22 罠 【22-2】


【22-2】


栞と多田が知り合いであることなど、考えたこともなかったため言葉が出なくなる。


「そうか……何度もこの店の前に来たけれど、いつも新堂に任せていたからな。
栞ちゃんがいるとわかっていたら、僕が出てきたのに……」


多田は置かれている鉢植えなど、興味深そうに見始めた。

栞は、多田の思いがけない登場に、持っている花を落とさないだけで精一杯になる。

陽人は動きの止まった栞を見る。栞の表情は、驚きを越えたものになっていて、

その危うさは、おびえているようにさえ思えた。


「会津さん、多田部長のこと……」


栞は陽人の問いに、答えることが出来ないまま立ち続けた。

多田は動揺する栞を見る。


「栞ちゃん、悪いけれど、時間がないんだ。急いで作ってくれ。
新堂、先に車に戻っているぞ」

「……はい」


多田は栞と陽人に背を向けると、こらえていた笑みを浮かべていく。

この後、二人がどうなるのか想像するだけで、沈んでいた気持ちが、

あっという間に浮き上がりだした。


「会津さん、多田部長のこと、知っていたの?」


栞は、何も言えないままになる。


「会津さん……」

「ごめんなさい、今、すぐ作りますから」


栞は陽人の前から店の奥に入ると、ただ必死に花をまとめ始めた。



多田は、横断歩道を渡りながら自然と鼻歌が出るような気分だった。

車に戻り後部座席に座る。恵利は、何も言えないまま下を向いていた。

車の中にいたので、声が聞こえたわけではなかったが、

多田が店の前に立ったことで、明らかに2人の雰囲気が変わったように思えた。

特に、栞の動揺は、ここから見ていた恵利にも伝わってきたため、

あの手帳に書いてあった『会津栞』の名前は、間違いないのだと再確認する。


「いい天気だなあ……今日は」


多田はそういうとまた手帳を開いた。

『会津栞』のページに大きくバツをつけたものの、最後の日付のあとに、

『再会』とタイトルをつけ、今日の日付を入れる。



「会津さん」

「ごめんなさい新堂さん、時間がかかってしまって」

「いえ……」


陽人は支払いを済ませたものの、そこから立ち去ることが出来ずにいた。

多田が来てから、明らかに栞の態度は変わった。

多田の口調からしても、二人が知り合いだったと思える箇所があったため、

その疑問をどうしても晴らしたくなる。


「会津さん、僕の質問に答えてくれませんか」


栞は多田が陽人の上司だったとは何も知らず、ただ、この場をどうすればいいのか、

わからずにいた。逃げてしまうのも違うけれど、全てを説明する勇気が出てこない。


「多田部長のこと、知っていたのか、それだけ……」


栞は、無言のまま小さく頷いた。

陽人は、それならどこで会ったのかなど、さらに質問をしようとする。


「新堂さん!」


その時、後ろから声をかけたのは、恵利だった。

陽人はその声に振り返る。


「多田部長が、急げって言っています」

「……あ……うん」


陽人は、とりあえず車に戻るしかないと思い、花束を持ち店を離れた。

恵利は栞の顔を見た後、そのまま陽人の後ろを歩く。

横断歩道が青に代わり、ぎくしゃくした思いを残したまま、

栞と陽人は離れることになった。





車は順調に走るものの、座席の前と後ろとでは、あまりにも温度が違っていた。

陽人は、バックミラーに映る、ご機嫌そうな多田を見る。

陽人は、栞と多田がどこで知り合ったのかと、ただそればかりを考えた。

助手席にいる恵利は、事実を知ってしまい、

陽人に対してどういう態度を取るべきか考えるものの、

何も浮かぶことがないため、視線も合わせられない。


「いい色の空だ、春も近いかな」


二人の困惑に比べ、全てを知りながら、あえて二人の前に飛び出した多田は、

陽人の背中を時々見ながら、栞の驚く顔を思い出した。





『会津さん……』



陽人が店を去ってから、栞は、自分が何をしていたのか覚えていないほど、

頭の中が混乱していた。多田がどこかの企業に勤めているサラリーマンだということは、

付き合っている頃からわかっていたし、プレゼントなどをくれる羽振りのよさからしても、

それなりの地位にいることは、わかっていた。

しかし、多田の企業が『しなくら』で、

しかも陽人の上司だということは、全く想像していなかった。

陽人は、疑問符を並べたままここを去ったことは間違いなく、

栞は、この後、自分が多田との関係をどう説明すべきか悩み続ける。

朱音の店を手伝っていたとき、知り合ったお客様だと語ればウソではないが、

もし、多田が自分との関係を新堂に話してしまったら、

妻子ある男性と付き合った自分のことをどう思うのだろうと、不安ばかりが膨らんだ。


「会津さん、この辺、片付けましょうか」

「うん……」


栞は売れ残った花たちをまとめ、

処分するものと明日、加工品に回すものをわけていく。


「イッ……」


栞の左手薬指に、バラのトゲがささり、じわりと血が滲み出す。

バラは、花たちの真ん中に1本だけ隠れていたため、

栞にはその存在がわからなかった。

バケツの隣においてあるビニールの手袋をはめようとするが、その手が止まる。


最初から注意していれば、こんなことにはならなかった。

危険な男性だとわかっていて、それでも気持ちを押し通したのは自分だと、

栞は傷を負った手のまま、花たちをまとめた。





陽人は、多田と恵利を車に乗せ、『スーパーSAIKOKU 厚田店』に向かい、

今回のミスを謝罪した。多田に花束を買えと言われ、栞に頼んだのにも関わらず、

その花は、車の中に置き去りにされ、相手に渡ることはなかった。



『よく考えてみたら、花はない方がいいだろう。見舞いではないし』



多田は、悪びれずにそう言い、3人は営業部に戻った。

栞の作った花束は、後部座席に置かれたままになっている。

恵利も無言のまま車を下り、陽人は残ってしまった花束を持つと、

借りた営業車のカギを返した。


【22-3】



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