17 勇気 【17-4】


【17-4】


多田は、『別れ』というイベントの中で、

初めて相手に主導権を取られている気がして、

左手親指の爪を右手に当てながら、その痛みを感じ取る。


「栞に、正論を言われてしまったな」

「いえ」

「君との時間が、僕の気持ちを温めてくれていたのは間違いないし、
ずうずうしいけれど、それはこれからも続くものだと、思っていた」

「……すみません」


二人の前に、それぞれ注文したものが運ばれてきた。

多田はせっかくだから食べようと、そう声をかける。


「はい」


栞はナイフとフォークを持ち、一口になるように切り始める。


「栞の気持ちは、堅いの?」


多田は、完全に振り切ったように見える栞を見つめた。

栞は、その深みのある視線に、吸い込まれそうになる。

しかし、すぐにそらすことが出来た。


「はい」

「そうか」


多田は、迷いのない栞の言葉を受け、悔しさに唇をかみ締めた。

栞本人は、他の理由はないととぼけているが、

多田を頼りきり、全てを許してくれた日はもう戻ってこない。



『多田部長……』



新堂陽人。

多田の脳裏に、店の前で楽しそうに語る二人の姿が浮かんだ。

松本支社から来た新堂を初めて見たとき、多田は自分の同期を思い出した。

あまり強引にものを進める強さはないが、

会う人を取り込むような見えない魅力のある男で、

当時、営業部の『華』と言われた女性は、多田のアタックを断り、その男と恋に落ちた。

出世のため、上司に媚を売っている自分の前で、二人揃って会社を退社し、

地元に戻り、夫婦で喫茶店を経営しているということを風の噂で聞いたとき、

家庭というものに癒されたことがない多田は、強烈な嫉妬を感じた。



『なんとか『ふえぞう』は処理できました』

『なんとか終わりました』

『ギリギリできました』



無理だと思いながらやらせた仕事も、素早さはないが、結局ものにし、

気付くと新堂の営業成績は、それなりに収まっている。

そして、自分を頼りきっていたと思っていた栞も、新堂に優しい笑みを浮かべていた。


「栞……」


栞は顔を上げる。


「もし、これからも何か困ったことがあったら、
僕が出来ることなら、君にしてあげたい」

「……多田さん」

「そう思うのは、ダメなのかな」


栞は『ありがとうございます』と言いながら、頭を下げる。

二人の食事会は、静かに終わりを迎えた。

望みでもあったため、その日は栞が会計を済ませ、

多田は、駅まで送ると言ったが、栞はここでいいと断った。


「お元気で……」

「……うん」


栞はもう一度頭を下げ、多田に背を向ける。


「栞」

「はい」


多田は振り向いた栞の顔を見た。


「いや、行きなさい」

「……はい」


栞はそういうと、まっすぐ駅に向かっていく。

栞の姿が、町の流れに溶け込んだとき、多田は大きく息を吸い吐き出した。


「……ったく、何がお元気でだ、ふざけるな、冗談じゃないぞ」


多田は、小さくなる栞の背中に向かって、そう言った。

車の運転席を開け、乗り込んでいく。


「養護施設で育って、頼りになる親もいないくせに、何が家族が大事だ。
それらしいことを言いやがって。俺の言うとおりにしておけば、
自分の力では味わえない贅沢もさせてやれたのに。あの女……」


多田は手帳を開き、栞のページを見る。

栞が怪我をしたラジコン飛行機の会は、陽人自身が誘ったのだと、

そう本人から聞いた。あの出来が悪いはずの部下が余計なことをして、

流れが変わってしまった。


「よりにもよって、新堂だろう……全く、あの男は本当に……」


多田の手は、手帳のページを自然につかむ。


「このまま、何事もなく、うまくいくと思うなよ……」


多田はそういうと、栞のページに大きくバツをつけた。





「そうなんだ」

「うん、ちゃんとさよならをしてきた」

「うん……」


多田と別れた栞は、まっすぐに部屋へ戻った。

心配していた朱音に、どういう話をしてきたのか、隠さずに全てを語る。

朱音も栞の様子を見ながら、それが強がりでもなく、ウソでもなく、

本当に乗り越えたのだとそう思え、胸をなでおろす。


「いただいたもの、本当はお返ししないとならないけれど、多田さん、いいって」


栞は、ネックレスや洋服など、プレゼントされたものについて話す。


「まぁ、送り返されても、他の人にあげられないし、それはいいんじゃないの」

「そうかな」

「そうだよ。それまで拒絶されたら、多田さんもさみしいだろうしね」

「……うん」


朱音は、明日にでも良ちゃんに電話したらと言いながら、冷蔵庫を開ける。


「うん、わかってる。明日、お店に顔を出すことにする。
久しぶりに『ナポリタン』食べたくなったし」

「……そうか、そうだね」

「うん」


栞は、湯飲みに入ったお茶を飲み干すと、お風呂に入ると立ち上がった。


【17-5】



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