22 罠 【22-3】


【22-3】


『栞ちゃん……』



この花束を買えと言ったのは多田本人だったのに、結局、必要とされなかった。

となると、栞の店に寄ることになったのは、他に理由があるからだと思いたくなる。

栞自身、多田とどういういきさつで知り合いだったのか、

それを語ってくれることはなく、ただ、知り合いだということだけを、

頷くことで認めていた。


「車、終わりました」

「はい、ご苦労様です」


陽人は、車両管理の男性に、花束を差し出した。


「どうしたんですか、これ」

「すみません、営業に利用しようとしたんですけど、結局使わないままで。
でも、もったいないですし、ここに飾っていただけたらと」

「いやぁ……綺麗ですけれど、ここには花瓶も何もなくて」

「……そうですよね」


陽人は、かざりっけのない管理室の中を見る。


「あの……」

「はい」

「うちに持ち帰ってもいいだろうか」

「あ、もちろんです。どうぞ」


車両管理の男性は、女房が喜びますと笑顔を見せた。

陽人は花束をカウンター越しに渡す。


「新堂さん」


振り返ると、そこに立っていたのは恵利だった。


「玉田さん、忘れ物?」

「話があります」


陽人は『はい』と言いながら、小さく頷いた。



営業車と、従業員の車が並ぶ地下には、用事がない限り、人の出入りはない。

車両管理の男性は、ナンバーの確認をし始め、

陽人と恵利は、そのままエレベーターの前に立った。

陽人がボタンを押そうとすると、恵利が手で止める。


「ここでいいです」

「ここ……ですか」

「新堂さん、会津さんから、何か聞きましたか」

「は?」


陽人は、どうして恵利が栞の名前を出すのかわからず、戸惑った。

恵利は、駐車場に止めていた車の中から、3人の様子を見ていたと言う。


「会津さん、多田部長とどういう知り合いなのか、話してくれましたか」

「ちょっと待ってください。玉田さんがどうして……」

「新堂さん、この間の手帳、何も見なかったの?」

「手帳?」

「車の中に落ちていた手帳のことです」


恵利の言葉に、陽人は年末、手帳を多田に返したことを思い出す。


「あの手帳が……何か」

「あの手帳の中に、ラブホテルの会員証が入っていたって、私言いましたよね」

「……はい」

「私、他のページも見てしまったんです」


恵利はそういうと、手に持っていた1枚の紙を陽人に渡す。


「なんですか、これ」

「多田部長の手帳の中に、書いてあった名前です。『会津栞』という名前を見て、
私はすぐに彼女だと思いました。でも、同姓同名なのかもしれないと、
黙っていたけれど……」


陽人は、恵利の渡した紙を見た。

確かに『会津栞』という名前が書いてあり、

そこには日付やプレゼントという項目が、入っている。



『右胸に、小さな2つのほくろ』



陽人は、その一文を見た後、顔を上げる。


「あの手帳、多田部長のだったのでしょう」


年末、陽人が手帳を戻すと、確かに多田は受け取った。

それだけではなく、陽人が拾ったことに、最初は驚いていたが、

最後は楽しそうに笑い、何が書いてあるのか教えてもいいようなことを言っていた。


「多田部長と、あの人は普通の関係じゃないわ」


恵利はここで弱気になるまいと、両手を握り締める。


「私は手帳の中を見てしまったの。だからわかっていた。新堂さん、
あなた、あの人と親しくするから……だから、多田部長に意地悪ばかりされるのよ。
あなたとのことを知って、多田部長はわざと今日、あの店に行かせた」


陽人は用紙を折り、その紙をじっと見る。


「これ……玉田さんに戻すべきですか」

「新堂さん」

「個人の……多田部長のプライバシーですよね。こんなふうにコピーして、
持っているなんて……」

「でも、新堂さんが騙されて」

「騙されているかどうか、どうして玉田さんがわかるんですか」


陽人は、冷静になろうとしているものの、あきらかに声を張り上げた状態で、

紙を握り締め、恵利を見た。

そのまなざしは力強かったが、寂しさが前に出てしまい、恵利は何も言えなくなる。


「新堂さんは、気持ちが彼女に向いているからわからなくなっているだけよ。
わかっていないのはあなただけ。騙されているのに、
そのせいで迷惑をこうむっているのに、わからないのは、新堂さんだけなんだから」


恵利はそういうと、非常階段の扉を開けた。

カツンカツンとヒールの音が聞こえてくる。

陽人は、廊下の壁に寄りかかり、現実を回避したくて目を閉じた。


あの手帳の中に、栞の名前が残されている。


この紙の内容が本当に書かれていたのなら、

恵利の言うとおり、二人はただの知り合いではない。

クシャクシャにした紙をあらためて開き、日付を確認すると、

去年の夏から、ほぼ毎週に近い日付が、記されていた。

陽人が東京の本社に来たのが5月。

上司になった多田とは、最初から折り合いが悪かった。

それは、ただ単に自分との相性が悪いくらいに考えていたが、

それだけではないのだろうかと、思えてしまう。

多田の手帳に書き込まれていた日付は、11月までで終わっている。

この頃、栞はラジコン飛行機を飛ばす会に参加し、足の怪我をした。

会に出席するきっかけは、確か、忘れてしまいたいことがあると、

そう言っていたことを思い出す。

栞の忘れたいこととは、多田との時間なのだろうかと、

陽人は壁に寄りかかったまま、しばらく動くことはなかった。


【22-4】



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