21 不信感 【21-2】


【21-2】


栞が陽人に話したとおり、それから数日後、雪美が退院する日を迎えた。

朱音が病院に雪美を引き取りに向かったため、栞は雪美の部屋に残り、

飲みかけで放置された酒瓶などを片付ける。

提出した書類は役所に受け取ってもらい、そして、空いている公営住居の斡旋も、

してもらうことが出来た。

雪美が退院しても、ここには1週間くらいしかいないため、

使わないと思えるものは、ダンボールに詰めていく。


「栞ちゃん、ここに置くけど」

「はい、ありがとうございます」


朱音の母が退院することを聞いた良牙が、すみれを手伝いに寄こしてくれたため、

アパートの部屋は、思ったよりも早く綺麗になった。

ダンボールがいくつか部屋の隅に置かれ、空気も綺麗に入れ替えられる。


「すみれさん、助かりました」

「いえいえ、栞ちゃんの手際がいいから、私の方がウロウロしちゃって」

「そんなことないですよ」


栞はすぐ下に自動販売機があるので、飲み物を何か買ってきますと部屋を出た。





栞とすみれが部屋の掃除を終えたのとほぼ同時刻に、雪美は退院の手続きを終え、

受付で書類を受け取った。朱音は世話になった看護士の中に、雄太を探すが姿がない。


「お世話になりました」

「これからもきちんと通院しないとダメですよ。桐山先生が困りますから」

「あぁ……まぁ、そうだよね」


雪美と看護士の会話を聞きながら、

朱音は、医者の担当する患者など両手であまるほどいるのだから、

わざわざ退院の時に姿を見せないだろうとそう思い、荷物を持つ。


「看護士さん、あのやる気たっぷりの先生に、とりあえずお礼を言ってね」

「エ……桐山先生のことですか」

「そうだよ、そうそう」


雪美は、あれほどしつこい先生はいなかったと、笑ってみせる。


「ごめんなさいね、桐山先生もお見送りに来るつもりだったのだけれど、
担当している入院患者さんが、ちょっと容態を崩してしまって。今、緊急で検査中なの」

「あぁ、いい、いい。またここでもしつこく診察、診察って言われそうだから」

「あら、それはダメですよ」


看護士たちに礼をした二人は、入り口に呼んだタクシーに乗り込んだ。

行き先を告げると、タクシーは『旭が丘総合病院』を離れていく。

雄太が朱音の店に訪れ、個人的な付き合いの話をした後、

結局、互いに話をすることも、顔を見ることもなかった。

朱音は、これが自分たちの運命なのだろうと、車内から外の景色を見続ける。


「朱音」

「何?」

「悪かったね……今まで」


突然飛び出した予想外の雪美の言葉に、朱音は返事が出来なかった。

雪美は、入院中、雄太が色々話してくれたと言い始める。


「あんたと離れて暮らしていたからさ、つい、見えない部分が多くて。
ちょっと頼むとお金、用立ててくれたし。いつの間にか、それがクセになって」


良牙や栞には、効率のいい仕事だからと、割り切ったような顔をしていたが、

朱音にとって、母の声に応えるには、この職業しか取ることが出来なかった。


「あんたが一生懸命、態度の悪い客にも笑顔で振舞って、頑張ってお酒飲んで、
そういう、命を削るような時間を過ごしているって。
娘さんにこれ以上、ぶらさがるのは親のすることじゃないですよって……
あのやる気たっぷりの医者が、そう言ってさ」


朱音は、店に来て、朱音に対して仕事を考えるようにと言った雄太の顔を思い出す。


「やる気たっぷりって、桐山先生でしょ」

「そうそう、全くさぁ……おせっかいだよね、
医者なんだから、それだけやればいいのに」


雪美の言葉を聞きながら、朱音は、雄太との時間を思い返した。

不器用だけれど、熱意があり、言葉よりも優しさがあふれてしまうような医者に会い、

今まで、決して成功しなかった母の治療が、ここまで出来た。

さらに、日当たりの悪いアパートから、新しい場所に引っ越せるようになった。


「桐山先生、一生懸命やってくれたのだから、文句言わないの」

「……わかってますよ」


朱音と雪美を乗せたタクシーは、それから15分後にアパートへ到着した。





「いらっしゃい……あぁ、すみれか」

「あぁって、きちんと任務完了して戻りました」

「うん、サンキュ」


その日の夜、閉店間際の『ライムライト』に、すみれが戻り、

雪美の退院、そしてこれから続けて引越しが行われる話をした。

良牙はカウンターの椅子に腰掛け、頷きながら聞いていく。


「そうか、公営住宅まで決めてくれたんだ。色々と動いてもらえてよかったな」

「うん……とっても担当の先生がいい方だったみたいよ。
普通、退院した後のこととか、そこまで面倒見ないでしょ」


すみれは、頑張ってきたからコーヒーを1杯入れて欲しいとカウンターに座る。

良牙はすぐにカップを取り出し、用意し始めた。


「朱音ちゃん、疲れたのかな。あまり元気がなくて」

「朱音が?」

「そう。お母さんのことで色々一気に起こって、
まぁ、ほっとしたのもあるのでしょうね。ほとんどしゃべらなかった」


すみれはそれに比べて、栞はとっても楽しそうだったと話を続ける。


「そうか。あいつは単純だな」

「いいじゃない。きっと、いい人なのよ。えっと……新堂さん」

「うん」


すみれは良牙の入れてくれたコーヒーに口をつけると、幸せだとそう言った。





「朱音、先にお風呂に入りなよ。疲れたでしょ」

「大丈夫だよ、栞の方がすみれさんと片付けてくれたから、疲れてるって」

「私は平気。普段から結構、肉体労働だもの。
お花屋さんって、荷物も運ぶし、力も出るしね」


栞は、そういうと、軽く力こぶを作って見せようとする。


「ないない、力こぶなんて」


朱音は笑いながら、栞が飾っているラジコン飛行機に触れた。

栞は、いつもと違う朱音の雰囲気を感じる。


「栞……新堂さんに頼んだら、私にも教えてくれるかな」

「朱音……」

「『爽快感』、味わえるかな」


栞は飛行機を手に取り、テーブルに置いた。

傷跡は残っているが、愛着はもらった頃より数倍に膨らんだ。


「もちろん教えてくれると思うけれど、何よ、何か悩みでもあるの?」

「ん?」

「だってさ、私がどういう理由でこれ、始めたのか朱音は知っているでしょ。
その朱音が急に言い出すなんて、何かがあるに決まっているもの」


栞は、悩みなら打ち明けてごらんと、朱音の顔を見る。


「言いたくないのなら無理に聞かない。でも、本当にラジコン飛ばしてみたいのなら、
すぐに新堂さんにお願いするよ」


栞は、機体ならこれがあるから、使えばいいと前に押し出す。


「いいよ、冗談。新堂さんが栞にくれたものだもの。ドキドキしちゃって、飛ばせない」

「何言ってるのよ、もう……」


朱音は、それならば先にお風呂へ入ることにすると席を立ち、自分の部屋に入った。


【21-3】



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