17 勇気 【17-5】


【17-5】


「はい、はい、わかりました」


『ライムライト』で働くパートの女性が、優しく受話器を置く。


「マスター、栞ちゃんです。今日は『ナポリタン』を食べに行くからと、
今、電話で」

「あ……そうですか、はい」


良牙はすぐに時計を見た。

栞が普通に休憩を取る時間を知っているので、あと1時間程度だろうと思い、

材料を確認する。


「久しぶりですね、栞ちゃん」

「そうですね、あいつ、年末に足を怪我して、
しばらくまともに自転車に乗れなかったんですよ」

「あら……それは災難ですね」


パートの女性は、カウンターを拭いていく。


「いや、あいつにとっては、ラッキーだったはずです」

「ラッキー?」

「はい」


良牙はそう言いながら笑顔になった。





午後12時30分、栞は時計を見る。

あと5分もすれば、先に休憩を取った華が戻るため、

そこから自分が休憩を取ろうと思い、切り落とした葉や茎を、ほうきで掃いた。


「こんにちは」


声に振り向くと、そこに立っていたのは陽人だった。

栞は『こんにちは』と頭を下げる。


「今、店長にお会いしてきたところなんです。納品状況の確認もあったので」

「あ、そうですか」


陽人は店の前で、立ち止まったままだった。

栞は、集めたゴミを箱に入れ、ほうきを元の位置に戻す。

何かありますかと問いかけようとしたが、栞の口から出たのは、別の言葉だった。


「新堂さん、お昼、もう終わりました?」


陽人はその言葉を待っていたのか、すぐに『いいえ』と首を振った。





栞と陽人は、スーパーでそれぞれ買い物を済ませ、いつものベンチに座った。

窓の外を、1匹のスズメが、ピョコピョコ歩いていくのが見える。

栞が、どこまで歩くのかスズメを見ていると、自転車が横から出てきたため、

すぐに羽ばたいてしまう。


「会津さん、今度の日曜は、参加できそうですか?」

「エ……あ、えっと」


栞は、今度の日曜日は無理ですと、そう言った。


「すみません、うちのお店をよく利用してくれる方の『華道の新年会』があるそうで、
昨年から、注文を入れてもらっているんです。生徒さん25人分の花が朝入って、
それを分けていく作業までしないとならないので、
責任者の私がお休みをもらうのは……」


栞は申し訳なさそうに言うと、下を向く。


「あ、いいんです、そうですよね、元々、会津さんは日曜日休みじゃないし。
ラジコンの会なんて、気が向いたときに……すれば……」


陽人はそう言いながらも、気持ちが寂しくなる。


「お休みって、いつなんですか」

「実は、毎週何曜日という決め方はしていないんです。
今、話したように、注文があれこれ入ってくるので、
私と後輩が互いにスケジュールを言いあって、どちらかが必ずここにいるようにして」


栞は小さなお店なので仕方がないですと、笑ってみせる。

陽人は、少し遠出をすれば、平日でも飛ばすことが出来ると言おうとしたが、

それはとどめておくことにする。


「今回は残念ですけど、また誘ってください。必ずお休みを取って、
参加できるように……」


話をしている栞の横で、携帯がいきなり揺れだした。

相手を見ると、『良ちゃん』となっている。


「あ!」


栞は突然声を出し、その場で立ち上がった。

陽人は視線の先に何かがあったのかと、振り返る。


「やだ、すっかり忘れていた」

「忘れた?」

「あ……いえ、いいんです。ちょっと……」


栞は、携帯を開けながら陽人から少し離れた。


「もしもし……」

『おい、栞。どうした』

「良ちゃん」

『お前さぁ……』

「ごめんなさい、忘れてたの」

『は?』


栞は、まだ話したりなそうな良牙に、

今日、仕事の帰りにお店に行くとそう宣言し、会話を終える。

携帯をポケットに押し込むと、陽人の前に戻った。

突然声を出し、電話を取った栞が気になった陽人は、当然、何があったのかと問いかける。


「いえ、その」

「何か問題でもありましたか」


栞は、自分のことを本当に心配してくれている陽人の目に、

誤魔化すのは逆に悪い気がした。


「あの、実は私、『ライムライト』という喫茶店に、
お昼を食べに行くつもりになっていて」

「『ライムライト』?」

「はい。『愛風園』で一緒に育った、兄のような人がマスターをしている店なんです。
報告したいことがあったので、今日お昼に行くって言っていて、
それが姿を見せないから、向こうが心配して電話を……」

「あ……」


陽人は、自分が店を訪ねたことで、予定を狂わせてしまったのかと思い、

すみませんと謝罪した。栞は、自分が忘れていただけだと、必死に弁明する。


「新堂さんのせいではないんですよ。本当に私が忘れてしまって……」


栞は、電話がかかってきて、心配をさせたことに、

こちらこそすみませんと頭を下げた。





「なんだ、あいつ」

「どうしたんですか、栞ちゃん」

「忘れてたって、慌てて電話を切られました」

「忘れた?」

「はい」


良牙は到着時間に合わせて作った『ナポリタン』を見る。


「まぁ、話し方からすると、事故でもなさそうですし、
閉店後に来るというから、そこで食べさせますよ」

「エ……これを?」

「……まずいでしょうか」


パートの女性は、良牙と『ナポリタン』を交互に見る。

良牙は、その表情がおかしくて、すぐに笑ってしまう。


「ウソですよ、ウソ。俺はそこまで鬼じゃないですから」

「そうですよね」


パートの女性は安心したように頷く。

良牙は、トーストしたパンにバターを塗り、注文のサンドイッチを仕上げていく。


「いらっしゃいませ、空いているお席にどうぞ」


扉が開き、また2名の男性客が、店に入ってきた。


【18-1】



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