞、それについては前にも言ったよね。形だけだって」

「でも、その形は、これからも崩されることはないでしょうし」


栞は多田の顔を見た後、ごめんなさいと下を向く。

続いていた会話は、そこで完全に途切れた。


「栞は、僕のせいだと……」

「違います」

「でも、僕が家族を裏切れないから、栞は僕を嫌になったとそう言いたいのだろ」

「いえ、それは当然のことだと、気付いたからです」


栞は、自分が『愛風園』を出たことを、もう一度多田に話した。

親にも親らしいことをしてもらえなかった話も、そのまま語る。


「うん、それは聞いたよ」

「親なんていなくてもいいと、そう思うこともあるのです。でも、実際、
友達が親に振り回されているところを見ていても……それを見ていても、
そばにいて欲しかったとそう思う自分がいて」


多田は、言葉を押し出している栞の唇をじっと見る。


「多感な頃には、確かにぶつかると話していた友人もいましたが、
でも、いなくていいとはみんな思っていません。本当に嫌いだという人はいなくて、
親はいくつになっても、自分を見てくれているものだと、信じているんです」


栞は持ってきたハンカチを両手で握る。


「無くしたらダメです、多田さん。ご家族は……。
他のものに入れ替えることなど、出来ないものですから」


栞はそういうと、穏やかな笑みを見せた。


【17-4】



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