21 不信感 【21-4】


【21-4】


朱音がこうした仕事をしているから、雄太に言い寄ったとでも言いたげに見える。


「仕事の技に騙されているんだと言っても、
あなたは違うと、あいつは頑固に言い続けまして」



『高松さん……』



「高松さん、あなたも趣味が悪い。弟のような真面目一本の男を、
適当にあしらったら、かわいそうじゃないですか。あなたはもっと、
お金を持っている男性に、言い寄ればいいんです」


翔太はそういうと、都会のこういった店は初めてだと、水割りを口にする。

朱音は、雄太の真面目さを考えても、ありえない話ではないと思った。


「あの……」

「はい」

「私の仕事は、確かに水商売です。でも、男の人に言い寄るとか、あしらうとか、
それは偏見です。確かに、ここへ来たお客様に楽しくお酒を飲んでいただき、
また、頑張ろうという気持ちになっていただきたいと、それは思っていますが、
だから、桐山先生になどという気持ちは、何もありません」


翔太は、朱音の言葉を黙って聞き続ける。


「母は本当にわがままな性格で、先生にもたくさんご迷惑をおかけしました。
桐山先生でなければ、手術も出来なかったかもしれませんし、
役所の方に、生活のフォローをお願いするところまで行かなかったと思います。
それだけ熱心に取り組んでいただきました。でも、それは……」


朱音は、翔太と同じ席に座り、朱音と話をするために通ってくれた雄太のことを考える。


「患者と医者、私にとってはそれだけです。個人的なお付き合いなど、考えていません」

「……本当ですか」

「本当です」


それは朱音の精一杯の強がりだった。

良牙にも、栞にも言ったことがない言葉を、雄太には言えた。

自分の人生を、これ以上犠牲にしたくないと、涙を流したのも雄太の前だった。

それでも、しっかり翔太を見続ける。


「そうですか、それを聞き、安心しました。いくら雄太があなたを好きだと言っても、
高松さんにその気持ちがないのなら、それは仕方のないことですから」


翔太はそういうと、ポケットから銀行の袋を取り出した。

飲みかけたグラスの横に置く。


「突然訪ねまして、ご迷惑をおかけしました。これで支払いをお願いします」


朱音は袋を取り、中を見る。


「あの……」

「残りは、失礼な言葉を言ってしまった迷惑料金とでも思ってください」

「困ります」


封筒の中身は30枚くらいありそうな1万円札だった。

朱音は、これ以上、雄太に近付くなという意味だとわかり、封筒を押しかえす。


「お勘定は結構です。どうかこのままお帰りください」

「いえ、それは」

「お帰りください!」


店内に、朱音の声が響く。

数名のホステスと、ボーイが何事かと視線を向ける。


「私にも……プライドはあります」


朱音の必死の訴えに、翔太は封筒をポケットにしまう。

そして、軽く頭を下げると、そのまま店を出て行った。


「『マオ』ちゃん」

「すみません、ママ。ちょっと化粧を直します」


朱音は席を立ち、そのまま店の奥に戻った。

そこで初めて耐えていた涙がにじみ始める。

栞も朱音も、学校に通いながらいじめを受けたことはなかった。

しかし、友達の家に向かうと、いつも同じようなことを言われ続けた。


『朱音ちゃんは偉いわね、ひとりで頑張って』

『お父さんとお母さんがいなくて、寂しくない?』


『愛風園』に育ったことは、自ら選んだものではないのに、

特別な人を見るような視線は、いつもどこからか浴びせられ続けた。

それでも、『自分は自分』だと思い続け、栞と二人、生活を作ってきた。


「はぁ……」


病気がちな母の生活を支えるには、学歴もコネもない朱音には、

この人生しか歩めなかった。それさえなければ、

自分にももう少し世界が広がったはずなのにと、悔しさに両手を握り締め、

椅子に腰掛けたまま、しばらく立ち上がることが出来なかった。





朱音がそんな悔しい思いをした次の日のこと、

陽人は新しい取引先で契約を取り、上機嫌で営業部に戻った。

いつも不満ばかり口にする多田も、

これなら気分よくなるだろうと思いながら扉を開けたが、

目の前に広がった光景は、陽人の気分を一気にしぼませる。


「何しているんだ、玉田」

「すみません」

「すみませんじゃないだろう、
相手はチェーン店舗を多く持つ『スーパーSAIKOKU』だぞ。
あのなぁ、厚田店の店長は、エリアチーフをしているんだ。いったい、何を聞いてきた」

「数も納期も確認したと……」

「確認した? それならどうして向こうから電話があるんだよ!」


多田は恵利に向かって、書類の束を投げつけた。

恵利はそれをまともに受けてしまう。


「多田部長……」


様子を見ていた仙台がすぐに立ち上がり、多田との間に入る。


「玉田は今まで、少し色の違う分野を担当していましたから、
スーパーのルールに慣れていなかったのだと思います。
幸い、向こうも契約の見直しまでは出していませんし……」

「ん?」


仙台の背中越しに、驚いたまま立っている陽人が見えた。

多田は、自分の前に置いたメモを見る。

『スーパーSAIKOKU 厚田店』の文字を確認した。

多田は、ニヤリと口元を動かし、仙台に右にずれろと手で指示を出す。


「新堂……どうした、そこに突っ立って。お前も何かやらかしたのか」

「……あ、いえ」


陽人は落ち込んだ顔をしている恵利の前で、成功の書類を出すべきなのか迷い、

動きが遅くなる。


「何持っているんだよ、その袋。出すなら出せ」

「はい」


何もありませんではあまりにも不自然なので、仕方なく陽人は前に出た。

この契約先は、以前から多田がポイントとしてあげていた企業なので、

なんとかフォロー出来ないかと、考える。


「契約、いただいてきました」

「契約?」


陽人の書類が前に出たことがわかり、仙台は恵利の手を引き、自分の席に戻す。

落とした書類を拾い、デスクに乗せると、気にするなという意味を込めて、

肩をポンと叩いた。


「ほぉ……『アリアンテ』がねぇ……」

「はい。うちの商品見本を使っていただいたそうです。
思っていたよりも新メニューにしっくりきたと、料理長の方も出てきてくださって」


陽人は、今まで別のものを使ってきたが、納品日を少し考えてもらえるならと言い、

サインをしてくれた。陽人はその用紙を前に置く。

多田は、隅から書類を読み終えると、顔を上げた。


【21-5】



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