20 秘めた意思 【20-5】


【20-5】


栞にはからかわれたと反論した朱音だが、雄太と会う前には、なぜか緊張した。

今までも病院や店で顔を合わせ、時にはイラついた思いをぶつけ、

それをフォローするために、抱きしめられたこともあった。

しかし、互いのテリトリーではない場所で、会うということが、

無防備な状態で向き合うような気がして、鼓動がなぜか速くなる。

待ち合わせの時間には、まだ5分近くあったが、雄太は朱音より先に着き、

まっすぐに前を見ていた。


「すみません」

「あ……こんばんは」

「こんばんは」


慣れない場所だということで、互いにギクシャクした挨拶をし、

そのまま歩き出した。朱音は、何か食べたいものはないかと雄太に聞かれる。


「なんでもいいです。嫌いなものもないですし」

「あ……はい」


雄太の返事もどこかぎこちなく、

二人は結局、駅からそれほど離れていないレストランに入った。

向かい合って座ると、メニューが前に置いてある。

互いに手を伸ばしたが、同じタイミングだったことに気付き、互いに手を引っ込めた。


「どうぞ、先に」

「いえ……」

「遠慮なく、どうぞ」


互いに譲り合ったものの、朱音が先にメニューを取り、

雄太は以前も見せてくれた書類をテーブルに出す。

その瞬間、朱音の緊張した気持ちが、スーッと引いていく。


「そうでした……書類でしたね」

「はい。医師の判断を書く場所があったので、僕の方で記入しました。
あとは提出していただくだけです」

「……はい」


雄太にとっては、場所が変わっただけで、

病院や店で話していることと変わらないのだと、朱音は書類を受け取った。

時間がある時に、提出しますと頭を下げる。


「はい」

「すみません、次の休みは、母の退院日に取りますので。
ちょっと先になるかもしれなくて」

「いえ、それは高松さんの判断で」

「はい」


朱音はメニューの中から料理を選ぶと、それを雄太に渡した。

雄太も同じように料理を選び、ウエイトレスを呼ぶ。

注文を済ませてしまうと、そこには静かな空間が存在した。


「高松さんのお母さん。ここのところ数値がとてもいいんです。
もしかしたら気持ちの問題が大きいのかなと」

「気持ち……ですか」

「はい。生活面でのサポートをしてもらえるという安心感かなと」

「あぁ……」


雄太は、人は感情の生き物なので、

気持ちが変わるとそういうこともあるのだと、説明する。


「過去にも、振られてしまったと思っていた患者が、
バイク事故に遭って病院に運ばれて、びっくりした彼女がお見舞いにきて、
元に戻ったことがあったらしくて。その人も、急に数値がよくなったと……
まぁ、これは先輩に聞いた話ですが」

「へぇ……」


始めこそ、病院の話ばかりしていた雄太も、食事が進みだすと、

プライベートな話をし始める。朱音は、その話を黙って聞き続け、時々、大きく頷いた。

気付くと、食事は全て終わり、二人の前には空のコーヒーカップだけが残る。


「あ……」


雄太は時間を確認した。


「すみません、僕、好き勝手に話していて」

「いえ……」


朱音は、楽しい話だったので、何も問題はないですと笑って見せた。


「でも……」

「先生に診てもらえた患者さんは幸せですね。うちの母を含めて」

「高松さん」

「素敵な職業です、医者って」


朱音はそうつぶやくと、コーヒーカップに手を動かした。

しかし、そこにはもう中身がない。

そろそろ終わらなければならないという思いが、朱音の心を締め付けた。


「高松さんが、話を聞いてくれるからです」


雄太はそういうと、朱音の顔を見た。

朱音は、まっすぐな視線に、一度下を向くが、また顔を上げる。


「あなたと話すほど、他の人とはうまく話せません。
つい構えたり、考えたり、気付くとものすごく疲れていて」


雄太は、雪美を通して、朱音と関われていたのが、とても充実した時間だったと、

そう言った。


「あの……」

「はい」

「高松さんは、お付き合いをしている人がいますか」


雄太の問いに、朱音は言葉が出なくなる。


「いますよね、普通。華やかな世界にいるし、素敵だし……」


朱音は自分の鼓動に、息が苦しくなるくらいの状態だった。


「高松さんのお母さんが退院されるのは、喜ぶべきことなのでしょうが、
僕としては……」


雄太はそこで言葉を止めてしまう。


「先生……ふざけてますか」

「は?」

「ふざけているんじゃないですか。私の仕事、知ってますよね」

「……はい」

「私がどんな境遇で、どんな母親を抱えているかも、わかってますよね」

「……はい」

「だったら、そんなこと、ふざけてでも言ったらダメです」


朱音は、そういうと何度も首を振った。雄太は朱音の顔を見続ける。


「お世話になりました」


朱音は、広がりそうになった会話を、自ら閉じてしまい、

そのまま帰り支度をし始めた。


【21-1】



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