22 罠 【22-5】


【22-5】


多田が『しなくら』の営業部長であり、陽人の上司だったこと、

陽人が、どうして多田部長と知り合いなのかと聞いてきたこと、

話しているうちに、だんだんと口が重くなる。


「知り合いなのかと聞かれて、どう答えていいのかわからなかった。
多田さんと過ごしていた頃は、自分の責任だからと強く思っていたのに、
新堂さんを前にして、多田さんと向かいあったとき、
自分がとても悪いことをしてしまったって、言葉が出なくて……」


朱音は、栞がどうして沈んでいるのか理由がわかり、食べかけたパンを皿に置く。


「お店で会ったって、言えばいいじゃない。それはウソじゃないし。
うん、そうだよ。多田さんだって大人だもの。わざわざ新堂さんに栞とのことを、
話したりしないでしょう」

「……そうかな」


朱音は、『そうだ』と言い返そうとして、言葉を止めた。

栞にとって多田は、見たことがない父親の雰囲気を持つ男だけれど、

朱音は、多田の裏の顔を、少し知っている。

栞にだけではなく、『アンナ』にもモーションをかけ、実際につきあっていたし、

おそらく他にも同じようなことをしてきたのだろうということが、

話題の中から想像できた。


「それじゃどうするの? 多田さんとお付き合いをしていたって、
新堂さんに話すの?」


朱音の問いに、栞は唇をかみ締めた。

多田は妻子のある男性で、栞がしてきたことは、世の中の常識からすると、

間違った方法になる。


「そんなこと話したって、誰も得をしないでしょ」


朱音は、とにかくヘルプに出かけたお店で出会ったお客様だと説明したほうがいいと、

栞にアドバイスをする。


「新堂さんだって、過去に何もなかったわけじゃないだろうから、
それはお互い様だよ。まぁ、目の前に上司として座っている人だというのは、
確かにちょっと驚くだろうけれど……だからこそ、焦ってあれこれ言うことはないって」


朱音は、話すタイミングがあるのではないかと、さらに言い続ける。

栞は、リビングにある棚の上に置いた、ラジコン飛行機を見る。



『忘れてしまいたいことがあって……』



栞のそんなきっかけを、陽人は否定することなく認めてくれた。

飛行機自体に興味があったわけではないのに、陽人と結びつくことで、

栞にとって、大切なものに変わった。


「良ちゃんと朱音に言われたのにね」

「栞」

「多田さんは……ダメだって」


栞はそういうとポトフを少しだけ食べたが、すぐにスプーンを下に置いてしまう。


「お風呂……入ってくる」


栞は朱音に『ごめん』と謝り、そのまま風呂場へ向かった。





陽人は、携帯をテーブルに置いたまま、天井を見上げた。

仙台の言うとおり、推測であれこれ悩んでいても

仕方がないことだということはわかっていた。

栞自身から、いきさつも関係も教えてもらい、それで納得するべきだということも、

頭の中を整理するつもりで、何度も何度も繰り返す。

それでも、いざ番号を表示し、ボタンを押す段階になると気持ちが整わなかった。

もし、栞が多田と深い関係にあったとしたら、

それをどう、自分自身で受け止めたらいいのだろうかと、迷い始める。

多田という男が、上司としても人間としても尊敬できるような男なら、

それは乗り越えられる気がしたが、自分を目の敵にしている態度を思い返すと、

どう反応したらいいのかすら、まとまらなくなる。


「ったく、何だよ!」


陽人は起き上がり、自分自身の膝を両手で数回叩いた。

黙って避けているのは、栞を疑うことになると覚悟を決める。

話が出たら、その時に考えればいいとそう心を決め、ボタンを押した。

数回の呼び出し音が鳴り、『はい』と栞の声が聞こえる。


「もしもし、新堂です」

『はい』


栞の声は、緊張していた。

陽人は、あえて明るく挨拶をし、今日は急に仕事を頼んで申し訳なかったと、

そう言った。


『花束、役に立ちました?』

「あ……はい。大丈夫です」


多田が結局使わなかったなどとは言えず、陽人は相手側が喜んだとあえてウソをついた。

栞はそれはよかったと、少しだけ明るい声を出す。

そこからは、少し別の話題を入れようと思ったが、

結局、元に戻ってしまうのがわかっているので、言葉に出なくなる。


「あの……会津さん」

『はい』

「多田部長のことは、どこで……」


あの傲慢で勝手な男と、どこで知り合ったのか。

陽人はそのセリフを隠したまま問いかけた。

声を抑えて聞いてしまうと、どこか疑っているように思われてしまうので、

あくまでもさりげなく問いかけたつもりだったが、やはり語尾が小さくなってしまう。


「すみません、会津さんと多田部長の接点が、見つからなかったし。
ほら、僕は結構、多田部長に嫌われているのではないかと、あなたに話してしまって、
もしかしたら気をつかわせたかなとか……」


栞は、陽人の気遣いがわかるだけに、申し訳なさで胸がいっぱいになった。

それでも、全てを話してしまえば、軽蔑されるかもしれないと思ってしまう。


「実は……私、友達の、あの同居している朱音の勤めているお店に、
少しだけヘルプで出たことがあって。あ、えっと、ホステスの仕事です」

「ホステス……」

「はい。急にホステスさんの数人が辞めてしまって。後の人が入るまで2週間、
お店に出たことがあって。多田さんは……そのお店にお客様で来てくれました」


多田が、栞のことを不慣れなホステスだとわかっていながらも、

指名して場を埋めてくれたのだと、そう陽人に説明した。


「お仕事がどういうものなのかなど、
あまりこちらからお聞きすることも出来なかったので、
まさか、新堂さんの上司だとは、本当に知らなくて」

「あ……はい」

「ただ、私が、花屋にいることを話してしまったので、
ここだったのかと驚かれたのだと思います」


栞は、多田がお店の中で手品を見せてくれたりしたことや、

仕事で若い人たちとうまくコミュニケーションが取れなくて、

悩んでいるという話をしてくれたことを語った。

陽人は、栞の話を聞きながら、普段自分たちに見せている態度とは、

全く違うものを見せていると感じ取る。


「私……」

「あぁ、そうだったんだ。うん、それでわかった。
そうか……お友達の手伝い」


陽人は、栞の言葉を遮るように説明を止めさせた。

頭の半分では、まだ聞きたい、真実を知りたいという思いがよぎるのに、

残りの半分は、あえて飛び込むことはないと防御しようとする。


「そっか……うん」


繰り返される言葉に、栞は黙ってしまう。


「今日、出かけたのは『スーパーSAIKOKU』の厚田店だったんですよ。
店の広さは野木平店の方が広いのに、向こうの方が中心店舗なんですね」


陽人は、店長がすごくしっかりしている人で、顔は怖そうだけれど、

話をすると、とてもいい人だったと話をし続ける。

結局、そこから多田の話題を陽人が出すことはなく、電話は10分ほどで終わった。


【23-1】



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