23 真実の恋 【23-2】


【23-2】


「『会津栞』って、あなたのことでしょ」


恵利は、視線を上から下へと動かしていく。

そして、まわりに人がいないことを確認すると、また一歩栞に近付いていく。


「あなたと会った日付、あなたに渡したプレゼントの内容、
そして、その手帳の一番後ろには、ラブホテルの会員証が入っていた。
ちなみに、その手帳に書かれた女性の名前は、あなただけではなかったわ。
同じように日付とプレゼントが書いてあって。
まぁ、多田部長にしてみたら、複数いるお相手の一人ということでしょう」


栞は、恵利の言葉を聞きながら、頭を何かで殴られているような衝撃を感じた。

多田が自分との日々を、手帳に残していたというのだろうか。


「手帳って……」

「『DOLL』と書かれた、多田部長のプライベートな手帳のことよ」


恵利は、表紙は黒で、大きさはこれくらいだと、そう話し続ける。


「新堂さん、あなたと多田部長がどういう知り合いなのか、わからないままで、
なんだか考えているように見えたから……だから私……」


その先の言葉を出してしまうことが、どういうことなのか、

恵利にもわかっていた。しかし、ここまで来て引き下がるわけにはいかないと、

気持ちを奮い立たせる。


「あなたと多田部長の関係を、新堂さんに教えてあげた……」


栞は、思いをぶつける恵利に対して、返す言葉が何一つ浮かばなかった。

両足に力を入れていないと、この場で崩れてしまうかもしれないくらい、

追い込まれていく。


「多田部長には奥さんもお子さんもいるのよ。それなのに平気でそういう間柄になって、
さらに、知らん顔して新堂さんとお付き合いしようだなんて、
あなたどういう神経をしているの?」


陽人が何もかもを、知ってしまった。

栞は、ただそれだけを考える。


「多田部長は、あなたと新堂さんが親しいことを知っているの。
だから彼はいつも、部長に目の敵にされてきた。
仕事の失敗をしているわけでもないのに、
終わらないくらいの量を押し付けられたり……提出しないとならない書類の、
提出日も教えてもらえなかったり……。ねぇ、それってあなたのせいでしょ。
あなたと多田部長のことで、どうして新堂さんが辛い思いをしないとならないの」


陽人が、上司に理不尽なことを押し付けられているということは、

本人に以前から聞いていた。まさかそれが多田だということは、

一度も思ったことがなかった。


「同じ女性として、とことん軽蔑するわ……」


恵利はそういうと、栞に背を向け、野木平店を出て行ってしまう。



『ちなみに、その手帳に書かれた女性の名前は、あなただけではなかったわ。
同じように日付とプレゼントが書いてあって。
まぁ、多田部長にしてみたら、複数いるお相手の一人ということでしょう』



多田に、妻子がいることはわかっていた。

それでも、自分に必要な人だと信じ、全てを許してきた。

しかし、朱音が以前言ったように、多田は別の店にいるホステスに同じような声をかけ、

そして、恵利が言っていたことを信じるのなら、交際した女性との時間を、

手帳に記したりするような男だった。

幼い頃から、憧れに近い思いを抱いてきた、『父親像』とは、

ほど遠い人物だったのだろうか。



栞は、傷ついた心を抱えたまま、そのままスーパーの店内に入っていく。

気持ちは重く、食欲など沸かなかったが、とりあえず口に入れないと、

どこかでスタミナが切れてしまう。

昼食を買うつもりだったのに、気付くと『しなくら』の製品がある場所に立っていた。



乾物を使い、おかずを作っていくと陽人はとても美味しそうに食べてくれた。

その顔がまた見たくて、栞は休み時間にここに立ち、

商品を選ぶのが楽しみになっていた。



『栞ちゃん……』



頭の中を、陽人のことで埋めていても、ふとした瞬間、多田の声が入ってくる。

多田との時間は、あの時の自分にとって必要なものだったと今でも思っているが、

手帳の中身を知った陽人に、自分と多田の関係を納得してもらえる可能性は、

ほとんどないと思えてくる。

栞は『しなくら』の製品に背を向け、ゆっくりと歩き出した。





『お話があります。仕事の後で会えませんか』



栞からのメールを陽人が見たのは、その日の3時過ぎだった。

それがどういう話なのか、どこかで想像してしまうことが嫌だったが、

結局、避けられないことなのだと思い、一度背伸びをする。

栞と多田の間に、どういうことがあっても、過去は過去なのだと言い聞かせ、

必死に足を前に向けていくが、休めるベンチなどがあるとつい座ってしまう。

日付を先にしても、互いに苦しいだけだと割り切り、陽人は返信を入れた。



『あさって、仕事が終わってから会いましょう』





「今、保育士って言ったか?」

「うん……そう、保育士って言った」

「ホステス辞めるのか」

「うん……3月でやめて、それからしばらく勉強しようと思う」

「勉強? 朱音が?」

「何よ、良ちゃん、その言い方」

「いやいや、うん」


栞が、多田との過去に押しつぶされそうになっている頃、

朱音は『ライムライト』にいた。良牙はお母さんの具合はどうだと尋ねる。


「うん、退院して、生活も新しい場所でスタート出来たでしょ。
だから、前向きなのか、近頃はきちんと薬も飲んでいるみたい」

「そうか、それはよかった」


良牙は洗い終えたカップを、1つずつ丁寧に拭いていく。


「すみれさんにも、お世話になりまして」

「いや、それはいいよ。すみれがさ、栞に比べてお前が少しさびしそうだったって、
そう言っていたから、気になっていたんだけど」

「エ……」


朱音は、雪美の退院時のことを思い返した。

雄太から思いがけず気持ちを告げられたものの、それから連絡を取ることもなく、

結局、雪美の退院時も会えなかった。

さらにその後、雄太の兄から、きつい事を言われた記憶が、そのまま一気に蘇る。


「さびしかったというより、きっと、安心して力が抜けていたのかも」

「力か……」

「うん」


朱音は、これからは自分のために時間を精一杯使うことにしたと、

あらたに宣言をする。


「でも、勉強しないといけないなら、しばらく収入が困るだろう」

「ううん、それがね。お母さんがお世話になった役所の徳本さんが教えてくれたの。
今は、お手伝いとして保育所とかで働きながら、通信で免許を取ることも出来るよって」

「通信か」

「うん。通学よりも時間がかかるかもしれないけれど、でも、働きながらだから、
お金も入るし」

「へぇ……そんなことも教えてくれたのか」

「そう、本当にみなさんにお世話になって」

「うん」


良牙は栞に続いて、朱音が自分の道を見つけられてよかったと、

カップを棚に閉まっていく。朱音は、良牙の背中をしばらく見ていたが、

このままではここに来た意味がないと、顔をあげる。


「それがさ……良ちゃん」

「ん?」


良牙は、棚の扉を閉める。


「ごめん、自分の話を先にしちゃったけど、実は、あのね」

「どうした」

「栞が……大変なの」


朱音の言葉に、良牙の明るかった表情が、すぐに変化した。


【23-3】



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