21 不信感 【21-1】

21 不信感


【21-1】


『お付き合いをしている人がいますか……』



朱音は、帰りの電車内で、この言葉を何度も思い返した。

雄太は、朱音と付き合いを始めたいと思い、言った言葉、それしか思えなかった。

エリートの大学を出た、将来が有望な医者と、親の迷惑に振り回され、

その日の暮らしだけに奮闘する朱音の境遇は、あまりにも違っていた。

良牙が相手に選んだすみれは、ごく普通の家庭に育ったお嬢さんに見えるし、

栞がお付き合いを始めた陽人も、道を歩けばすれ違えるくらいの距離に思える。

しかし、桐山雄太は、朱音にとって見上げるほどの山であり、

踏み込むことなど出来ないものだと、そう考える。

それでも、優しい雄太の視線に、映っていたいという願望もどこかにある気がして、

朱音は何度もため息をついた。





「今日も終わりましたね」

「うん」


雄太と食事をした次の日、朱音はまたヘルプの店に向かい、仕事を終えた。

中途半端な状態で会話を切った後、雄太から電話やメールが来ることはなかった。

せっかくの告白を、遮ってしまったのだから当たり前なのかもしれないが、

朱音にしてみると、結局、すぐに切り替えられるくらいのことだったのかと、

落ち着けようとした思いは、また重石をつけたように沈み始める。


「どうしました? 考え事ですか?」

「エ……ううん、ちょっとボーッとした」

「かけ持ちですもんね、それは大変ですよ」


朱音の隣に座り、化粧を落とすのは、多田が栞の後に目をつけた『アンナ』だった。

朱音は、『アンナ』のところに、そういえば多田が来なくなったと思い、

何気なく会話に登場させる。


「そういえば、よく来ていた人、あの人、来なくなったね」

「エ……あぁ、多田さんですか」

「多田さん……かなぁ」


知っていると言うのは問題になりそうなので、朱音はあえて知らないふりをする。


「とっても羽振りのいい方で、優しいおじ様でしたけど……もう、別れちゃいました」

「別れた?」

「はい。ちょっと個人的にお付き合いをしてあげたら、ネックレスとか時計とか、
プレゼントしてくれたんですけど、私……」


『アンナ』は他の人には内緒ですよと、1枚の写真を出す。


「この人に入れ込んでいて、店が休みの日には、『ホストクラブ』に行くんです」

「ホストクラブ……」

「はい。こっちとこっちでちょうどバランスが取れているなと思っていたのに、
多田さん、お仕事が忙しくなってしまって、会えなくなったって……」

「仕事……何しているの? あの人」

「えっとどこだったかな、どこか結構有名な会社でしたよ。
私、一度名刺を見たことがあります。ポケットの中に入っていた。
えっと……あぁ、思い出せない」

「あぁ、いいよ、別に」


朱音はそこまで深く知りたいわけじゃないからと、会話を打ち切った。

そして、先に帰りますと頭を下げる。

『アンナ』はまた来週と手を振り、朱音を見送ってくれた。





『野木平店』の担当は恵利に代わったが、陽人は営業先の仕事を終えると、

時間を合わせて、時々栞の店にやってきた。だいたい昼食時に来ることが多く、

華に軽くからかわれながら、いつものベンチに座る。


「すみません、友達の母親が退院するので、
その手伝いをしようと休みにしてしまったので。また、飛行機は……」

「いいですよ、そんなことは気にしなくて。いつだって飛ばせますし、
今、一年で一番寒い時期ですからね。もっといい季節にたくさん飛ばしましょう」

「はい」


栞は小さな袋を取り出すと、容器の蓋を開けた。

そこには『しなくら』の『高野豆腐』を使った煮物が、入っている。


「これ」

「これは、私が作りました。もちろん『高野豆腐』は『しなくら』ブランドです」


栞は、失敗はしていないと思いますがと、陽人に箸を渡す。


「わざわざ作ったのですか」

「昨日、明日は昼頃に行きますからって、メールをくれたでしょ。
だから、作ってみました」


陽人はお弁当の容器に、栞が作った煮物をいれ、箸で口に運ぶ。

栞は、どういう反応をされるだろうかと、陽人をじっと見た。

陽人は口を動かしながら、何度も頷く。


「よかった……」

「美味しいですよ、本当に」

「『しなくら』の製品がいいんです」

「いやいや……」


二人は、それぞれ箸を進めていく。


「朱音さんでしたよね、お友達」

「はい」

「病院でお会いした、あのお母さんが退院ですか」

「そうです。朱音はずっとお母さんの生活を支えていて、本当に頑張って」


栞は、自分の母親は、今どこにいるかもわからないので、

親のために頑張れる朱音が、少しうらやましいとつぶやいた。

陽人は『高野豆腐』を味わいながら、栞のことを見る。


「会津さんのお母さんの行方は、全くわからないのですか」

「はい……母がいなくなったのは、私が3歳くらいですからね。
顔もうっすらとしか覚えていません。父親の顔は見たことがなかったし、
話もしてくれたことがないので、全く知りません。母の親、祖父母は数回、
施設に連絡をくれたことがありましたが、やはり、何も知らなくて」


栞は、食べ終えたお弁当の容器を、袋にしまう。

陽人の顔が、沈みがちな事に気付き、背中をポンと叩いた。


「ほら、新堂さん。下なんて向かないでください。
過去に囚われずに生きるべきだと教えてくれたのは、あなたでしょ」

「会津さん」

「どんな親から生まれても、私は私です。こうして自分の人生を一歩ずつ歩けます。
だから、もう前向きですよ」

「……はい」

「煮物も褒めてもらえたし」


栞が笑いながらそう言ったので、陽人も自然と笑顔になる。


「また、お願いしてもいいかなぁ」

「お願い?」

「こうして、ランチをする日、会津さんの手料理」

「もちろんです」


栞は任せてくださいと胸を張る。

陽人はそれなら近いうちに必ずと、そう約束した。


【21-2】



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